第15話 雨ごい師=てるてる坊主・・・?
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825
ルナとテンはナカジー村という山々に囲まれた村に着いた。
陽は西山の背にゆっくりとその姿を隠そうとしている。
ノミ太と別れてから三日間歩きっぱなしで二人ともヘトヘトだった。
「村や! ルナ、今夜はここで宿探すで~。ええかげん風呂にもつかりたいねん」
「たしかに……。久々にお風呂入りたい〜」
二人が泊まれそうな宿を探しながら、疲れた足を引きずっていると、時代劇に出てきそうな古びた民宿が一軒見えてきた。
館は木造平屋。柱は年月を経て黒光りし、漆喰の壁にはときおり光が映し出す蛇の影が踊る。
灯籠にそのような仕掛けが施されているのだろう。
玄関には、墨で「紅の湯」と書かれた木札が掛かっていた。
その文字はまるで年末にお坊さんが今年の一文字を書くような見事なまでの達筆であった。
達筆すぎて、一瞬「湯」かどうか不安になるほどだ。
「よし、入ってみよう」
ルナが、宿の引き戸を開ける。建てつけが悪いのか、開けるのにそれなりの力を要した。
「おりゃっ! よっとっと……。こんばんはー」
ガタンガタンと大きな音で開いた戸の向こうは、一つのランタンだけで灯された薄暗いエントランス。
営業しているのかどうかも怪しい。
ルナの声、もしくは引き戸のガタつき音を聞きつけてか、奥から女の声が届いた。
「いらっしゃ~い」
どこか元気のない声とともに、蛇種族の女将が小走りで現れた。
彼女は全身赤い色の鱗で、蛇でありながらもしっかりと手足が二本ずつある。長い尻尾は着物の下から後ろに垂れ出ていた。
後頭部には、緑の葉っぱが数枚と、なぜか真っ赤な薔薇が一輪。これが飾りなのか、天然ものなのか判別不能だ。もし生えているのだとしたら、もはや園芸と爬虫類の奇跡的コラボレーションである。
赤い着物には白抜きの紫陽花模様。梅雨のしっとり感と、全身カサカサ系の鱗とのミスマッチが実に味わい深い。
帯は目の色と同じエメラルドグリーンだ。
全体として統一感があるのかないのか、判断が難しい。
だが少なくとも、気合いは感じられた。
「今晩泊まりたいんやけど、部屋空いとる?」
「空き部屋はあるんだけどね~。食事はあまり出せないんだよ。それでもいいかい?」
蛇女将のルビーが申し訳なさそうに応えた。
「なんやて? 腹減っとんねんけど」
「この村の宿はみんなこんなだよ」
「えっ? そーなん?」
テンは、一瞬渋りながらルナの顔を窺う。
ルナは、苦笑しながら小さく頷いた。
「しゃーないな。その分安くしといてな」
したたかなテンは相変わらず上から目線だ。蛇だろうと、このてんとう虫は容赦しない。
ほんとこいつは口が悪いな、と心の中でディスリながらルナはジト目でテンを見下ろす。
見下ろしてはいるが、宿代を値切る役目はだいたいテンなので、止める気はあまりない。
「あと、お風呂もないからね」
「なっ……」
風呂が目当てだっただけに、ルビーの言葉にテンが口を大きく開けたまま白目を剥く。
額に縦線が三本は入りそうだ。
ご飯も満足に出せず、風呂もない。これでは宿としてやっていけないのではないか?
これはなにか特別な事情があるのかもしれない、と疑問に思ったルナは、白目で固まっているテンをよそに尋ねる。
「なにかあったんですか?」
* * *
ルビーの話によると、ここ数か月、謎の異常気象が村を襲っていて農作物が育たず困っているということだ。雨もほとんど降らず干ばつが続いていて、水不足にも陥っているらしい。
「こんなことは、この村では初めてだよ。あたしが知る限りだけどね。ほんと困ったわ〜」
ルビーはますます気を落としている様子で深い息を一つ吐く。
どこの世界も異常気象に悩まされているのだな。
夏の猛暑や、世界各地での異常気象をニュースで見ていたルナは、いつかそれが当たり前になっていた。
むしろ、あまり危機感をもっていなかったと言っても過言ではない。
なぜなら、それにより水道が止まったり、食料が尽きたという実体験を《《まだ》》していなかったからだ。
なにはともあれ、食事は少なめで風呂もなし。
その条件を承諾し、二人は格安で『紅の湯』に泊めてもらうことにした。
夜もいよいよ更けてきた。
簡素な夕食を終え廊下を歩いていると、窓の外の中庭が目に入った。
こぢんまりとはしているが、丁寧に手入れがなされている。
水が貴重な村で、これだけの庭を保っているのだから、ルビーの矜持がそこにあるのだろう。
中央に木製のベンチが置かれていたので、二人は並んで腰を下ろした。
心地よい夜風が頬をなでる。
ふと夜空を見上げたルナは、突然悲鳴に近い声をあげた。
「きゃあ! テン、見て見て!」
「なんやねん! いきなりデカい声出しよって。びっくりさせんといてや~」
「星が! 星がいっぱい!」
テンは半ギレ気味に返したが、ルナの視線を追って空を見上げる。
金獅堂を出て以来、曇りがちな夜が続いていたせいか、星空をしっかり見る機会がなかった。
しかし今宵は雲ひとつなく、月も出ていないせいか視界いっぱいに無数の星が広がっている。
空が落ちてくるのではないかと錯覚するほどの密度で、光が散っている。
それは、ルナがかつて住んでいた世界――少なくとも日本では見たことのない、圧倒的な星の大海だった。
「そんな珍しいか? いつもと変わらへんけど」
この世界に住んでいるテンには日常の景色であり、なんら感動することでもなかった。
しかし、ルナにとっては生まれて初めて見る光景。これぞ『満天の星』だ!
