第19話 おいアホッ! 無謀や! やめれー!!
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825
その夜、ニッキーはエレナとダイニングテーブルを挟んで向かい合っていた。
外はすっかり暗く、砂漠の夜特有の静けさが家のまわりを包んでいる。
昼間の暑さが嘘のように、夜の空気はひんやりとしていた。
「――ということなんだよ。エレナ、君はどう思う?」
ニッキーは役場でのいきさつを一通り話すと、エレナに意見を求めた。
「ニッキー、あなたはどう思うの?」
エレナの考えを期待したニッキーだったが、意外にも質問を質問で返された。
エレナはテーブルに両肘をつき、まっすぐに視線をぶつけてくる。
「どうって……、そんなこと言われても……そもそも村の人たちだって戦う気ないだろ?」
「そんなことを聞いてるんじゃないの。あなたはどう考えているのか聞きたいの」
エレナの口調がいつになく鋭い。普段は柔らかい彼女だが、ときどきこういう顔をする。
ニッキーはこの顔が少し苦手だった。正論を言われると逃げ場がなくなるからだ。
「俺も……俺もできれば戦って彼らを追い出したいけど……そんなの無理だろ。どうせ勝てっこないさ」
ニッキーは言いながら、自分でも情けないと思っていた。
本当は、そんなことを言いたくない。だが、現実を考えると、どうしても弱気な言葉が口から出てしまう。
エレナは小さく息を吐くと、椅子からすくっと立ち上がる。
「あなたがそんなんじゃ誰もついてきてくれないわね」
突き放すような言葉を残し、エレナはくるりと背を向ける。
「エレナ!」
エレナは振り返らなかった。部屋のドアが静かに閉まる。
ひとり残された部屋で、ニッキーは気持ちが定まらないまま、ゴン、と額をテーブルに打ちつけた。
「くそ~、どうすればいいんだ」
* * *
次の朝。
ニッキーは村人たち全員を役場の集会場に集めた。
住民は百人ほど。全員が集会場の床に腰を下ろしている。その中にエレナの姿もあった。
ルナとテンも参加した。
二人は昨夜、この役場で一晩世話になったのだ。
「ニッキーのおっさん、朝っぱらからなんやねん」
一晩明かすと、命の恩人もただのおっさんになるようだ。
「もしかして……」
眠そうな目をこすっているテンを横目に、ルナは「人生には三つの坂がある」の三番目を期待した。
つまり、まさかの展開である。
ニッキーはひとり立ち上がると、大きな声で村人に語りかけた。
「みんな、聞いてくれ。俺たちはこの二年間、ナイトストームの言いなりになってきた。自分たちが大切に育てた農作物を奪われ、しかも、奪われる量は毎回増えている」
ニッキーがいつになく熱く語っている。
「なんか今日のあいつはいつもと違うべな」
村人たちは、普段とは違う彼の姿に目を見張る。
「このままでいいのか? このままナイトストームのいいようにさせていいのか? 俺はごめんだ。今後もあいつらがこの村にやってくるのであれば、いつまでたってもこのサンドヘブンに平和は訪れない」
「でも、だからってどうすんだべ?」
村人の一人が村の全員を代表するように尋ねると、ニッキーはいままでの倍の声量を張り上げた。
「あいつらと戦ってこの村から追い出す!」
会場がにわかにざわめきたつ。テンの眠気も一気に吹き飛ぶ。
「なんやて!?」
「ニッキーおじさん、とうとう決心したんだわ」
ルナは目を輝かせガッツポーズをした。
「みんな不安なのはわかる。だが、あいつらのせいで子供を持ちたいのに諦めている家族もいる。
本来しなくてもいい余計な仕事が増え、それで体を壊した者もいる。このままではこの村に未来はないんじゃないのか?」
すると一人の若者がすっと立ち上がった。
「僕は賛成です。うちも子供が欲しいのですが、この先不安でたまりません。一緒に戦います」
その言葉が引き金となり、次々と村人の中から声が上がる。
「俺の父ちゃんも過重労働で先月とうとう倒れてしまって。いまは子供たちだけで仕事をこなしている。こんなのいつまでも続かないよ」
そのときニッキーの横で椅子にもたれ掛かっていた村長のピルピロットが突然立ち上がった。
しかし、背が低いうえに胴体が短いため、ほとんど立ち上がったのかどうかもわからない。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、若者は勇敢でよろしいの~。頼もしいかぎりじゃ。で、その他の者はどうなんじゃ? 若い者におんぶにだっこかい?」
その穏やかな言葉とは裏腹に、兜の奥の眼がギラリと光った。
これまでの腑抜けた村長とはまるで違う。
そこに宿っていたのは、思わず息を呑むほどの、圧倒的な威圧感だった。
「いんや、俺らもまだまだ若い者には負けやせんよー。いっちょう、やったるべ!」
「そうだそうだ、俺たちだってこのサンドヘブンを守りたいのは同じだべ、戦うべ!」
