第23話 母ちゃんヒール、でもヒーロー
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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「いい! 淫凛、それいい! 俺にもやって〜!」
リング上では、淫凛が勝利を確信して両手でガッツポーズをキメる。
しかも尻を敵の顔にこすりつけたまま。
その姿に観客席から飛び出す歓声――いや、懇願。
叫んでいるのは明らかにオッサンたちだった。年齢層の高さは、声の太さでだいたいわかる。
レフリーがカウントを始める。
「ワン! ツー!……」
「きゃああああああ! パンジーさーん!!」
「あかん! もうこれまでか!?」
ルナが断末魔にも似た悲鳴をあげる。
テンは、両手で目を塞いだ。
しかし、そのときだった――!
パンジーの腰から何かが抜かれた。
それは光り輝く、日々の暮らしの必須アイテム――フライパン!
ガツン!
フライパンが淫凛の後頭部を直撃。
「ぎゃあ」
淫凛が濁音の悲鳴をあげて前にぶっ倒れた。
「あーっ! あたしの武器じゃん!」
ルナが思わず叫ぶ。
観客も火のついたねずみ花火のように騒ぎ出した。
「卑怯だぞ〜、パンジー!」
「そんなもんどこに隠し持ってたんだー!」
「フライパンって……凶器じゃないんだぞー!」
喧々囂々たる場内でも、パンジーは迷いもためらいも一切なくフライパンで連打する。
まるで台所で料理をするかの如く、パンジー自身も徐々に熱を帯びていく。
手首のスナップが妙に慣れているのは、普段から台所に立っている証拠かもしれない。
さすが、ひとり息子の母である。
ルナは真剣な顔で腕を組み、目を細めてひとりつぶやく。
「フライパンの使い方が上手ね。今度教えてもらおっと」
さすがにこれにはレフリーが止めに入った。
「やめろ! 反則だぞ。ワン、ツー!」
パンジーは、フライパンを投げ捨てると、今度はどこからともなく何かを取り出した。
今度はそれで淫凛の頭をポカポカと叩きはじめた。
「いたたたたた……」
淫凛が逃げ惑う。
「おい! またなんか出したぞ!」
「あれオタマだ!」
「でもなんでさっきから料理道具なんだ?」
なぜ料理道具かは知らないが、包丁が出ないだけまだマシだ。
そんなものが出たらそれこそ、本物の凶器になる。
「また変なもん出しよったで。いったいどっから出てくんねん?」
「まるでドラえもんね」
「だれやねん、そいつ」
ルナとテンは、もはや――いや、むしろ次から次に出てくる料理道具に興味津々だった。
そして、次の瞬間――
淫凛をロープへと投げ飛ばす!
反動で戻ってきた淫凛に、パンジーの豪快なウエスタンラリアットが炸裂。
「ぐえっ!」
淫凛、バク転状態で回転しながらマットに落下。
このまま抑え込むと思いきや、パンジーはコーナーポストによじ登る。
「ひぇええええ! それだけはやめてくれー。頼む!」
「情け無用か、おまえ!」
「パンジーさん、俺の淫凛にどうかお慈悲を~」
淫凛ファンからは、悲鳴と哀願が入り混じった悲痛な叫び。
しかし、そこは容赦しない。
パンジーは、コーナーポストのてっぺんに立つと人差し指と小指を立てた。
テキサス・ロングホーンだ。
「ウィーーーーーーー!」
という雄叫びを上げる。
そのとき、ルナは呟いた――
「……プロだわ」
そして宙高く投げ出された肉塊が、空中で回転する。
そのまま重力にまかせて淫凛めがけボディプレスだ。
「あれは! ムーンサルト・プレス!!」
ルナが叫ぶ!
ドシーーーーーン!
マットが荒海のように波打つ。
「きゃあああああ」
「うわあああああ」
会場中に悲鳴が轟く。
パンジーの巨体の下で淫凛はついにぴくりとも動かなくなった。
そのまま押さえ込む。
「ワン、ツー、スリー!」
カンカンカンカンカンカンッ!
勝利のゴングが会場に響き渡った。
「勝者〜、パンジーた〜か〜こ〜!」
「ウィーーーーーッ!」
パンジーが再びテキサス・ロングホーンをかます。
会場の空気は一瞬静まり返る。
――そして大爆発。
「ふざけんな〜、この卑怯者〜!」
「てめー、俺の淫凛様をよくもー!」
観客席からは、罵声と共にドリンク瓶や食べ物が飛びまくる。フードロスの意識はゼロだ。
「やりおった!」
「すごい! 勝っちゃったよ!」
そんな喧騒の中、テンとルナは驚きを隠せない。
あらゆる罵詈雑言を体中に浴びるパンジーが、観客に向かって叫ぶ!