「いつもこんなにたくさん見えるんだー。星が多すぎて星座がわからないくらい」
「セイザ?」
「そう、星座知らないの? 星と星を線でつなげていろんな形に見立てたものよ。たとえば子熊とか白鳥とか」
「へ〜、ようわからんけどルナの世界ではそういう遊びがあるんやな」
「はは、遊びね、たしかに!」
とは語ったものの、実際ルナは星座のことはよくわかっていなかった。
小学校の理科で習いはしたが、興味がなかったせいか星空を見てもどれが惑星でどれが恒星なのかも区別がつかなかった。
しかも、星座にいたっては、一番わかりやすい北斗七星すら指し示すことができなかったほどだ。
ただ、こんなにたくさんの星空は生まれてこのかた見たことがなかったので、完全に圧倒された。
二人はしばらく夜空を眺めながら星の動きのようにゆっくりと時を過ごした。
* * *
翌朝、ルナとテンは村の様子を見るために宿を出た。
散歩がてらの調査である、と一応は言っているが、実際は朝食があまりに軽かったため、歩いて気を紛らわせようという側面もあった。
ナカジー村は四方を山に囲まれた盆地で、田園地帯が広がるのどかな村だ。
しかし、どの田畑も荒れに荒れ果て、作物の育つ気配はまるでない。
土はひび割れ、苗は背丈の半分で止まっている。
村人たちはみな元気をなくし、活気も精気も失われているようだ。
話を聞くと、作物が育たず食料が確保できないため、村の男たちはわずかな食料を求めて山へ野草や木の実の採集に出ているという。
食肉をしないこの世界のニンゲンたちにとって、田畑はまさに死活問題なのだ。
しばらく歩くと村役場が現れた。
その前に一人の人物が座り込んでなにやら煙草らしきものを吸っている。
白い煙が、やる気なさそうに空へと昇っていく。
「こんにちは~」
ルナが愛想よく挨拶をする。
「おや? 見ない顔だね。旅の方たちかい?」
その男は自分をナカジー村の村長だと言い、名はアルバートと名乗った。
アルバートは、目に入った瞬間から「視界がオレンジ色に補正されたのでは?」と錯覚するほどの存在感だった。
長いオレンジ色の髪がさらりと肩に落ち、顎にはこれまた立派なオレンジ色の長ひげ。
そこに追い打ちをかけるように、オレンジ色のサングラス。
レンズ越しの世界はきっと、永遠の夕焼けなのだろう。
服装も当然オレンジ系統で統一。
濃いオレンジ、薄いオレンジ、ちょっと赤みがかったオレンジ……とにかくオレンジのグラデーションで構成された民族衣装風の出で立ちだ。
アクセサリーまで抜かりなくオレンジ。
ここまで徹底されると、もはや趣味というより信仰である。
さらに頭には花柄のヘアバンド。
なぜそこだけ南国リゾートなのか。
全身ビタミンカラーで固めた上に、仕上げのトロピカル。
センスがいいのか悪いのか、判断は保留だ。
その風貌は、どう見てもヒッピーそのもの。もし背後でギターでも鳴らそうものなら、村政会議がそのまま野外フェスに変わりかねない。
「なんや、ファンキーなおっさんやな~」
テンは、怪訝な顔で身体中を様々なアクセサリーでデコレーションしたその村長をジト目で見つめた。
この世界では見た目の違いにいちいち驚かないテンだが、ファッションセンスには容赦がないらしい。
「なんか村が大変そうですね」
「干ばつが長くてね。ほんと困っているのさ。レインマンに頼んで祈雨してもらったがまったく効果なしだ」
「レインマン?」
「レインマン五世。彼の家は先祖代々雨ごい師の家系なのさ」
祈雨とは、干ばつが続いた際に雨を降らせるために行う呪術的・宗教的な儀礼のことだ。
雨は神からの贈り物であり、それが途絶えることは神の罰である、という観念らしい。
しかし、そもそも雨ごいって効果があるのか?