村人たちは全員立ち上がって、一致団結したようだ。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
「なんやあのじいさん、見かけによらず頼もしいやないけ」
「そうだね、やるときはやるのね、さすが村長だわ。テン、あんたも覚悟決めなよ」
「へいへい、やりますって……そんな睨まんといて~な」
テンもあきらめたのか、渋々承諾する。
「みんな、ありがとう! ありがとう!」
ニッキーは、いまにもあふれそうな涙を必死にこらえていた。
「ニッキー……」
エレナが側へ歩み寄ってきた。
その顔には笑みが浮かんでいる。不安がないわけではない。
それでも、この村の未来のために立ち上がった彼の姿に、喜びが自然とこぼれた。
「エレナ!」
ニッキーはエレナの肩をそっと抱き寄せた。
* * *
翌日、ナイトストームはいつも通り、農作物を奪いにやってきた。
五台の荷馬車を連ね、二十人を超える盗賊たちが、我が物顔で村へ踏み込んでくる。
その最後尾では、ボスのブリゴジンが幌馬車の中で悠々と揺られていた。
サンドヘブンの村人たちは、それぞれの手に鍬や鎌を持ち臨戦態勢に入った。
それぞれが体の前後に鍋やまな板を括り付けて鎧の代わりにしている。
ルナは両手にフライパンを持ち、テンはシャベルだ。二人とも頭に鍋を被っている。
そしてついに、村人たちはアドレナリンアゲアゲでナイトストームの前に立ちはだかった。
馬車が止まる。
幌馬車の中からブリゴジンが現れた。
「ほ~う? なんの真似だ?」
ブリゴジンはモスグリーンの体に白い腹がデブっと出ている超メタボな体型をしている。
しかもその腹は、つるりとしているわけではなく、あちこちにぶつぶつと膨らみがある。
まるでパン生地が発酵に失敗したみたいな見た目だ。
顔も負けていない。
大きい。
とにかく大きい。
そして、その顔のほぼ半分を占めているのが口だ。
ぎざぎざの歯が並ぶその巨大な口は、威嚇というより、どう見ても「大笑い専用サイズ」に見える。
ルナは思った。
(あれ、絶対よくあざ笑うタイプだ)
こういう顔のやつは、だいたいそうだ。
怒鳴るより先に嗤う。「がはは!」と腹の底から笑って、周りの者を一歩引かせる。
怖いのか陽気なのか、どっちなのかよくわからないやつ。
頭には小さなトゲがいくつも生えていて、眉は妙に太い。
しかも、しっかりと軍用っぽいベストまで着ている。完全武装のはずなのに、どうしても腹だけが無防備すぎる。
ルナはしばらくその腹を見てから、心の中でつぶやいた。
(……あれ、絶対よく揺れる腹だ)
「あいつや、ブリゴジンや。この前も思うたけど、ほんま凶悪なツラしとんな~」
「あっちはせいぜい二十人程度よ。こっちはご老人を除いた六十人。数では勝っているわ」
それ以上に村人の士気の高さで勝算があると踏んだ。
そしてついにニッキーが宣戦布告をする。
「ブリゴジン! もうおまえたちの好きにはさせないぞ!」
「なにをこしゃくな。てめ~ら、まさか戦うつもりか? そんなおもちゃみたいな武器で。ガハハハハハ」
ブリゴジンが大きな口をいっそう大きく開けてあざ笑う。
「ビンゴ!」と、ルナは頭の中でガッツポーズを決めた。
ナイトストームの盗賊たちも、一斉にあざけるような笑みを浮かべる。
彼らの手には、いずれも鋭い刃を光らせた、紛れもない本物の剣が握られていた。
こちらはフライパンやシャベルだ。
たしかに「おもちゃ」と言われても、反論しづらいところはある。
「うるさい! いますぐここから立ち去れ!」
ニッキーは、これで素直に立ち去ってくれるとは思ってもいなかったが、内心ではワンチャンそれを期待していた。
「ふん、なにをほざいている。おめえたち、やっちまいな!」
案の定、その願いは儚くも枯葉のように吹き飛ばされ、ブリゴジンの合図で手下の盗賊たちが剣を手に向かってきた。
「うぉぉおおおお!」
サンドヘブンの村人たちも雄叫びと共に迎え撃つ。
「あかんあかんあかん、ほんまに始まってしもうた!」
テンはあたふたしだすとルナのほうを見る。
しかし、さっきまで隣にいたルナが見当たらない。
「ルナ!?」
なんとルナは、先頭を切って突っ走っていた。
しかも右手のフライパンを頭の上でぐるぐると回しながら、わけのわからない咆哮をあげている。
「ルォオオオオオ!!!!」
そして、あのちょっと頼りないニッキーもルナと並走している。若者も中年の男もそれに続いた。
「フライパン・スマッシュ!!」
ルナは謎の言葉を口にしながら、ナイトストームの連中の頭を次々と叩いていく。
その掛け声は、決して大げさに叫ぶものではなく、どちらかというと淡々と言葉を発しているだけだった。そこが逆に怖い。
「フライパン・スマッシュ!!」
「痛ってー! このアマ! やりやがったな!」
襲いかかるナイトストームの盗賊。剣がルナに振り下ろされる。
「きゃあッ!」
ガキンッ!