「うるせー! あたしが最強じゃ!」
物が飛び交う中、パンジーは堂々とリングを去っていく。
リング上では、淫凛が口から泡を吹き、白目を剥いていた。
「物を投げないでくださいー! 物を投げないでくださいー!」
レフリーの叫び声は、透き通る青空へと吸い込まれていった。
「よし、あたしたちも控え室に行こう」
ルナとテンが駆け出す。パンジーに勝利のお祝いを言うつもりだ。
しかし、ミルマスは立ち上がると――
「……あんなの……僕の母ちゃんじゃない」
声を震わせながら、観客に紛れてその場から去っていった。
二人は、無言で顔を見合わせた。
* * *
パンジーは、控え室のベンチに座ってタオルで顔を拭いていた。
汗で額の『鍋』がほぼ消えかかっていて、「金」になっている。
「そう、ミルマスは家に帰ったのね」
「なんか、ずっと元気なさそうでした」
パンジーは寂しさを表に出すまいとしていた。
それでも、その表情はどこか沈んでいた。
「フーッ」
パンジーはひとつ小さなため息をつくと、ひとり息子の心情を口にする。
「あの子はね、あたしがプロレスをしているのを喜んでないのよ。まあ、こんなヒール役じゃね〜、嫌がるのも無理はないけど」
苦笑ぎみで話すその言葉に返す術を持ち合わせていない二人は、神妙な顔をしてその場を凌ぐしかなかった。
「それでもあの子、昔はあたしの試合を真似して遊んでたんだけどね」
パンジーは、少しだけ遠くを見るような目をした。
笑顔の裏に寂しさが滲んでいる。
たまらなくなったルナは、相棒に話を振る。
テンがミルマスの部屋にいたことを思い出したのだ。
「テン、あの子こないだなんか言ってなかった?」
「えっ? え〜っと……なんか言うてたような……言うてへんかったような……」
テンは挙動不審に目を泳がせ、何故かしどろもどろだ。
なぜなら『ムーミン谷の彗星』の本に没頭しすぎて、ミルマスの相談をろくに聞いていなかったのだ。
「なんなのよ! はっきりしないわね!」
そんなテンにルナの鋭いツッコミが飛ぶ。
「フフ! でもね、あたしはこの職業にプライドを持ってやっているの。あの子もいつかはわかってくれると思うわ」
そのときルナには、彼女の姿がリングで戦う時よりも、さらに強く、たくましい女性に映った。
母として、女性として、プロとして――パンジーの汗にまみれた姿は、誰よりも美しかった。
* * *
「じゃあ、パンジーさん、さようなら。これからも頑張って活躍してくださいね」
「おう! 試合、応援してくれてありがとな♡」
そのやり取りを聞きながら、テンは心の中でそっとつぶやいた。
(いや、大して応援はしてへんけどな……)
だが、その平和な空気は一瞬でかき消された。
「どけどけ〜、危ないぞ〜!」
馬車の御者が切迫した声で叫ぶ。
見れば、馬車馬が眼を血走らせ、制御を失ったまま暴走していた。
「きゃあああ!」
「あぶない……逃げろ〜!」
通行人の悲鳴が、通りに響き渡る。
御者もまた、半ば泣き声で絶叫した。
「ひえ〜、助けて〜! 誰か止めてくれ〜!」
しかも――馬車の進路の先には、通りを横切ろうとする子供の姿があった。
「あー! そこの子! 避けろ、避けろ!」
御者の叫びに子供はすくみ上がり、その場から動けなくなってしまう。
ルナの胸がどくんと跳ねた。
「あっ、危ない!」
ルナの声が響くより早く、ブルーの巨影が動いた。
パンジーが――まるで弾丸のように、前へと飛び出したのだ。
その巨体は馬車馬の前に立ち塞がると、子供を大きな腕で包み込んだ。
次の瞬間、激しい破砕音と馬の嘶きが空気を切り裂く。
「きゃあああ」
「うわーー! 大変や!」
「おーい、人が轢かれたぞ!」
騒然とする街中。
そこには、横たわっている馬と、粉々になった馬車、そして馬車の下敷きになっているパンジーがいた。
ルナとテンは、倒れているパンジーのもとへ駆け寄る。
「パンジーさん、大丈夫ですか! パンジーさん!」
「おい! ヒール! しっかりせー」
ピクリとも動かないパンジー。
西の空を血のような夕焼けが真っ赤に染め上げていた。
* * *
翌日――
病室の窓から差し込む朝陽が、白いカーテンをやさしく照らしている。
ベッドの上には、頭に包帯を巻いたパンジー。上半身を起こして、驚くほどケロッとしている。
「でも、大したことなくてよかったわ」
「伊達にレスラーやってるわけじゃないのよ。ふふ」
お見舞いに来たルナが、思いのほか重傷ではなく安堵する。
パンジーはどこか得意げに笑っている。
「ぶつかってきた馬の方が重症やったらしいで」
テンが半分嫌味のような言葉を吐く。
しかし、これが彼流の労わり方だということをルナもパンジーもわかっていた。
