第25話 ワトソン君、いい考えが浮かんだよ
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ジョンは黒くて大きな犬だ。それなら遠くからでも見つけやすいと思った。
しかし、いくら探してもジョンは見つからなかった。
絶望の底に落ちたような様子の尚香を見て、ルナの中になんとも言えない気持ちが込み上げてきた。
(もしこれが誘拐事件だとしたら、決して許されることじゃないわ)
「尚香さん、心配しないで。ジョンは必ず見つけ出します」
尚香の肩に手を添え、スーパーポジティブなルナはできるかどうかもわからない約束を口にする。
テンの背中に、嫌な予感が走った。
「おいおい、ちょい待て待て……」
テンが、「またか~」といった感じでルナの手を引っ張って尚香から距離をとる。
「なんやねん、変な約束してからに。見つからへんかったら、どないするつもりや」
「でも、もう約束しちゃったし!」
「アホか。『しちゃったし!』やないねん。これが例の犯罪組織が絡んどったら、どないすんねん!」
「それは……壊滅させるまでよ」
「壊滅ってあんた……。どうやって――」
「うるさいわね! そんなのあたしにわかるわけないでしょ!」
テンはその場で体が硬直し、文字通り目が点になった。テンだけに。
* * *
「よし、ではまず周囲の聞き込みから始めるぞ、ワトソン君」
ルナは腕を組み、わざとらしく顎を上げた。
いま頭の中では、帽子とパイプとロンドンの霧が完全に再生されている。
残念ながら現実のローデムは、よく晴れた朝だった。
「ワトソン君? なんやねんそれ」
「あたしはホームズ、で、君は助手のワトソンだ」
「なに言うとんねん。おまえの名前はルナやん」
「いいのよ、あんたは知らないんだから。雰囲気よ、ふ・ん・い・き!」
名探偵を気取ったルナは、テンを相棒のワトソンと勝手に命名した。
ちなみに、テンとしてはまったく同意していない。
とはいえ、二人は近所で聞き込み調査を始める。
調査を進めていくうちに、ある共通点を発見した。
犯行は、主に夜に行われている。
しかも連れ去られるのは、庭で飼われているペットばかりだ。
それはそうだろう。家に侵入までして盗む奴はそうそういない。
ルナは顎に手を当ててうなった。
「……なるほど」
本人はかなり名探偵っぽい顔を作っているが、テンから見ると、ただ考え事をしている中学生である。
そして――
「ワトソン君、いい考えが浮かんだよ」
ルナは胸の前で腕を組んで小悪魔的な笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしないテンの触角がピクっと反応した……。
* * *
「これで、よし! っと」
ルナは我ながら天才だと言わんばかりに、満足そうな顔でテンを見る。
作業を終えた職人のような顔だが、出来上がったものが職人技かどうかは、また別の話である。
「……なんやねんこれは」
テンは頭の先から足の先まで、毛むくじゃらの衣装を着せられ、背中にはあの新聞配達のトルヴァから借りてきたキャスター付きのリュックを背負わされていた。
そのリュックもふさふさの毛糸で覆われ、リュックとわからないようにカモフラージュされている。
「これならどこからどう見ても犬にしか見えないでしょ?」
「ルナ、まさかとは思うが、俺をエサに使うわけやないや――」
「エサだよ」
食い気味に被せてくる。しかも、その言葉には一切の迷いがない。
「なに考えとんねんっ! 頭おかしくなったんかッ!?」
テンの顔は怒りで真っ赤。
怒るのも無理はない。
こんな雑なコスプレで犬と間違えるわけがないと思うが、もし万が一拉致られたら……。
頭の毛糸のすき間からは、まるで湯気のようなものがふつふつと立ちのぼっていた。
怒りと不安が、いい具合にブレンドされている。
「大丈夫よ、テン。ちゃんと助けるから」
「てか、これ犬に見えるんか? すぐバレるやろ」
「大丈夫よ、夜だし、わからないわよ」
と、謎の自信を見せるルナ。
さすがスーパーポジティブガールである。
その夜、尚香の友人の協力を得て、その家の庭にテンを放置し、犯人が来るのを待ち伏せした。
ルナは少し離れた植木に身を隠している。
テンは心臓をバクバクさせながら、ひとりブツブツとぼやいていた。
「おいおい〜、これほんま大丈夫なんか? マジで犯人が来たらどないすんねん。『犬やないです』って白状しよかな……」
テンは時々、満天の空を見た。
自分がいまどんな格好をしているのか、あまり考えないようにしている。
考えるとなんだか悲しくなるからだ。
しばらくするとひとつの影が庭に侵入してきた。
「はっ! ついに来たか!?」
ルナが固唾を呑む。
その侵入者は足音を忍ばせてゆっくりとテンに近づいていく。
当のテンはまったく気付いていない。
「あいつほんま、あとでしばいたろかな」
怪しい影が近づいているとはつゆ知らず、テンの愚痴は止まらない。
怒りの対象は、もちろん犯人ではなくルナである。
侵入者が暗闇に紛れたまま、ついにテンの後ろまで来た。
そしてサッとテンの口に猿轡をかませると、脇に抱えて猛ダッシュで逃げていく。
「よし、引っかかったわね。ナイス! テン!」
ルナは植木から飛び出すと勢いよく駆け出した。
「んぐぐぐぐぐ」
テンは口を塞がれて声を出せない。
本人としては「助けろやボケ!」と言いたいところだが、猿轡がしっかり仕事をしていた。
ルナは誘拐犯を見失わないよう、一定の距離を保ちながら追いかける。
このあたりは妙に冷静だった。
小さいころから刑事ドラマを見ていた成果である。たぶん。
すると、誘拐犯は、街はずれの廃ビルに入っていった。
そのビルは人けのない敷地にひっそりとたたずんでおり、異様な雰囲気を醸し出している。
昼間でも近寄る気も起きないような場所だが、夜になると不気味さがさらに倍増する。
「ここが奴らのアジトね」
ルナは息を潜め、湿ったビルの暗闇へとその身を投じた――。
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