その攻撃をニッキーの鍬が防ぐ。
「大丈夫か? ルナ!」
「はい! なんとか……」
盗賊はそのままニッキーの腹に蹴りを入れる。
ニッキーは後ろへ勢いよく蹴り飛ばされ、辺り一面に砂塵が舞った。
「うぉりゃ! 覚悟しろ!」
すかさず敵の剣がニッキーを狙う。
砂塵の向こうから振り下ろされる剣が、かすかに見えた。
だが、防御する間はない。
ニッキーは、「これまでか……」と目をつむる。
「フライパン・スマ〜ッシュ!」
バゴーーーン!
さっきよりは多少気合いが入っているものの、いまいち間の抜けた声に乗せて、ルナのフライパンが盗賊の後頭部を思いっきり捉えた。
「うぐっ……」
盗賊は、アントニオ猪木に延髄切りを喰らった悪役レスラーのように膝から崩れ落ちた。
「ふ~、助かった……。ありがとう」
「こちらこそ、ニッキーさん」
予想を超える村人たちの士気の高さに、ナイトストームの盗賊たちは一瞬ひるむ。
そして、意外にも戦況は優勢に見えた……かに思えた。
だが、時間が経つにつれ、明らかな実力差が表れ始める。
当然のことながら、ナイトストームの盗賊たちは手練れだ。戦いに慣れた動きが、その一挙手一投足に滲み出ている。
ブリゴジン自らも剣を取り、戦乱の中に身を置いていた。しかも、腹は揺れてるくせにけっこう機敏だ。
「ルナ、どんどん怪我人が増えている。このままだと全滅してしまう!」
ニッキーが相手の攻撃をかわしながら切迫した声を上げた。
「くそ~、やっぱり手ごわいわね」
ルナもさすがにフライパンでは無理があるかもと今更ながら思えてきた。
ふと見ると、砂漠の向こうに、かすかな砂塵が立ち昇っているのが窺えた。
しかも、それはゆっくりとこちらへ近づいてきている。
二本のフライパンを使って盗賊の剣を顔ぎりぎりのところで凌ぐルナ。
横目で砂漠の彼方に立つ砂塵を見る。
「あれ、なにかしら?」
その直後、安全という名のベストポジションからテンが叫ぶ。
「向こうの援軍やないんか? ブリゴジンめ、そんな隠し玉も持ってたんかい!」
砂塵が近づいてくるにつれ、その正体がだんだんと明らかになってきた。
それはラクダに乗った十人ほどの集団だ。
幌馬車も一台見える。
しかもその集団もナイトストームに負けず劣らずの極悪面だった。
「ひえ~、やっぱり盗賊やないかッ! これあかんやつやろ~」
「これ以上、敵が増えたらおしまいだ」
ニッキーは、すでに精神的降伏状態に陥っているように見えた。
「あきらめてたまるかー! ルォオオオオオ!!!!」
ルナが目の前の敵を足で突き飛ばすと、例の咆哮を上げながらラクダの集団に向かって突っ込んでいく。
「おいアホッ! 無謀や! やめれー!!」
テンの叫びが響き渡る中、ルナは一目散に灼熱の砂漠を駆け抜けていった。
頭の上でフライパンを振り回しながら……。
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825




