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Monster PandemiX(モンスター・パンデミックス)  作者: 古賀丸マシカク
エピソード IV 家政夫ノミ太

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第14話 赤ずきんちゃんご用心

noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!


https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825

 そのとき——


 突如、ざあざあと絶え間なく流れる川音に混じって、助けを求める声がした。


「助けて〜」


 三人が一斉に川の方に目を向ける。

 激しい流れの中、視界に小さな赤い何かを捉えた。

 それは、真紅のフードをかぶったヒョウ柄の子供だった。

 さっきまで裏メニューだの願い事のルールだのと言い合っていた空気が、一瞬で凍りつく。


「あっ、大変! 子供が流されてるわ!」


 その子は、必死に川面に顔を出そうとしていたが、流れはあまりに速く、いまにも飲み込まれそうだった。


 ルナはためらうことなく靴を脱ぎ、川の方へ足早に歩み寄った。 

 川幅は二十メートル以上。その真ん中あたりを流されている。水の流れは速い。いや、速いどころではない。


「ルナ、危ないで! こんなに流れが速いんや。いくらおまえでも無理やで!」


 テンがルナのシャツの裾をぎゅっとつかむ。


「でも、放っておいたら、あの赤ずきんちゃん溺れちゃうよ」


 赤ずきん坊やは、懸命に顔を水面に出そうと必死だ。

 小さな体が波に翻弄されるたび、見ているこちらの心臓まで上下する。


 ルナは流されていく子供を見つめながら、何か策を模索する。

 そして、そばにいたノミ太に向き直った。


「ノミ太さん、なんとか助けらんない?」


「わしゃあ、泳ぎはちぃと苦手なんじゃ……すまんのぉ」


 ノミ太は、眉を寄せて頭をぽりぽりと掻く。


「誰もあなたに泳いで助けてなんてお願いしてないわよ!」


「せやで! そんなもんおんどれの体見ればアホでもわかるで~。それともボケとんのか? こんなときに」


 二人の剣幕にたじたじの大魔王。

 ついさっきまで威風堂々だったのに、いまは完全に押されている。

 

「えっ? ほいじゃあ、どうやってするんじゃ……?」


「だから、願い事としてあの子を助けて」


「いやいや、それ、どう考えても家事代行の範疇はんちゅうこえとるがな!」


 この期に及んでも願い事ルールを守るノミ太に、ルナは苛立ちながら言葉を重ねる。


「じゃなくて、二つの願いを一つにする裏メニューよ。それで助けてあげて」


 テンが、はっと息をのむ。


「ルナ、そんなんしたら……」


「いいのよ、テン」


 ルナの声は、気高けだかく——そしてまったくもって揺らぎがない。

 そんなルナの態度を目の前にして、テンはそれ以上言葉を口にできなかった。


 ノミ太が、怪訝な表情でルナの顔を覗く。


「ほんまにええんか? おめー、元の世界にもう戻れんなるかもしれんのんじゃで?」


「いいわ。早く助けて」


 その言葉を聞き、ノミ太の二つの眼がかっと見開き、口角がみるみる上がる。


「よー言うた、ガハハハハハハハハ」


 バカでかい声で笑うと、大きな身体をくるくると回転させ口から紫の煙を吐き出す。

 その煙は、川面を這ってゆき流されている赤ずきんを包み込んだ。

 その身体をふわりと宙に浮かせると、優しく川岸へと運び上げた。


「スッゲー! やっぱこいつ大魔王や!」


「やったー、助かったー!」


 ルナの声も弾む。


 二人は川岸に降ろされた赤ずきんのもとへ駆け寄った。


「大丈夫?」


「ゲホッ、ゲホッ」


 四つん這いになりながら、口から水を吐き出している。

 ヒョウ柄だったのでヒョウの子供かと思ったら、顔はなんとなくラッコに似ている。


「よかったな~。無事や~」


 そのとき、遠くから切羽詰まった声が響いた。


零士れいじー!」


 振り返ると、ヒョウ模様の若い女性が駆け寄ってくる。

 しなやかな体に、髪はシルバーのショート。民族衣装のような派手な服装を着ているかわいい女性だ。

 名はイサベル。

 赤ずきんの零士の母だった。


「ママー!」


 零士が叫ぶと、イサベルは足早に駆け寄り、わが子を強く抱きしめた。


「あ〜零士~、よかった、よかった……」


(母親って、大人なのにこんなに泣くんだ……)


