第20話 砂漠の旅団 ブラックシープ
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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「ルォオオオオオオオ!!」
新たな敵を前に、ルナがフライパンを振りかざして突っ込んでいく。
だが次の瞬間、予想外のことが起こった。
ラクダの集団はルナを完全に無視し、そのままナイトストームの連中へ襲いかかったのだ。
「えっ!?」
急ブレーキをかけながら振り返るルナ。フライパンを持ち上げたまま、変な姿勢で止まった。
「どういうこと?」
すると、幌の中からひとりの女が姿を現した。
「えっ!? 女の人?」
女は、まるで古の吟遊詩人と流浪の剣士が融合したかのような、独特の風格をまとっていた。
純白のブラウスは肩の露わなオフショルダーで、襟元と袖口には控えめなフリル。
細い胴には、複雑に交差した革ベルトのコルセットが巻かれ、腰元には小瓶、短剣、巻物など、冒険者らしい装備が並んでいる。
しかし、それよりも何よりも――ルナが一番驚かされたのは、その女の顔だった。
なぜなら、その顔が人間そのものだったからだ。
自分と同じ人間の顔を見るのは、この世界に来て初めてだった。
しかも、かなりの美女だ。
だが、頭から伸びる二本の太くうねった黒い角と大きく垂れさがった耳が、普通の人間ではない……つまりこの世界のモンスターであることを物語っていた。
双角を持つ女の髪は、腰まで届くほどに長く、月光のように輝く灰銀の色をしていた。
さらに、深紅の瞳が、底知れぬ冷たさと妖しい光を宿し、見る者の心を凍らせるような気配を漂わせている。
双角の女が、ルナに視線を向けた。
「うっ、ぐぅ……」
思わずその赤い瞳に飲み込まれそうになる。
(うわっ、なんか凄いオーラ……)
そのとき、上空を飛んでいた一羽の黒い鴉が、その女の頭に止まった。
「ああー! 君はあのときの!?」
ルナはその三本足を持つ鴉を知っていた。
数日前に旅の道中で見つけた鴉だ。その鴉は羽をケガしていて飛ぶことができなかったのだ。
ルナはケガの手当てをしただけではなく、三日間かけて懸命に看病した。
その後、ケガも治り、どこへともなく飛び去っていった。
その黒い鴉が、いままさに目の前にいる。
「アモリカが世話になったな」
突然、双角女が口を開いた。
低い声でどこか威厳が感じられる。
感謝の言葉のはずなのに、なぜか尋問の入り口みたいな重さがある。
「へ?」
ルナが間抜けな返事をして口角を下げる。
双角の女は、ルナの目を優しく見つめながら、こくりとひとつ頷いた。
そして自らも剣を取り、乱戦の中へ突入していった。
首に巻いたアフガンストールをなびかせながら一直線にブリゴジンに向かって突き進む。
「なっ!? お、おまえは誰だ!」
ブリゴジンは、突如現れた敵に虚を突かれ完全にうろたえている。
さっきまでの余裕が、ぶつぶつした腹と一緒に揺れていた。
「貴様などに名乗る義理はない」
女は冷ややかに言い放つと、すかさずブリゴジンに斬りかかった。
ガキィンッ!!
