第2話 誰が妖怪やねん!
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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「おい、起きんかい!」
暗闇の中で誰かの声が聞こえる。
それとほっぺたを何かで突かれる感じがした。
瞼の裏の暗闇がオレンジ色に明るく染まっていく。
「うっ……うん……? もう朝?」
ルナは静かに目を開いた。
「あれ?」
自分の部屋と思ったが、目の前には青い空が広がっている。
公園で昼寝してた?
ゆっくりと上半身を起こしながら記憶を遡る。
「おい、おまえ」
突然後ろで声がした。
振り向くと、そこには得体の知れないモノが木の枝を持ってこっちを睨んでいる。
しかもヤンキー座りで。
「ん?」
目をこすってもう一度見る。
赤い丸い体に、黒い斑点がいくつもある生物……? と目が合った。
——―てんとう虫?
だがよく見るとてんとう虫ではない。
身長は自分の半分くらいだろうか?
おにぎりみたいな体に二つの大きな目に口がひとつ。
そして短い手と足が二本ずつ、そのおにぎりからニョキっと生えている。
手の指は三本。
親指、人差し指、くすり指?
頭には四本の触角? らしきものがうねうねとうねっている。
ルナの脳は必死に分類を試みる。
でかい昆虫?
ゆるキャラ?
夢?
幻——―?
どれもしっくりこない。
すると、その得体の知れない生物が言葉を発した。
「おい、大丈夫なんか?」
「ぎゃああああああ」
ルナは四つん這いで走り、そいつから距離をとる。
「な、なんだおまえ!」
赤いおにぎりに人差し指をおもいっきり向けて叫ぶ。
「なんだとはなんや、おまえこそなんやねん?」
赤い顔に黒丸斑点を持つ「てんとう虫もどき」が、流暢な関西弁で言い返してきた。
「あ、あたしは……」
——―記憶をたぐる。
そうだ、たしかソヨとクレーターを見に行って……落ちた。
「穴に落ちて……気づいたら……あ、あんたがいた」
自分で言いながら、状況の説明としては最悪だと思う。
「穴? どこの穴や?」
怪訝な目で周囲に視線を這わすてんとう虫。
ルナもあたりを見渡した。だが、どこにも自分が落ちたクレーターが見あたらない。
周りは草木が生い茂る雑木林だ。
この場所もあきらかにあさひ山ではない。
「ここはいったいどこだ……?」
あさひ山ではない。
学校へ続く道でもない。
そして、ソヨの姿もどこにもなかった……。
* * *
「おまえ、見たことないやつやなー」
そいつは腕を組み、立ち上がったルナをジロジロと観察している。
観察しているつもりらしいが、体が小さいせいで、どうしても見上げる構図になる。
「えっ? ていうかあんた何? 妖怪?」
お尻の土をはたきながら尋ねる。
「はぁ~あ? 誰が妖怪やねん! 俺様はどっからどう見ても人間やろ! ほんで、テンっちゅう名前がちゃんとあんのや。こら!」
そのテンと名のる生物は、木の枝を地面にコンッと打ちつけた。
威厳を出したいのだろうが、枝は思いのほか軽く、音も軽い。
なに言ってんだ? 人間? どこが?
ルナは怪訝な顔でその奇妙な生物をじっと見つめた。
赤いおにぎりに黒い点。四本の触角。
どう好意的に見積もっても、ヒト科ではない。
(これは夢かな? そうか……アニメや漫画でしょっちゅう出てくるシーンだ。目が覚めたら現実に戻る……的な?)
そう思いながらベタに頬をつねってみる。
「いたたたた……」
(痛ったいなぁ……。しかも夢が覚めないぞ。でもこれもよくあるパターンじゃね? 夢ではなく現実だというシナリオだ)
そう、映画や漫画などではあるあるな話だ。
だけど、それはあくまで架空の話。
これはそんな映画や漫画、ましてや、目が覚めたら異世界でした、なんて都合のいい話でもない。
(となればやっぱ夢か。うん、夢だな。きっと夢だ。夢なら夢でいいか、少し気が楽になってきたぞ♡)
スーパーポジティブシンキングのルナはそう思うことにして、改めてそのてんとう虫もどき……いや「テン」と名乗る生物に向き直る。
「ねえねえ、テン、君は人間って言ったけど、君のどこが人間なの? どちらかというと昆虫なんだけど」
そう、どう見てもでかい昆虫だ。てんとう虫だ!