 抱き合って泣く母子の姿を、テンはじっと見つめていた。


 一方、ルナは元の世界に帰るチャンスを逃してしまったという現実が頭の片隅をかすめる。

 けれど、不思議と後悔はなかった。


「よかったですね」


 優しく声をかけるルナに、イサベルは涙を拭いながら深く頭を下げる。


「ありがとうございます。ありがとうございます……」


 その姿に、ルナ、テン、ノミ太の三人は顔を見合わせ、笑顔でサムズアップした。


 *   *   *


 夕陽がゆっくりと落ちていく。赤く染まってゆく光のなか、長い影を引きずって歩く三人。


「ほんならまぁ……願い事も尽きたことじゃし、そろそろ戻るとするかのぉ!」


 ノミ太が、野太い声で言った。わざとらしいほどの大きな声が、むしろ寂しさを際立たせていた。

 ルナはそっと顔を上げる。


「また、ウケるギャグを言ったら出てきてくれるの?」


 何がツボにはまるかわからないおっさんだけに、逆にハードルが高い気がする。

 なにせ三百年ぶりにスパーンと来たのが「お茶だけに」だ。基準が読めない。


 だけど、あの程度でウケるんならイケるか? などと考えていると、ノミ太は少し寂しそうに笑い顎髭をなでながら首を横に振った。


「いや……わしゃあもう、引退じゃ。ええ年じゃけぇの……。この急須も、ほんとはとっくに寿命が来とる。わしが戻った瞬間、粉々に割れてしまうじゃろうて……」


「割れるって。大丈夫なの?」


「そこは問題ねぇけぇな。心配すんな」


 風がひとすじ吹き、蒼い草を撫でていく。

 夕暮れの匂いが、ほんの少しだけ湿っている。


「そう、なんだか短い間だったけど、やけに寂しいね」


 ルナの声には、素直な感情が滲んでいた。

 出会いがあれば別れもあるというけれど、やはり今生こんじょうの別れとなるとなおさら辛い。


 ノミ太は、優しく目を細めてルナを見つめる。


「ご主人様……おめーは、でーれーええ子じゃ。きっと元の世界に帰れるけぇ、なんも心配せんでええんじゃ。わしが太鼓判押したるけぇな」


 片目をつむってウインクをキメる。

 大魔王は、そうは言ってみたものの、実際のところ確信などなかった。

 ルナが、本当に元の世界へ戻れるかどうかなど……。

 その理由わけは……ノミ太は胸の奥にそっと仕舞った。

 素直で心の美しいこの少女に、わざわざ不安の種を蒔く必要はない。


「はは、大魔王の太鼓判か。最強だね! ありがとう、ノミ太さん!」


 ルナが明るく笑って応えた。

 その笑顔に、ノミ太はほんの一瞬だけ視線を逸らす。

 眩しいのは夕陽のせいだけではない。


 ノミ太は続いてテンにも視線を向ける。


「テン、おめぇも元気でおるんじゃぞ? ご主人様のこと、しっかり助けてやらにゃあいけんけぇな!?」


「ふん、家政夫の大魔王に言われるまでもないで」


 テンは、あえて視線を合わさず毒づいた。


「ガハハハハ」


 ノミ太のいつもの豪快な笑いが、しんみりした空気を吹き飛ばした。


「じゃーな、お二人! よき旅をじゃ!」


 その言葉を残して、ノミ太はくるくると回転する。

 体は徐々に紫の煙となり、ルナの手のひらに乗せられた急須の注ぎ口へと吸い込まれていった。


 そして次の瞬間——


 パリンッ


 急須は、粉々に砕け散った。


「あ〜ん、せっかくかわいい急須だったのに〜」


 ルナが嘆きながら、粉々になった急須の破片を土に埋めだした。

 最後に小さい山まで手で作る。

 お墓のつもりだろうか。


「ルナ、惜しかったな、あわよくば元の世界に帰れたのにな」


 あえて軽い調子で言う。軽くしないと、重くなりすぎる。


「うん、まあね……。だけどいいこともあったよ」


「いいこと? なんなん?」


「テンとまだ旅ができることだよ」


 ルナはニコッと笑い、テンの手から花火セットを奪って駆け出した。


 その場に立ち尽くすテン。その目に、じわりと涙が浮かぶ。


 ルナの声が遠くから響く。


「テン、早く〜。おいてくわよ〜。花火やるんでしょ〜?」


 赤く染まる夕陽を背に、ルナの影が大きく手を振る。


 テンは目の雫をぬぐうと、思いっきり走り出した。


「ははは、ルナー、待てってー!」


 あたたかな色の空に向かって走っていく二人の影。

 旅はまだ続く。


 結末の知れない物語に向かって——。



 エピソード IV 家政夫ノミ太 「了」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は、急須から現れた大魔王――いや、家政夫ノミ太のお話でした(笑)。


元の世界へ帰れるかもしれない、たった一度のチャンス。

それでもルナは、その願いを零士を助けるために使いました。


もしみなさんがルナの立場だったら、同じ選択をしますか?


「もちろん助ける!」

「いや、正直迷う……」

「自分なら元の世界に帰るかも」


など、一言だけでも聞かせてもらえるとうれしいです!


そして、ノミ太が最後までルナに言わなかったこととは――。


ルナとテンの旅は、まだまだ続きます。

次のエピソードも、ぜひよろしくお願いします!


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