第13話 なんてったって大魔王
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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「てか、おじさんいったい誰?」
「せや、おっさん誰やねん!」
急須から突如出てきた謎の蚤男に対して冷静さを失っていたルナだが、やっと本題に切り込んだ。
テンもルナの言葉にすかさず追従する。
「じゃけん、言うたじゃろが! 大魔王じゃっ……て!?」
その目がふと、ルナを捉える。
「おや……? こりゃあよー見たら……珍しいのぉ……っちゅうか……なんでじゃ?」
自称大魔王はルナの存在に気づくと、急に不思議そうな表情で独り言ちる。
そして鋭い眼でジッとルナを見つめてきた。
ルナは思わず身を引いた。目つきも恐ろしいが、顔自体もいかつい。
さすが大魔王と言うだけある。迫力が半端ない。
「な、何よ? あたしの顔に何かついてる?」
両手で顔に変なものがついていないか確かめる。
大魔王は、「はっ」と我に返ると、盛大に笑顔を作りこみ、でかい声で自己紹介を始める。
「笑ろてしもうて挨拶忘れとったわい! わしの名は『ノミ太』言うんじゃ、よろしゅうな、ご主人様!」
まるで、毎日会っている友達にする挨拶のように、右手をひょいっと挙げた。
「ご主人様!?」
「おう、笑かしてくれたんが、ご主人様じゃけぇな」
ルナは、遠い昔に見たアニメ番組を思い出していた。
それは、くしゃみをするとランプから変な顔をした大魔王が出てくるやつだった。
まさか急須バージョンが実在するとは思わなかった。
「なに? これってもしかして魔法のランプ的なやつ? じゃあ願い事を叶えてくれるの?」
「なんやて!?」
テンが眼をむく。
「まあの、三つだけじゃけぇな! 三つ!」
ノミ太は誇らしげに指を三本立てた。
ルナとテンは、ぱっと咲いた笑顔を見合わせる。
「ほんなら、ルナ、お願いしよったら元の世界に戻れるんちゃうか?」
「うん、あたしも今そう思った。できるわよね。なんてったって大魔王なんだし!」
ルナがノミ太に振り向く。
その真剣なまなざしにノミ太がニヤッと口角をあげる。
「ウッシ、なんでも聞いちゃるけぇの。バッチこーい!」
体の前で両手をグーとパーでパチンッと鳴らすと、腰を落としてシコを踏む力士のように構えた。
「じゃあ、早速なんだけど……、あたしを元の世界に戻してくれる?」
「……ん? どういうことじゃ?」
目を丸くするノミ太。
「あっ、そうだね、意味わからないよね。実はあたしはこの世界の人間じゃないの。おっきな穴に落ちたら、なんか知らないけどこの異世界に来ちゃったのよ。だから元の世界に戻して」
ノミ太は黙ったまま、ぽかんと口を開け、続いて眉間にしわを寄せた。
(なるほどの〜。そういうことかい……)
「えっ? 通じた? もっかい言おうか?」
「ん? いやぁ……そげぇなことは、でけんわ」
目を閉じ、肩をすくめて片手でハエを追い払うように一振りした。
「はぁ〜あっ! なんでよ! 願い事はなんでも叶えてくれるんでしょ?」
「なんでもっちゅうた覚えはねぇがな。わしにできんのは、家事代行だけじゃけぇの!」
「家事代行!?」
「そうじゃ、具体的には、掃除、洗濯、食事の用意、ゴミ捨て、買い物、犬の散歩など……」
ノミ太は指を折って数えながら、自信たっぷりに言い放つ。
「なんやねん、そのボケは」
「なんなの? それって家政夫じゃん」
「そうじゃ、家政夫ノミ太じゃ」
「家政夫のミタ⁉︎」
ルナが思わず昔のドラマタイトルを声高に上げると、ノミ太は両腕を組みドヤ顔でふんぞり返った。
* * *
二人は、遠巻きにノミ太を観察しながら、ひそひそと会話を交わす。
こういうとき、人はだいたい声を潜めているつもりでも、実はしっかり聞こえていたりする。
だが、当人たちはそこまで気が回らない。
『ルナ、こいつ魔法使いやないで。ただの家事するおっさんや。こんな怖い顔して』
『そうみたいね。煙みたいに出てきたからてっきり魔法使いかと思っちゃったわ。こんな顔だけど』
自称大魔王の立ち姿は相変わらず威風堂々《いふうどうどう》としているが、いまやその正体は家政夫である。
威風堂々と家事をするおっさん、それはそれで新しいジャンルだ。少なくともルナは聞いたことがない。