それを剣で受け止めるブリゴジン。
そして、その眼をのぞき込んだ瞬間、ブリゴジンの全身に戦慄が走る。
「く、黒い角にシルバーの髪……そして……赤い瞳の女……」
喉が震え、言葉が詰まる。
「お、おまえ……まさか……ウェルシュか!?」
――その名が響いた瞬間……
戦闘を繰り広げていたナイトストームの盗賊たちが、一斉に動きを止めた。
そして、全員が振り返る。
「お、おい……ウェルシュって、あの砂漠の旅団、ブラックシープのウェルシュか?」
「なぜこんなところに?」
「ていうか、逃げないとヤバくね?」
「に、逃げろ~~~! うわぁぁあああ……」
パニックに陥ったナイトストームの盗賊たちは、蜘蛛の子を散らすように馬車に飛び乗り、砂煙を上げながら全速力で逃げていった。その逃げ足は笑えるほど速い。
いつの間にか、もう一本の短剣を喉元に突きつけられていたブリゴジンは、冷酷な声を耳にする。
その声はさながら雪女の囁きのように冷たい。
「ブリゴジン、二度とこの村にちょっかいは出すなよ」
「く、くそ~」
ブリゴジンは脂汗を垂らしながら震える声で唸る。
ウェルシュが短剣を喉元から離すと、なりふり構わずその場を後にし馬車に飛び乗った。
通常ならここで「くそ~、覚えてろよ~」というセリフも出そうだが、そんな余裕もないのか、後ろを振り返りもせず砂漠の彼方へと逃げていった。
* * *
「あ、ありがとうございました。……え~っと……なんとお礼を言っていいか……」
ルナはウェルシュに気圧され、少しオドオドしながらお礼を述べた。
「気にするな、借りを返したまでだ」
そう言うと、頭の上に止まっている三本足の鴉、アモリカがギーッと鳴いた。
「おまえの名は?」
「ルナといいます」
「ルナ、おまえはなぜここにいる? 見ない顔だが」
「あたしは、この村の者ではありません」
「そうなのか? その割には一番勇猛に見えたがな」
「ゆ、勇猛って……」
予想もしない一言で、ルナの顔はみるみる真っ赤に染まる。
勇猛と言われて素直に喜べる女子中学生は、たぶんかなり少ない。
女の子が自分で「私、勇猛なんで」と言い出したら、いよいよ何かが終わっている。
隣でテンが腹を抱えて爆笑していた。
ルナはすかさずテンを睨む。
「……あたしはここにいるテンと旅をしているんです。朝日が昇る山を探すために」
「朝日が昇る山?」
「いや、もしかしたら日の出山か……太陽が出る山か……」
「?」
ウェルシュが眉をひそめる。
「もしかして知ってるんですか!?」
「いや、知らんな」
容赦もない返答に、そうですか~と頭を垂れて落ち込む。
あまりに即答すぎて、希望が挟まる隙間がなかった。
その様子を見て、ウェルシュは微笑みをフッと唇の端に浮かべる。
「そう気を落とすな、諦めなければきっといつか見つかる。こちらも情報が入ったら必ず知らせよう」
慰めの言葉は短いが、妙に重い。
この人の「きっと」は、だいたい本当にきっとなのだろう。根拠のない中二の「きっと」とは質が違う。
そこへニッキーとエレナがやってきた。
「このたびはありがとうございました。あなたのおかげで村は救われました」と、ニッキーがお礼の言葉を口にすると、突然ウェルシュが剣を抜いて彼の首にその刃をピタッと当てた。
きゃあ、とエレナが小さい悲鳴をあげる。
「な、なにを!」
ニッキーは、首を反らしながら怯えた目でウェルシュを見る。
「いいか、次もまた、私たちが助けると思ったら大間違いだ。自分たちの権利を守りたければ、そのための力を持て」
そう言うと静かに剣を収めた。
ニッキーはしばらく口を開けたまま言葉を失っていたが、やがて拳を強く握りしめ、決意を込めてうなずいた。
「は、はい、わかりました。必ず、必ず自分たちの村は自分たちで守ります」
フフッとウェルシュは小さく笑うと、その足で村長ピルピロットのところへ向かった。
そしてピルピロットの前で跪き、うやうやしく頭を下げる。
「お久しぶりです、師匠。お元気そうでなにより」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、あいかわらずじゃの、ウェルシュ」
ピルピロットが長い白髭を触りながらセミの宇宙人のような笑い声をあげる。
「えーっ! なんやて? いま師匠って言うたな? な?」
「言った言った。どういうこと?」
ルナとテンは意味が分からずパニクっている。
いくらなんでもあのボーっとしているただの老人が、よりによって正義の味方の師匠とは……。
いやいや、いくらなんでも……、聞き間違いに違いない。そんなことあってたまるか。などと失礼にも二人はそう思った。
「どうなっているんだ……」
