第9話 食べ物の恨みは恐ろしいのよー!
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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ルナとテンは、ネズミーランドを出てから、ひたすら東を目指して歩き続けていた。
ゾーイのいる金獅堂を出発して、かれこれ一週間になる。
「ルナ〜、腹減った〜」
「そうね、ゾーイお婆さんにもらった食べ物も食べつくしてしまったし、どこかで調達しないとね」
するとテンが鼻をくんくんさせる。鼻は二つの孔があるだけで鼻骨はない。普段は小さい穴だが匂いを捉えようとすると少し大きくなる。
ルナはそれを横目で見る。
変な顔だ。なんか笑える。
笑えるが、いまはそれどころではない。
食料はゼロ。テンの鼻孔の拡張が、二人の未来を握っている。
「なんや、こっちのほうからええ匂いがするで」
そう言うや否や、テンは猛烈なダッシュをかます。
心なしかいつもより足が速い。
食い物に対する火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。
いや、火事ではない。飢えだ。
「えっ! ちょ、ちょっと待って~」
ルナも置いていかれまいと、テンの後を急いで追いかけた。
* * *
「ここやー!」
「うわぁ……!」
ルナたちの目の前に現れたのは、まるで絵巻物から飛び出してきたかのような色鮮やかな街。
その名も『万寿街』
通り沿いには提灯が立ち並び、朱と金の装飾が、街並みを煌びやかに彩っている。
様々な屋台がずらりと並び、湯気や香辛料の香りが空気を満たしていた。
獅子舞が軽やかに、そして力強く舞い、太鼓と笛の音がリズムよく響き渡る。
音と熱気が渾然一体となって、まるで異世界の祝祭に迷い込んだかのようだった。
ルナはしばし立ち尽くし、その光景を見つめた。
すると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
――そうだ、かつて見たことがある光景だ。
この雑多で賑やかで、それでいてどこか懐かしい雰囲気。
小さいころ、父と母と一緒に出かけた横浜の中華街を思い出したのだ。
万寿街は大勢の人々でにぎわっていた――いや、正確には、ルナの知る人間ではない。
そこに集まっているのは、二足歩行のカニ、羽の生えた蜂のような女性、リュックを背負ったサメ男など、実に多種多様な種族の住人たちだった。
「ここにもモンスターがたくさんいるのね。まるでモンスター動物園ね」
「せやせや、ここはな、有名なモンスター動物園……って、だれがモンスターやねん!」
テンがジロリと睨んでくる。
「ご……ごめん、ニンゲンでした……」
この世界の住人は、自分たちのことを『人間』と呼んでいる。
ルナから見れば、全員モンスターなのだが、彼らはこの世界ではニンゲンとして生きている。
中には我々人類が持ち合わせていないような特殊能力を備えている者もいるが、それもこの世界のニンゲンたちは、ただの特技として捉えているらしい。
多様性を認めているのか、外見による差別や迫害はないようだ。
ルナの姿も特に誰も気にしていない。
とにかくモンスターというワードは禁句なのだ。
「ルナ、めっちゃ美味そうなもんばっかりで目移りするわ〜!」
隣でテンが鼻の孔をひくひくさせ、目をキラキラと輝かせている。
彼の脳内では、すでに全屋台制覇計画が立案されている可能性が高い。
屋台の並ぶテーブルには、湯気を立てる小籠包、ふっくらした饅頭、カリカリに揚がった唐揚げ――肉の種類は謎だが――さらに、タピオカミルクティーに似たドリンクや、無駄に長いアイスキャンディーまで所狭しと並んでいた。
「なに食べようか」
「俺これ食べたい!」
テンのお眼鏡にかなった食べ物は、あんまんだった。
「あたしもこれ大好きー!」
「ルナ食べたことあるんか?」
「うん、あたしの世界にもあったよ。どっちかというと肉まんの方が好きだけどあんまんも好き!」
「ニクマン?」
「いや、なんでもない……」
危ない。口が滑った。つい地雷を踏んだ。
そうなのだ。もうひとつの禁句。
それが「肉」。
これも使い方を誤れば自爆する。
この世界の住人はどうも肉を食べないらしい。
理由はわからない。
けれど、鋭い牙を持った者でさえ食肉はしないようだ。
なので、食べ物においてむやみに「肉」というワードは致命傷になる可能性がある。
故に、この世界の食べ物には、動物性の材料はいっさい使われていない。
例えば先ほどの屋台に出ていた食材はというと――
小籠包は、野菜、きのこ、大豆ミート、それに濃い野菜スープを閉じ込めたもの。
饅頭は、さつまいもペーストに白菜とニラを練り込ませたもの。
唐揚げの正体はお麩を揚げたなんちゃって唐揚げ。見た目ではわからない。
タピオカミルクティーは、紅茶にアーモンドミルク、それにそのままタピオカ投入。
アイスキャンディーは、植物ミルクにオレンジや葡萄、マンゴーなどの果汁を混ぜて単に凍らせたものだ。冬に切り出した天然氷を蓄えた氷室のおかげで、夏でも作ることができる。
何はともあれ、二人はあんまんに決めた。
* * *
あんまんの値段は、ひとつ50ゲイル。
ゲイルというのはこの世界で流通している貨幣だ。紙幣はなく、金・銀・銅の三種類のコインがあり、それぞれに小と大がある。
小さい銅貨が1ゲイル、大きいのが10ゲイル。
小さい銀貨が50ゲイル、大きいのが100ゲイル。
