第16話 なにしどろもどろになっとんねん!
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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しばらく歩くと、どこか遠くをじっと見つめている猫背のモンスターが目に入った。
しかも掃除の途中なのか、箒を持ったまま立ち尽くしている。
そいつは、頭から背中にかけてダンゴムシのような頑丈な殻に覆われていた。
殻の色は薄いブルーとホワイトのマダラ模様。爽やか配色なのに、フォルムが完全に防御特化だ。
顔は白く石のように堅そうだ。
そこに小さな赤い目がふたつ、まばたきもせずに遠くの山を見据えている。
充血気味に見えるが寝不足なのだろうか。
眉間からは、角が一本ぴょこんと突き出している。
さらにその下には、鼻の穴が六個。六個!?
そんなに必要か?
嗅覚に全振りした結果なのか。花粉症の季節は地獄であることは間違いない。
手足は珍しく六本ある。四本が脚で、二本が腕だろうか。その辺はリクガメモンスターのムーと同じだ。
とにかく一見不気味なモンスターだ。
見た目だけで判断してはいけない、とルナは何度も学んできたが、第一印象というものは勝手にやってくる。いたしかたない。
「おっさん、なに見とんねん」
テンがいきなり声をかける。
「えっ? このヒト、男の人なの?」
一見、性別不詳に見えたルナだが、テンの言葉で相手が男と知った。
だが、どうしてわかったのだろうか……。
『テン、どうしてこのヒトが男ってわかるの?』
ルナは、相手に聞こえないように小声で囁いた。
「なに言うとんねん。そんなもん見ればわかるやろ?」
そう言われたが、どこをどう見てもルナにはわからなかった。
さすが異世界に住む住人だけのことはある。
別世界から来た者には、わからないこともきっとわかるのだろう。
すると、そのダンゴムシモンスターは、テンを一瞥するとその大きな口を開けた。
「なんじゃ、このちんちくりんは。上から目線で」
ぎょろっと小さな赤い眼がテンを睨む。
「ちんちくりんとはなんや! 俺にはテンちゅう名前がちゃんとあんのやッ」
ムッとしたテンが負けじと睨み返す。ダンゴムシ対てんとう虫。なかなかシュールな光景である。
「それを言うなら、わしにもフラコという名があるんじゃ。しかもわしは、かよわき乙女じゃけんな」
「女じゃん!」
ルナの顔が引きつる。
フラコとテンは、無言のままにらみ合っている。
「えっ? えっ? やめてよ、二人とも……」
二人は一触即発状態だ。空気がぴりっと張り詰める。箒がぎしりと音を立てた。
すると――
「わっはっはっはっは!! 元気な坊主じゃの~。気に入ったわ」
急に大きな口を開けて豪快に笑いだすフラコ。
すると、それにつられてテンも笑いだした。
(なんだ? こいつら)
と思ったが、二人を見てルナは少しホッとした。あわや大喧嘩になるところだったが、どうやらフラコは見た目ほど気難しい女性ではなさそうだ。
「それで、なにをそんなにじっと見てたんですか?」
「ああ、最近な、あの山の向こう側が時折ピカっと光るんじゃ」
「ピカッと……」
その擬音語を反復し、フラコが見つめる山のほうに視線を移した。見たところ特段なんの特徴もない、ただの山だ。
雷か、他のなにかか……。
「あの辺になにかあるんですか?」
「いや、なにもないはずじゃ。行ったことはないがな」
「行ったことないんかい! ほんならわかるわけないやろ」
「じゃが、あれが光りだしてから、雨が降らなくなった気がするんじゃ」
まさか、あの山に干ばつの秘密があるのだろうか。
ルナの真剣な眼差しが、くだんの山に注がれる。
その顔を見たテンは目を細めた。腹の底から嫌な予感がこみ上げてくる。
(こいつまた余計なこと言うんやないやろな……)
「じゃあ、あたしたちが見にいってきます」
まるで近所の八百屋に「ちょいと白菜買ってきますわ!」くらいのノリだ。
その「嫌な予感」が的中したテンは、いつもの呆れ顔で天を仰ぐと、それを懸命に阻止しにかかった。
「ちょい待てって、ルナ。マジで言うとるん? やばいもんがあったらどないすんねん。俺らの旅は――」
「だって絶対怪しいじゃん!」
めっちゃ被せてきた。
テンは最近ようやくわかってきた。一度言いだしたら聞かない奴だということを……。
* * *
その山の頂へ向かう道のりは、酷いものだった。
道らしき道はまったくなく、ひたすら草木を押しのけて登るしかなかったのだ。
「ひえ~、やっぱ来るんやなかったわー。この坂えぐっ!」
