第37話 追われる研究者
ソルディア国境が近づくにつれ、
空気が重くなっていくのがわかった。
アリスが眉を寄せる。
「……なんかすごく空気が冷たい気がする……」
アヤカは弓を握り直し、周囲を見渡す。
「相変わらず嫌な空気ね。
ソルディアに入った途端これだもん。
気を抜かないで」
俺は胸に手を当てた。
(……アリスの封印魔法のおかげで、焔神の反応は完全に抑えられてる)
熱も脈動もない。
ただ、胸の奥に沈んだ静けさだけがあった。
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街に入ると、活気はあるのにどこか冷たい空気が漂っていた。
市場は賑わっている。
だが、住民の視線は刺すように鋭く、笑顔がひとつもない。
アリスが小声で言う。
「……なんかすごい……みんなピリピリしてる」
「ああ……まるで敵地に来たみたいだな」
そんな中、路地裏から金属を叩く音が響いた。
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「……っ、はぁ……!」
火花が散る鍛冶場の奥で、
痩せこけた男が必死に火魔法を維持していた。
腕は火傷で赤黒く爛れ、
魔力枯渇で足元がふらついている。
鍛冶屋の主人が怒鳴った。
「止めるな! 火が弱ぇんだよ奴隷が!
高い金出して買ったんだ。ちゃんと働け!」
男は震えながら火を強める。
皮膚が焼ける匂いが、風に乗って漂ってきた。
アリスが小さく息を呑む。
「……ひどい……
火魔法適性があるだけで……こんな扱いなの……?」
俺は喉が詰まるような感覚に襲われた。
気づけば、アヤカに問いかけていた。
「……アヤカ。
カズヤも……こんな感じだったのか?」
アヤカは一瞬だけ目を伏せ、静かに頷く。
「ええ、そうよ。
カズヤも火魔法適性があるってだけで、
ソルディアでは奴隷みたいに扱われてたわ。」
胸が痛む。
アヤカは続けた。
「寝る間も与えられず、
朝から晩まで武器を作らされて……
火を使う仕事は全部押しつけられて……
失敗したら、鞭で叩かれてた。」
「……火魔法が使えるだけで、そこまで……?」
「そうよ。
“火は邪悪だから神聖なソルディアの民は触れちゃいけない”
っていうのがあの国の理屈。
でも火は必要だから……結局、奴隷に全部やらせるの。」
アヤカの声には怒りが滲んでいた。
「そして……ソルディアで生まれた火魔法適性のある子供は、
全員奴隷商に売られる。」
「……そんな国、地獄じゃねぇか」
「だから私はカズヤくんと逃げたの。
あの国にいたら……いつか本当に死んでたから。」
俺は拳を握りしめた。
鍛冶場の火花が、妙に冷たく見えた。
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ギルドの扉を開けると、
中は賑わっているのに、どこか監視されているような空気があった。
受付の女性は笑顔だが、目は笑っていない。
「登録証を確認しますね……はい、問題ありません。
ようこそレグナスへ」
ギルドの片隅で、冒険者たちが噂話をしていた。
「王都から逃げてきた研究者がいるらしいぞ」
「加護の研究してて禁忌に触れたとか」
「兵士が探してるって話だ」
アリスが息を呑む。
「……研究者……?」
アヤカは首をかしげる。
「この国の研究者って……どんな人なんだろうね」
「特徴がわかればいいんだが……
追われてるってことは、明日あたり探してみるか」
アリスが頷く。
「今日は遅いから、宿で休みましょう」
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宿の一室で、三人は机を囲んだ。
アリスが不安げに言う。
「研究者さん……逃げてるってことは、
何か危ないことに巻き込まれたのかな……」
アヤカは腕を組む。
「でも、誰なのかもわからないよね。
冒険者たちは禁忌に触れたって言ってたけど……」
「明日またギルドに行こう。
何か新しい情報があるかもしれない」
とりあえず俺たちは休むことにした。
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深夜。
俺は突然、外からの気配に目を覚ました。
(……なんだ……この気配……俺を呼んでるのか……?)
アヤカとアリスも気づいたらしく、
同時にベッドから起き上がった。
俺たちはそっと部屋を出て、宿の裏路地へ向かった。
月明かりの下――
フードを深く被った人物が、壁にもたれかかっていた。
「……っ……はぁ……」
その声に、アヤカが息を呑む。
「誰……?」
俺が一歩近づいた瞬間、
その人物は力なくフードを外した。
月光が、弱々しい顔を照らす。
アヤカの目が大きく見開かれた。
「……ミノリさん……?」
俺は思わず声を失った。
「ミノリさんって……
え、鮎川さん……!?」
ミノリは弱く微笑んだが、
その身体がふらりと揺れ、崩れ落ちる。
アリスが慌てて抱きとめた瞬間――
俺たちは気づいた。
ミノリの服が、血で濡れていた。
脇腹には深く斬られた剣傷。
布の下から赤い血が溢れ続けている。
さらに背中には――
折れた矢が一本、深く刺さったまま。
アリスが叫ぶ。
「……っ、これ……!」
アヤカも震える声で言う。
「矢傷まで……! こんな状態で歩いてたの……?」
ミノリは震える声で言った。
「……逃げて……きたの……
兵士に……囲まれて……
剣で……斬られて……
逃げる途中で……矢も……」
アリスは治癒魔法をかけながら唇を噛む。
「まずい……早く血を止めないと……!」
ミノリの手が俺の袖を掴む。
「……タイチくん……
お願い……助けて……
私……追われてるの……!」
その時――
金属音と足音が近づいてきた。
「いたぞ! 逃亡者だ!」
ソルディア兵の声が響く。
俺は刀を握りしめた。
(鮎川先輩……こんなになるまで……
何があったんだ……
まずは、コイツらを倒すのが先だ)
夜のレグナスに、緊張が走った。
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