実際、パンジーの症状は打撲だけで骨折までには至らなかった。
馬車に轢かれたぐらいでは、くたばらない女なのだ。
「母ちゃん、無事で安心したー。よかったー」
ミルマスが母親に飛びつく。
パンジーもミルマスの頭を撫でながら優しく微笑んでいる。
すると、病室のドアを叩く音と共に「失礼しま~す」と、ひと組の親子が入ってきた。
助けられた少年――タロウと、その母だった。
「あっ、タロウくん!」
「や、やあ、ミルマス」
タロウは気まずそうに視線を逸らしたまま、ミルマスに挨拶をした。
「高子さん、この度は……この度はうちの子を助けていただいて、本当にありがとうございました……。なんてお礼を申し上げたらよいのか……それに……それに、あなたに大怪我まで……本当に、申し訳なくて……」
タロウの母は言葉を詰まらせ、震える声を押し出すようにしながら深々と頭を下げた。
肩は小刻みに揺れ、目元には涙の光がにじんでいる。
「お母さん、どうか頭を上げてください。大したことありませんでしたから」
パンジーは、自らの怪我が軽症なだけに、涙を流しながら感謝を述べるタロウの母に対して逆に申し訳なく思ってしまった。
「いえいえ、もうほんと、命の恩人です。ほら、おまえも黙ってないでなんとか言いなさい」
母は、隣でぼーっと立ち尽くしながらパンジーを見ているタロウの頭を小突く。
「ミルマスのお母さん、いや、パンジー高子さん、助けてくれてありがとう」
「ははは! あたしのこと知ってるの? あたしも有名になったもんだね~」
「うん、超極悪レスラーでしょ?」
タロウが両手を広げて、ガオーっとやる。
「こ、こらっ! 何言ってんの! 命の恩人に対して……。ほ、ほんと、アホな息子ですみません」
タロウの母がここまであたふたする理由は、やはり心のどこかでパンジーを恐れているのだろう。
しかし、当のパンジーは全く気にする様子もなく――
「ははははは! そうよ、その通りよ〜、ガオー!」
と、ノリノリで同じポーズを返す。
ミルマスは、そんなパンジーの対応に顔を綻ばせる。
「ミルマス、悪かったな。なんか俺、近寄りがたくなっちゃってさ。お前の母ちゃん、悪役レスラーだから、なんかしたら怒られるんじゃないかと思ってさ。でも、ほんとは優しい母ちゃんなんだな」
タロウが申し訳なさそうに頭を掻く。
「うん、そうだよ。母ちゃんは、世界一優しいんだよ。そして……」
ミルマスがパンジーの顔を見る。
「世界一強いんだ!」
パンジーはミルマスの意外な言葉に一瞬呆然とする。
「ミルマス……」
パンジーの目にうっすらと涙の雫が積もる。
「母ちゃん!」
しっかりと抱き合う母と子。
その姿を見ながら、ルナとテンは顔を見合わせ、自然と笑顔がこぼれた。
* * *
病院を後にしたルナとテンは、古民家風のカフェにいた。
マッサージで稼いだ金で、ルナはレタスとトマトのサンドイッチとオレンジジュースを、テンはいちごケーキと豆乳ミルクを注文した。
二人にとっては、ちょっとした贅沢なひとときだった。
ルナが隣のテーブルに置いてあった新聞を手に取ると両手いっぱいに広げる。
「あっ! 昨日のことが記事になってるよ」
【極悪レスラー、子供を助ける】
大きな文字のタイトルとパンジーの似顔絵が、紙面いっぱいに躍っていた。
「おっ、ほんまや。これで好感度アップやな!」
「うん、間違いないね。ミルマスもますますお母さんを好きになるんじゃない?」
数日後、プロレスの試合会場では――
「こら〜、パンジー、てめーまた反則しやがったな〜」
「子供助けたって聞いて、少しは見直したのによ!」
観客から非難轟々の罵声が飛ぶ。
「うるせー! てめーらもどつくぞ! おらっ!」
竹刀を振り回しながら恫喝するパンジー。
その姿とコンセプトは、相も変わらず健在であった。一ミリもブレていない。
宙には、ドリンクの缶やトマト、バナナの皮、果てはスルメイカまで飛び交っている。
「物を投げないでください〜! 物を投げないでくださいー!」
――悪の華は、今日も元気にリングに咲く。
エピソード VII 悪の華はリングに咲く 「了」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、極悪レスラー・パンジー高子のお話でした。
リングでは反則上等の悪役レスラー。
でも、一歩リングを降りれば、息子を想う母親でもあり、危険を顧みず子供を助ける一面もありました。
みなさんは、パンジー高子派? それとも淫凛派?
好みおしえて!
悪の華は、これからもきっとリングで咲き続けます(笑)
次のエピソードも、ぜひよろしくお願いします!