小さい金貨が500ゲイル、大きいのが1000ゲイル、といった感じだ。
コインそれぞれに様々な植物の絵柄が描かれているのも特徴だ。
もちろん人間の顔ではないし、特定の種族の顔でもなかった。
どの種族も「誰の顔を載せるか」で揉めないための、平和的な選択なのかもしれない。
ルナはお店に立つオカメインコに似たお姉さんに、ゾーイからもらった50ゲイルの銀貨を二枚渡してあんまんをふたつ購入した。
もちろん消費税などない。
「いっただきまーす」
テンがいきなりガブっとかじりついた。
「あっちー!!!」
あんまんからすかさず口を離すと舌をベロベロと出し入れして一生懸命冷やす。
「あはは、がっつくからよ、食い意地張りすぎ」
「やはまひー」
「ふうふうしてから食べなさい」
テンはふーふーと息を吹きかけてからパクッと一口食べた。
「んっま! こんなん食べたん初めてや」
テンの幸せそうな顔を見ていたら、自分も初めてあんまんを食べたときの記憶が蘇った。
当時は肉まんとあんまんの区別ができないからか、あんまんには赤い小さな点が目印でついていた。
その時もママに「ふうふうしてから食べなさい」と言われたことを思い出した。
二人はあんまんを食べながら街をぶらぶらと見て歩くことにした。
* * *
公園にさしかかると、ガラの悪い連中が、ひとりのリクガメ種族の子供を虐めているのが目に入った。
彼らはここ万寿街では有名な不良――ゲッペ三兄弟だ。長男のマロン、次男のチョコ、そして末っ子のハニーは妹だ。
いずれも饅頭のように太っている。そして全員が中国風の服装を纏っていた。
「おら! ムー。 このノロマなカメ野郎ッ。悔しかったら走ってみやがれ」
長男のマロンがムーの甲羅を蹴りながら罵倒する。
「なんでそんなに虐めるんだよ~」
泣きながら頭を甲羅に引っこめているムー。ムーは前脚と後脚を合わせて六本ある珍しい四足歩行タイプだ。
「強いものが弱いものより優れているんだ、この世はな」
次男のチョコが知ったような口でイキがる。
だいたいこういう台詞を言う者は、哲学書を一冊も読んだことがない。
「すぐに甲羅に隠れちゃうなんて、ほんっと臆病ねぇ!」
末っ子のハニーもあざとい笑いをうかべながら加担する。
外見による差別はないが、この手の子供の虐めはどの世界でもあるようだ。
平和な街にも、陰はある。
「こらー! あんたたちなにしてんの!」
ルナは大声を張り上げるや否や、あんまんを両手で持って落とさない程度の全速力で向かっていく。
怒りと食べ物の保護を同時にこなすあたり、器用なのか不器用なのか分からない。
「ありゃま、またトラブルに突撃や。ほんま好きやなー」
テンは、あんまんを口の中でもぐもぐ咀嚼しながら静観している。
「なんだ? きさま~?」
走ってきたルナをマロンが相撲の張り手で返り討ちにした。
バッチーーン!
ルナは横に吹き飛ばされ、その勢いであんまんが手を離れ宙を舞った。
(ああっ、あたしのあんまんが……)
あんまんが地面に落ちるまでの一瞬が、ルナにはまるでスローモーションのように感じられた。
白い饅頭が、放物線を描く。
さっきまで幸福の象徴だったものが、無慈悲な重力に従っていく。
ぐちゃっ
絶望的な濁音が響いた。
かつてあんまんだったモノが、無残にも泥まみれで地面に転がっている。
(ああー……、まだ半分も食べてないのにー)
ここでルナの怒りのギアは一段階上がる。
正義感から、私怨へ。
悔しさと怒りがふつふつと込み上げ、血圧と心拍数も比例して上がっていく。
「てんめ~」
ルナは勢いよく立ち上がると、怒りのままに三兄弟めがけて猪突猛進。
文字通りイノシシのごとく一直線に突き進む。
「ルォォオオオオオオ!」
「な、なんだこいつ……」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよー! このすっとこどっこいがー!」
ルナの暴れ回る姿は、もはや祝祭の獅子舞より迫力があった。
宙を舞い、地を這い、ローキックに、噛みつき。しまいには禁断の金蹴りまで炸裂した。
助っ人に入ろうと思ったテンだが、まだあんまんを食べ終えていなかった。立派な言い訳になろう。
ルナの暴れっぷりにゲッペ三兄弟はたじたじだ。饅頭のような体を揺らしながら後退する。
「わ、わかった、待て、待て、悪かったよ」
三人は慌てて手を振りながら降参の意思を示した。
一方、相方の奮闘に度肝を抜かれ唖然とするテン。
「あいつ怒らすと怖いから気ーつけよ」
彼の学習能力はこういうとき《《だけ》》発揮される。
「ブフー、ブフー」
ルナの怒りは冷めやらぬようだ。
するとゲッペ三兄弟の末っ子、ハニーが突然お腹を押さえて苦しみだした。
「いたたたたた」
さっきのミル・マスカラスばりのフライング・ボディアタックがそんなに効いたのかしら?
ルナは一瞬、自分の技を誇らしく思いかける。
「どうした! ハニー、大丈夫か?」
次男のチョコが妹を心配して抱きかかえた。
(ハニー?)
「すごい痛い、チョコ兄助けて」
(チョコ!)
「マ、マロン兄ちゃん! どうする、ハニーがすげー苦しんでる」
(マロン!!)
長男のマロンはオロオロと動揺し、額に汗をにじませる。
「う、う、う~どうするったって……」
あたふたするばかりのゲッペ兄弟。
「ハニーにチョコにマロンか。なんだか胃もたれしてきたな……」
ルナは舌を出しておえっと吐きそうなジェスチャーをした。
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