テンは腕を組み、じろりとノミ太を見上げる。
自分の身長の三倍はありそうな相手を見上げながら、なぜか態度だけは負けていない。
「せっかくやから、家政夫の腕前をいっちょう試してみっか」
そう言うとテンは、ノミ太の前にさらに一歩進み出た。
「ノミ太のおっさん、ほなら、うまい料理作ってくれへんか?」
「……」
……返事がない。
ノミ太は聞こえていないのか、ふりなのか、目線すら合わさない。
「なんやねん、無視かい! ご主人様の言うことが聞けへんのかい!」
ようやくノミ太が反応した。
ゆっくりとテンに視線をスライドさせる。
漫画ならノミ太の背中にゴゴゴゴゴゴゴ!と文字が描かれるコマだ。もちろんフォントは極太である。
「おめーは、わしのご主人様じゃねぇけぇな! どアホうが!」
「な、な、なんやて! さっきご主人様言うたやないかい!」
「ご主人様はのぉ、わしを笑かしたこいつじゃけぇ。『お茶だけに』言うたんは、おめーじゃなかろうが!」
「なっ……つ」
言い返せる言葉がない。テンは悔しそうに口籠る。
てか、ご主人様である自分のことをこいつ呼ばわりするのはいかがなものか。
ルナは、喉から漏れかかった言葉をごくりと呑み込んだ。
いまは、そんなことより料理のほうが大事だ。
「じゃあ、あたしの言うことは聞いてくれるのね」
「もちろんじゃけん」
「では、ノミ太さん、美味しい料理を作っていただけるかしら?」
右手の手のひらを上に向け、わざとらしく首を傾げて目一杯お上品にお願いしてみる。もちろんニコ顔で。
「はいはいさー、ご主人様〜」
どこかで聞いたようなセリフを吐くと、左腕を背中に回し、右腕を腹に添えて深々と紳士的に身を屈めた。
その動きは大魔王には似つかわしくないが、家政夫としては妙に板についている。というか執事に近い。
テンの顔には、「どうせろくなもん出てこんやろ」と書いてあった。
だが、その予想が大きな間違いであることを、このあとすぐに思い知らされる。
ノミ太は、くるくると体を回転させると、指先から紫の煙を出した。
すると草原の一角に、ふかふかの絨毯が敷かれ、その上に大きなテーブルが現れた。
テーブルの上には、彩り鮮やかな料理がずらりと並ぶ。
程よい酸味の冷製トマトスープ。
野菜たっぷりのピザ。
苺とトマトの特性カプレーゼ、もちろんチーズは豆乳製。
柑橘のカルパッチョは、薄切り野菜にオレンジが添えてあり、オリーブオイルと塩だけで味付けがしてある。
細かく刻まれた林檎入りジェノベーゼ・パスタ。ソースにはいっさいチーズは使われておらず、バジルと松の実とニンニクのみ。
まだまだある。
洋梨と大豆ミートのボロネーゼ。
米とキノコだけのリゾット。
唐辛子とトマトだけのアラビアータ。
バター不使用のフォカッチャ。
見たこともない美しいフルーツ盛りにグリーンサラダ。
ラストはデザートの豆乳クリームティラミス。
「うわーーー!」
二人の目が一気に輝く。
「すごい! 美味しそう!」
「ほんまや! これ食えるんか?」
「もちろんじゃ」
テンはたまらずピザを一切れ手に取ると、豪快にかじった。
「んっま!」
「どれどれ」
ルナもスプーンでスープをすくい、口元へ流し込む。
「ほんとだ! 美味しい! こんな美味しいスープ初めてだわ」
「そうじゃろ~、美味いじゃろ~」
ノミ太は得意げに胸を張る。
二人は、もはや言葉も忘れて料理に貪りついた。
豪華な食事は、異世界の旅の疲れをまるで洗い流すように、心も体も満たしてくれた。
しかし、ここでも肉類はいっさい出てこないのであった。
「あ〜、お腹いっぱい」
「久々にうまい飯食うたな〜」
ルナとテンは、満腹のまま絨毯に寝っ転がり、それぞれのお腹をぽんぽんと軽く叩く。
そんな二人を眺めながら、ノミ太がふいに口を開いた。
「そんで、おめーらこそ何モンなん?」
ルナは片目を開け、寝転んだままノミ太に答える。
「あたしは、ルナ。さっきも言ったけど、この世界の人間ではないの。東にあるはずの『あさひ山』を探しに旅の途中〜」
「で、俺はテンや。ルナが元の世界に戻れるまで付き合っとんねん」
「ふーん、そりゃあ、えれぇこっちゃな〜」
ノミ太は、寝そべる二人をしばらく見つめていた。
(長い家政夫人生で、いろんな人間を見てきたが……こげぇ珍しい連中は初めてじゃのう)
ぽりぽりと顎ひげをかきながら、ノミ太は自然と頬が緩んだ。
* * *