ニッキーも、ただただ唖然とするばかりだ。
ピルピロットとウェルシュはしばし短い言葉を交わすと、ウェルシュは再び深々と頭を下げ、静かにその場を去っていった。
ニッキーがピルピロットのところに駆け寄る。
「村長、いったいウェルシュとはどういう関係なんですか? それからあの集団はいったい……?」
「ふぉっ、ふぉっ、……まあ、関係は置いといてじゃな。あれはブラックシープという砂漠の旅団じゃ」
突如現れた謎の集団、その首領と思しき者に師匠と呼ばせた村長。
その関係を尋ねるニッキーに対して、ピルピロットは質問の一部をはぐらかしながらも集団の名を打ち明ける。
「ブラックシープ……?」
「その名の通り、『厄介者』たちの集団じゃよ。ああやってずっと砂漠を旅しておる。理由は知らんがな」
理由は知らん。急に雑になるところが村長らしい。
ニッキーが振り返ると、ブラックシープの一団はすでに砂漠の彼方へと遠ざかっていた。
やがて舞い上がる砂塵と共に視界から消えた。
現れて、全部ひっくり返して、去っていく。嵐みたいな旅団だった。
「それはそうと、ルナ、テン。今回は助かったぞい。村を代表して礼を言う」
ピルピロットが杖を付きながら二人のところへ歩み寄りお礼の言葉を口にする。
「いやいや、あたしたちなんてたいしたこと……。ねえ、テン?」
「ほんま、すんまへん。こいつ勇猛と無謀を履き違えてまんねん」
「そうなんです。あたし勇猛と無謀を……って、やめて! あんたまで勇猛って言うの!?」
「ちゃうわ! せやからおまえのは無謀やて」
「ふぉふぉふぉ、いいコンビじゃのう。それじゃあ、いいものをあげよう、ほれ、テン、手を出してみい」
ピルピロットはそう言うと、被っていた兜を脱いだ。
そこで彼の顔が初めて露になった。
「えっ、えっ、えーーーー!!!!」
その場の全員が仰天して凍り付く。
凍る、というのは比喩ではなく、ほぼ物理である。血の気が引いて表情筋が固まった。
「な、なんやねん、これはまた……どう説明したらええのか……」
「さすがに……言葉にできないわね……」
テンもルナも目の前の姿に衝撃を受け、身体を硬直させる。
ニッキーもエレナも初めて見るピルピロットの素顔に目を丸くして、口をあんぐりと開けたままフリーズ状態だ。
その姿は言語化、文字化しづらいというか、はばかれる……というか、とにかく説明しづらいので勝手に割愛する。
ここは読者の想像力に丸投げするのが、いちばん優しい。
「テン、これをそなたに差し上げよう」
そんな周囲の反応を気にせず、その兜をテンにそっと手渡した。
「えっ? これくれるん?」
「ああ、そうじゃ、要らぬか?」
「いや、めっちゃほしいわ。ほんまにええんか? もう返さへんで」
テンはサンタから直にプレゼントをもらった子供のように目を輝かせ、兜を抱きしめた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
ルナとテンは、サンドヘブンをあとにすることにした。
ニッキーが砂漠を出るところまで案内をしてくれるそうだ。
「では、そろそろ出発します。みなさん、お元気で」
ルナはペコっとお辞儀をした。
「あと、ニッキーさん、エレナさん、砂漠で助けていただき、ありがとうございました」
「こちらこそお礼を言いたい。ルナのおかげで自分が変われたような気がするよ」
「そうね、少し前のニッキーは、なんか不甲斐ない感じだったものね」
今回の件で、エレナはニッキーを見直したらしい。
その目には、少し前よりも頼もしげな光が宿っていた。
「……エレナ」
急に真面目な顔をしたニッキーが膝をついてエレナの両肩を掴んだ。
「えっ、なに⁉」
「エレナ、俺と結婚してくれ!」
「えっ?」
突然の告白にエレナだけでなくその場にいた村人たち全員が驚いた。
エレナは、しばらく言葉を失っていたが――
「うん。幸せにしてね♡」と、涙を浮かべてニッキーの首に抱きついた。
ドッと湧き上がる大歓声。
ルナもテンも歓喜して声を張り上げた。
「おめでとう!!」
エピソード VI 勇猛と無謀 「了」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、砂漠の村サンドヘブンでナイトストームとの大乱戦。
フライパン片手に先頭を突っ走るルナを、ウェルシュは「勇猛」と評しましたが――
みなさんはどう思いましたか?
「勇猛!」
「いや、完全に無謀(笑)」
「勇猛と無謀、半々かな」
など、一言だけでも感想をいただけるとうれしいです!
そして、ニッキーとエレナにも思わぬハッピーエンドが待っていました。
次のエピソードも、ぜひよろしくお願いします!