「おまえ、なにゆーとんねん。昆虫と一緒にすな! ったく……! しかも初対面で呼び捨てかい!」
半ギレしながら睨みつけてくるがぜんぜん怖くはない。むしろかわいいくらいだ。
「俺のことバカにするんやないでぇ。このテン様に逆らうとな、この村では生きて、い・か・れ・へ・ん・で〜!」
人差し指を横に振りながら、目を細めて上から目線で見下ろしてくる。
ただし、見下ろしているつもりなのだろうが、物理的にはがっつり見上げている。
(なんか態度デカいなこいつ。ムカつく!
でもこの村って言ってたな。面白そうだからこいつに少し案内させようか。どうせ夢だし!)
ルナの中で、恐怖よりも好奇心が勝つ。
そして夢認定のおかげで、メンタルはわりと無敵だ。
「ごめんね、テン。あたしが悪かった。この通り!」
パンッ! とわざとらしく音をつけて掌を合わせ頭を下げてみた。
テンはその姿を見ると、少し気まずくなったのか「わ、わかればええねん、わかればな……」と、目を泳がせながら斜め上に視線を逸らす。
どうやら真正面から素直に謝られるのには弱いらしい。
(夢だと素直に謝れるな。現実での負けず嫌いな私では絶対無理! ムフ♡)
心の中で静かにほくそ笑む。現実世界のルナなら、もう一言は言い返していた。
「では、テン、この村を案内してよ」
「ええで、ほんならついてきやー」
気を良くしたテンは新しい子分でもできたガキ大将のように歩き出した。
そのひょこひょことした歩き方が妙に可愛らしい。
ルナは顔を綻ばせながらついていった。
* * *
雑木林の小道を抜けると、視界がふいに開けた。そこには木造の平屋が並ぶ小さな村が広がっていた。
屋根は茅や木の板で覆われ、ひさしの下には細長いバルコニーが伸びている。
バルコニーには木の椅子や植木が置かれ、物干し竿には洗い立ての布が風に揺れていた。
やはりまったく見覚えがない場所だ。
村の周囲には緑がこんもりと茂り、背の高い樹木が柔らかな木漏れ日を落としている。
庭先には赤や黄の小さな花が咲き誇り、蝶や蜜蜂がせわしなく飛び交っていた。
鳥のさえずりと小川のせせらぎが重なり合い、村全体がひとつの大きな自然の楽器のように響いている。
遠くからは薪を割る音や、家の中から煮炊きの香ばしい匂いが漂う。
「すごい! なんかタイムスリップしたみたい」
ルナは、電柱も車もないのどかな風景に思わず胸の奥がほどけていくのを感じた。
すると、前方の家のバルコニーから声をかけてくる者がいる。
「おー、テン、いい天気だな」
「なっ、デカっ!」
その体の大きさについ声が漏れた。
身長は優に二メートルを超えている。
体重もおそらく百キロではきかないくらいだ。
二百キロと言われても不思議ではない。
「あっ! シロクロのおっちゃん、ほんまやなー!」
その男は「シロクロ」と呼ばれていた。
名は体を表すとはよく言ったものだが、ここまで潔い配色の男も珍しい。
その男は、白い顔と胴体が同じ太さで、その胴体に黒く太い手足がついた二足歩行の生き物だった。
特に、腕はやたらと筋肉質で、岩でも握り潰せそうなのに、全体のフォルムはぬいぐるみ寄りという不思議なバランス。
ぬいぐるみというと、「可愛い」と勘違いされるかもしれない。
顔はいたって「悪党顔」だ。
目の周りは黒いひょうたん型の縁取り。その中にある白目は微妙に吊り上がり、その中でスイカの種のような瞳が泳ぐ。
そして頭には、黒い団子耳が二つ。
ちょこん、と可愛く乗っているが、顔の表情がだいぶ悪党なので、その可愛さはほぼ相殺されている。
つまり、一言で言うと、怖顔のパンダだ。
(うわ~、今度はパンダがしゃべってるよ。でもパンダ? なのか? しかも名前がシロクロって、そのまんまじゃん!)
