第8話 鍛治工房《風林火山》
鍛冶工房《風林火山》の扉を開けた瞬間、
熱気と鉄の匂いが押し寄せてきた。
棚には槍、刀、薙刀、脇差――
この世界ではまず見ない形状の武器がずらりと並んでいる。
(……この戦国オタクっぷり。
間違いなく、あいつだな)
工房の奥で槌を振るっていた男が、こちらに気づいて顔を上げた。
目が合った瞬間、カズヤはビクリと肩を震わせた。
「ひっ……! あ、あなたは……も、もしや……
獄焔の狼!?」
「は? なんだそれ」
思わず眉をひそめる。
カズヤは慌てて手を振った。
「い、いや! 冒険者たちが勝手に言ってただけです!
黒い炎を操るすごい一匹狼がいるって……
獄炎の狼って二つ名がついたらしいです!」
(……黒炎と一匹狼で獄焔の狼って安直すぎるだろ)
俺は一歩近づき、静かに言った。
「なぁ……お前、斉藤和也だろ」
カズヤの目が大きく見開かれた。
「な……なんでその名前を……」
「俺だよ。黒澤太一」
沈黙が落ちる。
次の瞬間、カズヤは叫んだ。
「えっ……えっ!?
ま……まさか先輩が……獄焔の狼なんですか!?」
「ああ……そうらしいな」
カズヤは口をぱくぱくさせたまま固まっていたが、
やがて視線を落とし、拳を握りしめた。
「……先輩。
追放された時……俺……何もできなくて……すみません」
小さな声だった。
けれど、その震えははっきり伝わった。
カズヤは昔から、
理不尽に強く言い返せるタイプじゃなかった。
上に逆らえず、自分が損をしても笑って流すようなやつだった。
だからこそ、あの時も何も言えなかったのだろう。
俺はゆっくり首を振った。
「別にいいよ。お前の性格は知ってるし、
お前のことは恨んでない」
カズヤが顔を上げる。
その目に、少しだけ安堵が浮かんだ。
俺は続けた。
「お前のことはな?」
カズヤはビクッとしたが、
すぐに意味を理解して苦笑した。
「先輩……殺気抑えてください……」
「あ……悪い」
「まぁ……先輩らしいですね」
工房の熱気の中で、ほんの少しだけ空気が和らいだ。
カズヤは深く息を吸い、決意したように言った。
「……先輩。
俺に先輩の刀を打たせてください」
その声は震えていなかった。
俺が返事をする前に、カズヤは手を差し出した。
「今の剣、見せてもらっていいですか?」
俺は腰の剣を抜き、鞘ごと渡した。
カズヤは刀身を抜き、光にかざしてじっと見つめる。
「……だいぶ無茶な戦い方してますね。
刃こぼれ、歪み、魔力焼け……いつ折れてもおかしくない」
「わかるのか?」
「見ればわかります。
職人泣かせですよ、これ」
カズヤの目は完全に鍛治師のそれになっていた。
「俺なら……先輩の力に耐える刀を打てる。
ただ――」
刀身をそっと鞘に戻し、真剣な表情で言った。
「シンプルに素材が足りません。
先輩の黒炎に耐える刀を作るには、
ウチの工房の材料じゃどうにもならない」
「じゃあ、どうするんだ?」
カズヤはにやりと笑った。
「取りに行くしかないっすね。
先輩にお願いしたいところですが……俺も一緒に行きます。
鍛冶師として、最高の素材で作りたいので」
胸の奥で、静かに火が灯る。
「……ああ。頼む」
カズヤは嬉しそうに笑った。
「任せてください、先輩。
絶対に……先輩に最高の一振り、打ってみせますから」
工房の熱気とは別の熱が、確かにそこにあった。