川べりの土手を、ルナ、テン、ノミ太の三人がのんびりと歩いていた。
川は、数日前の雨も手伝ってか、水量が増しており、そこそこ流れが速い。
足を滑らせたら、わりとしゃれにならないタイプの速さである。
「ノミ太さんは、いつぶりに急須から出てきたの?」
ふとルナが尋ねると、ノミ太は顎髭を撫でながら、しみじみと呟いた。
「……最近の笑いはどうもピンとこんでのぉ。ツボったんは、かれこれ三百年ぶりじゃけぇな! 久々にスパーン! ってキタわい!」
「三百年!?」
ルナとテンが同時にハモる。そ
れが当たり前かのように、ノミ太は平然と歩き続けている。
三百年という単位を、まるで「三年ぶり」ぐらいの気軽さで口にするあたり、時間の感覚がどうかしている。
「三百年って……おっさんいったい何歳やねん」
「歳なんか長げぇこと生きとるけぇ覚えとらんが、千歳の誕生日から数えとらんわい」
「千歳!?」
またしてもハモった。
「千年以上も急須の中にいて、窮屈じゃないの? いつも何してんですか?」
ルナの問いかけに、ノミ太はにやりと笑って、両手を空に向かって広げた。
「急須の中じゃろうて、別に窮屈なんかじゃねぇけぇな。もんげぇ広ぉ〜い世界が、ドーンと広がっとるんじゃわい!」
「広い世界があるの? すごッ!」
ルナの目がきらりと光る。異世界育ちではない彼女にとって、「急須の中に別世界」はなかなかのパワーワードだ。
(ということは、急須の中にいるのではなく、急須を通して他の世界につながっているのかしら? それともノミだから急須の中でも窮屈じゃないのか???)
「じゃあ、他のヒトもいるの?」
「そうなんじゃ〜。急須ん中にはの、ぎょーさん住んどるもんがおってな。わしの家もあって、仲間も居って、婆さんも居るし、ひ孫も居るんじゃ! わしゃあもう、ひぃじいちゃんじゃけぇな! ガハハハ!」
「……こいつほんま大魔王なんか?」
三人の会話は、まだまだ続く。
「いままで家政夫してて何か面白いこととかあった?」
お笑いにうるさいノミ太だ。なにか面白いエピソードでも持っているだろう。
ルナは、暇つぶしに訊いてみた。あくまで世間話だ。
ノミ太はたっぷりと記憶を反芻した後、つらつらと語り始める。
「そうじゃのぉ……昔なぁ、あるご主人様が『部屋にお化けが出るけん、退治してくれ〜』言うてきよったんじゃ」
「あんたも似たようなもんやけどな」
テンが、わざと聞こえるように言った。
それを気にも留めず話を進める大魔王。
「ほいじゃけぇ、わしゃ言うたんよ、『そんなん、家事代行やねぇけぇ!』っちゅうてな!……でもまあ、あんまりにもしつこいけぇの、ある日しゃあなしで見張ってやったんじゃわい」
ノミ太の言葉にルナの耳がひくりと動いた。
「そんだら、壁に隙間があってな、カーテンが風でゆれてただけじゃったわい! ガッハッハッハッ!」
ノミ太の笑い声が川面に響いてさざ波が立つ。
「はぁ〜あ? たいしたオチやないなー、言うわりに。その程度かいな」
テンは、呆れながら嘆息する。
一方、ルナは別のところに引っかかっていた。話のオチよりも、もっと重要な部分に。
「つーか、家事以外の願いも叶えてくれるんだ?」
ルナの質問にノミ太の目が一瞬泳ぐ。
「実はのぉ……ここだけの話じゃけど、裏メニューっちゅうもんがあってな」
突如、小声になる。巨体が少しだけかがむ。
疚しい事情でもあるのか。 なにせ裏メニューって……。
「家事の願い事二つを一つにまとめりゃあ、なんでも叶えてやれるんじゃ。……ただし、これは禁じ手じゃけぇ、ぜったい内緒じゃぞ」
ノミ太が、人差し指を一本、口元にもってきた。内緒だぞ! というジェスチャーらしい。そもそも誰に内緒にするのかもわからない。
「ほんなら、残り二つの願いを一つにすれば……」
テンがルナを見やる。
ルナもその目を真剣に受け止めて、深く頷いた。
家政夫ノミ太に、いや……大魔王に目を向けるルナ。
最初は、ただの木偶の坊にしか見えなかったのに、その巨体がいまはむしろ頼もしく見えてくるから不思議だ。
「あたしを元の世界に戻せるの?」
「その通りじゃ」
その一言で、二人の顔がパッと明るくなる。
「はよーそれ言えや。まったく〜」
小さな希望が、急須の中からこぼれ出したようだった。
「ほんと? 本当に戻れるのね。元の世界に……」
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