なにかの授業で習った水蒸気や気圧配置が、頭の片隅でうっすら主張している。
しかし、この世界にその手の教科書はおそらくない。
「異常気象って、なにが原因とかわからないんですか?」
「そりゃあ、わかれば世話ないんだがね」
そりゃそうだ、と尋ねたルナ本人も愚問を発したと少し反省する。
アルバートは肩を落とし、深いため息をつきながら煙草のような巻物の灰を落とす。
毛むくじゃらの顔のせいで、アルバートの年齢はまるで読めない。
テンは「おっさん」と言っていたが、声は妙に若々しい。
外見と中身が一致しないのは、この世界ではよくあることだ。
――すると
「原因はわかっておるのじゃ」
ルナの後ろから突如しわがれた声がした。
「うわ!」
その不気味な風貌に、ルナは失礼にもつい声をあげてしまった。
「あー、レインマンか」
村長のアルバートが冷静な声で、あたかも同級生に挨拶するように右手を上げた。
「彼がレインマン!」
そこに立っていたのは、水色のレインコートを頭からすっぽりかぶった、どう見ても『正体を隠す気はあるが、隠し方を盛大に間違えている』タイプの生物だった。
レインコートには、ごつごつしたスタッズがいくつも打ち込まれている。
――なぜ雨具をトゲトゲにした?
防水と防御を同時に狙った結果なのかもしれないが、もし雨の日にうっかり抱きつかれたら大惨事である。
それに、男なのか女なのか判別がつかない。
だが“レインマン”という名から察するに、たぶん男なのだろう。
ネーミングの安直さに一抹の不安は残るが。
顔は完全にフードの奥に隠れている。
ただ、目のあたりにぽっかり二つの穴が空いており、そこからオレンジ色の血走った大きな眼がぎょろりと覗いている。
しかもレインコートは口元あたりで大きく下向きの弧を描くように裂けている。
「ついに素顔が――!」と思わせておいて、そこから現れたのは、まさかの黄緑色ボディースーツ。顔面までぴっちり覆われている。
徹底しているのか、迷走しているのか判断に苦しむ二重構造だ。
結果、素顔はまったく不明。ただひとつ確実に言えることがある。
――絶対に蒸れる。
レインマンというより、もはや“スチームマン”である。
「原因は、魔瘴の奔流なのじゃ。それが麻呂の祈雨の邪魔をしておるのじゃ」
自分のことを麻呂と呼ぶその男の声は、口がボディースーツで覆われているせいかよく聞き取れない。
しかし、言葉自体は何を言っているかかろうじてわかるが、内容はイマイチつかみ切れない。
「レインマン五世。その魔瘴の奔流とやらはどこから出ているんだい?」
「そこまではわからないのじゃ。だが、どこかにあることは確かなのじゃ」
その出どころがわかれば、自らが行ってなんとかしようと考えたアルバートだった。
「ほんなら、しゃーないな。いこか、ルナ」
突然、テンがルナの手首を掴むと、その場から離れずんずんと歩き出した。
テンの行動がいかにも不自然だったので、なにかあったのか訊こうとした瞬間テンが口を開いた。
「あのレインマンって男、なんや怪しいな」
「えっ? そう?」
たしかに、不気味な姿ではあったが、それを言ったら今まで出会ったモンスターも大差ない。
「雨ごい師ってあれやろ? お祈りして雨降らすやつやろ? そんなんで雨降ったり止んだりするんやったら誰も苦労せーへんでー。信じられんわ、まったく~」
テンは顔を歪めながら、不信感マックスでディスリまくっている。
過去になにか雨ごい師ともめたことがあるのだろうか?
「どうしたテン。なにかあったのか?」
ちょっとだけ気になり軽くジャブってみた。深掘りしすぎると長くなる予感はある。
「昔な、めっちゃ楽しみにしてた遠足があってな、ゾーイ婆ちゃんと二人で、てるてる坊主作ったんや。せやけどな、めっちゃ雨降りよってん」
「……それで?」
「あいつも一緒や、言うてんねん」
どうも、テンの中では、てるてる坊主と雨ごい師は同列らしい。
「は~、なるほど~」
テンの遠足の恨みは、意外と根が深いと見た。
だが、それについて反論しようかとも思ったが、面倒くさそうなので、薄い反応だけ示しておいた。
まあ、テンの言いたいこともわからなくもない。
「てるてる坊主と雨ごい師、似たり寄ったり、てか!」
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825