テンが早くも音を上げている。出発してからまだ三十分も経っていない。
「がんばって、テン! あんた男でしょ」
男を奮起させるにはもってこいのセリフだ。
これを言われてヘタる男は《《まず》》いない……と思いたい。
しかし、最近はこれくらいでも、セクハラだ! ジェンハラだ! と非難されるそうだ……。ここが異世界でよかった、とルナは少しだけ思う。たぶん誰も問題にしない。
先頭を歩くルナは、テンを叱咤激励しながら道なき道をひたすら進む。
それでも、ここのところの干ばつの影響で草木はほとんど枯れており、思ったよりは進みやすい。
皮肉なことに、異常気象が彼女たちの足取りを軽くしている。
そして、山の頂上を越えて、いよいよ下りにさしかかったころだ。
突然目の前で眩しい稲光が走った。
「うわッ! なんだぁ!?」
ルナが、発光したあたりを覗くと、茂みの隙間から岩に囲まれた小さな洞窟があるのを発見した。
「あそこから出たのかな……?」
洞窟の入り口の前には狭い踊り場がある。ルナはそこへ降り立った。
その洞窟は、人がひとり通れるかどうかという狭さで、奥のほうが青白く光っているのが見える。
「なんだろ、ここ……」
ルナが覗いているところにテンが遅れてやってきた。
「どないしたん? なんか見えるんか?」
「奥のほうに、かすかに光が見えるんだ」
ルナはそう言うと、迷うことなく洞窟の中へ足を踏み入れた。
「おい、待て待て待て。ほんま大丈夫なんか?」
テンの頭の触角がうねうねと動く。これは、嫌な予感の前兆だ。良くない未来を予知すると四本の触角がうねるという能力をもっているらしい。
ただし、的中率はあまり高くない。一説にはただ単にビビっているだけだという説もある。
テンは、気分が乗らないまま仕方なくあとについて入っていった。
洞窟の中は暗く、ほとんど何も見えない。それでも壁を伝いながら、奥に見える光を目指して進んでいく。
そして、入口から三十歩ほど歩いたところで、急に視界が開けた。
そこは直径二十メートルほどの広い空間だった。
天井はおよそ三メートルほどの高さ。周囲はごつごつした岩で囲まれている。
その奥――少し凹んだあたりに大きな黒い煙が渦巻いている。
その渦の中心には妖しい青白い光がアメーバのように形を変えながらうねっており、それが不気味に洞窟の空間を照らしていた。
「おい、ルナ、なんや知らんけどヤバいところに来たんちゃうか?」
「うん、これは見るからに……」
ルナはたっぷりと逡巡すると
「邪悪じゃね?」と、目を細めた。
そのとき、バチバチという音と共に突然イナズマのような閃光が洞窟の外に向かって走った。
「きゃあ」
ルナは悲鳴を上げて思わず尻もちをつく。
テンは驚きのあまり後ろへひっくり返って一回転する。
「おい君たち危ないよ」
どこからともなく声が響いた。
その声は、透き通るような清らかな子供の声だった。
二人はギョッとして暗闇の中に目を凝らす。
こんなところに子供がいるわけがない。もしいたとしたらそれは……心霊現象か怪奇現象か、はたまたキョンシーか鬼太郎か。
ルナは恐怖心を理性で押さえつけながら声の主を探す。
すると、洞窟の端のほう――ごつごつとした岩の上に、とても小さな男の子が座っているのが見えた。
「ひえっ!!」
一瞬ビビったが、よくよく見ると幽霊の類ではないようだ。
「ん? 小人?」
ルナは目を細めてじっと見る。
その男の子は、身長十五センチほど。紫の服を身にまとい、同じ色のフードをすっぽりとかぶっていた。
顔はルナに似た人類に限りなく似ているが、耳が少しとんがっている。
フードには、葡萄だろうか? 六枚の葉っぱと一緒に紫色の丸い実が四つほどついており、背中には蝶のような美しい羽が生えていた。
その服の色のせいで洞窟の暗闇に溶け込み、二人ともまったく気がつかなかったのだ。
「君たちは誰だい? この村の者ではないね?」
どこか品のある口調だった。口元に笑みを浮かべている様子から敵意はないと判断したルナは、近づきながら名乗る。
「あたしはルナ。で、ここにいるのがテン。旅の者だけど……」
「そういう自分は誰やねん」
「僕はベリー。葡萄の妖精だよ」
「妖精!」
ルナは驚き目を丸くする。
この世界に来てから様々なモンスターを見てきたこともあり、多少のことでは驚かない自信があったが妖精となると話は別だ。
「妖精ってはじめて見たわ。ほんとにいるんだ」
「おい、ベリー。ほんでもってあれはなんやねん?」
初対面にもかかわらずタメ口で質問するテン。
妖精相手にも遠慮がない。妖精って格式高いんじゃないの?