シロクロは腕を組み、バルコニーから身を乗り出す。
「ん? そいつは誰だ? 見かけないやつだな~。テンの友達か?」
「いや、友達ゆーんちゃうねん……こいつは……えっと……おまえ、名前なんて言うん?」
テンは上から目線で下から見つめてきた。
「あっ、はじめまして、あたくし、佐津姫 月と申します」
なぜか急にお嬢様ぶって、ルナは両手を前でそろえた。
「サツキルナ? 変わった名前だな」
シロクロが目を丸くして口笛をひとつ吹く。
「よく言われます。ルナと呼んでください」
手を膝の前で組んでペコっと丁寧にお辞儀をしながらも、あんたの名前もそうとう珍しいぞとは、口に出さなかった。
「ルナっていうんか、おまえ……。ふ〜ん」
テンはわずかに視線を逸らし、いかにも興味がなさそうなそぶりを見せる。
「それはそうとテン、ゾーイの婆さんが探してたぞ」
「あかん! 掃除サボったんバレたんか!? はよ戻らな!」
どうやら「テン様」にも天敵はいるらしい。
「ガハハハ、あいかわらずだな。せいぜいこっぴどく叱られるこった」
シロクロが豪快に笑う中、テンは小さな足をせわしく動かして走っていく。
――が。
「足おっそ!」
ルナは、小走りでついていけるほどのスピードに思わず噴き出しそうになった。
* * *
テンについていくと、目の前に現れたのは、寺のような古い建物だった。
入り口にそびえる寺標――寺の名前が彫ってある石柱――には『金獅堂』と明朝体で刻まれている。
寺標も境内もかなり古びていて、あちこちが苔むしている。
それでも、本堂の土台はしっかりとした石でできており、その重厚さからは長い歴史を感じさせた。
ただ、過去に火事に遭ったのだろうか。柱や屋根の一部には黒く焼け焦げた跡が残っている。
「へ~、お寺か~。夢にしてはクオリティ高いな~」
そうつぶやいたその時、ふと横を見る。
「ぎゃあああああああ!!!」
ルナは生まれてこのかた、一度も出したことのない悲鳴をここであげる。
テンを見た時の比ではない。
そこには想像を絶する巨大モンスターの顔が横たわっていた。デカさが半端ない。
食われたらおしまいだ!
だが、襲ってくる気配はない。
よくよく見てみると、それは石でできた作り物だった。
その顔は、竜のようでもあり、獅子のようでもある。
胴体はなく、巨大な頭部だけが境内の真ん中に鎮座していた。
金色の目、大きな鼻、そして閉じられた口。
大きさは幅が十メートル以上、高さは五メートルといったところか。
「なんやねん、びっくりさせよって。なんちゅう声だしとんねん」
テンが呆れたように振り返る。
「なによあれ。お寺で怪獣を祀ってるわけ? さすがモンスター世界だわ」
まだ心臓が早鐘を打っている。
「カイジュウ? モンスター? なんやねんそれ。よー知らんけど、あのでっかいのはずっと前からあるらしいで」
ふと、本堂の階段の上を見ると――いつのまにか一人のモンスターが仁王立ちでこちらを見下ろしていた。
それは、オランウータンの老僧だった。
赤茶色の長い毛に覆われた体を、黒い僧衣と金の袈裟が包んでいる。
頭の白髪は高く結い上げられ、胸には太い数珠、手には錫杖。
その姿だけでも十分な迫力だったが、何より凄まじいのは目だった。
琥珀色の双眸が、こちらの心の奥まで見透かすように鋭く光っている。
老人のはずなのに、少しも枯れていない。
むしろ年月を重ねたことで、獣の迫力と僧の威厳とがひとつに溶け合っていた。
堂々たる佇まい。
鋭い眼光。
圧倒的なオーラ。
……この人が、ゾーイの婆さん?
「こら! テン! まーたおめえは掃除さぼりおって!」
ゾーイは、しゃがれた関西弁でテンを怒鳴りつけた。
「あちゃー、なんでばれたんかなー」
テンは、まるで悪気もなさそうに苦笑いした。
ゾーイは、ルナに視線を移した。
その瞬間、ゾーイの目がわずかに見開かれる。
何かを確かめるような沈黙が、ほんの一拍だけ落ちた。
「あっ、はじめまして。佐津姫月と申します。ルナと呼んでください」
ルナは両手を膝にきちんと添えて、深々とお辞儀をした。
ゾーイはしばらくルナをじっと凝視していたが、何も言わずにテンへと向き直った。
(スルーかよ!)
「テン。おめえの分の掃除、ちゃんと残してるさかい、はよしーや」
「は~、めんどいなー。ルナ、おまえも手伝うんやで」
「えっ? なんであたしまで……?」
ブツブツ文句を言いながらも、ルナは結局、手伝うはめになった。
本堂へ入っていくルナの後ろ姿を、ゾーイはじっと見つめていた。
その目は、さきほどの怒号とは別の色を帯びている。
「あの子、まさか……?」
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