「テン、そんな失礼な言い方しちゃだめよ。相手は畏れ多くも妖精なのよ?」
「ヨウセイ? なんやそれ?」
「……えっと~、……ん~と~……」
ルナが説明に詰まる。妖精の定義は案外難しい。
「あれは、異次元エネルギーだよ。結界が破れエネルギーが暴走してしまっているのさ」
テンのふてぶてしい質問にも大人の対応をとる妖精ベリー。さすが、体は小さいが、器はでかい。
「異次元エネルギー?」
「けっかいってなんや?」
理解が追いつかない二人にたいしてベリーが説明を始める。
「そう、このエネルギーは僕を含めた三人の妖精がつくる特別な結界で制御していたんだ。そのおかげでこの村は安泰だった。気候にも恵まれ作物もよく採れた。
ところが、他の二人が隣の村に行っている間に、三本の神秘の剣が地震で倒れてしまい、結界が破れてしまったんだ。そしてエネルギーの制御が効かなくなってしまったんだよ」
見ると、たしかにそれっぽい剣が三本倒れていた。
「ほんなら、その三本の剣を立てればええやんか」
テンが誰でも思いつくようなことを、さも名案のように言い放つ。
「ふ~、それができたら世話ないのさ」
ベリーは深いため息をつくと、小さく肩をすくめた。
――だろうね、とルナも心の中で独り言ちる。
「三本の剣は、同時に然るべきところに立てなければならないんだ。だから僕一人ではどうにもならないんだよ」
ベリーは落ち着いた口調で説明する。
「他の二人は帰ってこないの?」
「暴走エネルギーが村全体を覆っていて入ってこれないんだ」
ベリーは、どうしたものかと腕を組んでうつむいた。
「だったら、あたしたちが手伝うわ」
ちょうど三人いるじゃん! と、ルナは胸に右手の拳を当て、左手を脇腹に添えると、自信満々な態度で申し出た。もちろんドヤ顔も忘れてはいない。
「そんなん楽勝やで! 任しとき!」
テンも負けじとドヤる。
しかし――
「……ただ三人いればいいという話ではないのさ。剣を持つ者が清らかな心の持ち主でないと結界は現れないんだ」
ベリーは二人を交互に見て結界発現の難易度を説く……と――。
「あー! いま、あれや! うちら見てこいつらにはアカン思うたやろ?」
テンはベリーを指さして憤慨する。
「い、いや、そんなことは思っていない……というか……なんというか」
「なにしどろもどろになっとんねん!」
「まあまあ、二人とも」
ルナは苦笑いしながら二人の間に割って入った。
「ベリー、やってみようよ。テンはね、口は悪いけどそんなに嫌な奴じゃないから」
「せやせや、俺もこー見えて口は悪いけど……って、おちょくっとんのか! われっ!」
妖精の前でノリツッコミをかますテン。
ベリーはしばらく逡巡し、やがて小さく頷いた。
「オーケー! そういうことならやってみよう!」
黒い渦が、ゴーッと低く唸る。洞窟の空気が震える。
清らかな心かどうかはさておき、三人のやる気だけは、やけに清らかだった。
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