第34話 揺れる魔力
朝の光がカーテン越しに差し込んでくる。
目を開けた瞬間、胸の奥がじん……と熱を帯びた。
魔力が、微かに脈打つようにざわついている。
(……また勝手に反応してる。なんなんだよ、これ)
深呼吸しても収まらない。
昨日よりも、少し強くなっている気がした。
そんな違和感を抱えたまま部屋を出ると、
廊下にはパンの香りが漂っていた。
「タイチ様、朝食の準備が整っております」
使用人が丁寧に頭を下げる。
ダイニングに入ると、アリスの母親がにこやかに迎えてくれた。
「タイチくん、よく眠れたかしら?
……あら、少し顔色が悪いように見えるけれど」
「はい! ぐっすり眠れました」
席につくと、焼きたてのパンとスープが並べられる。
アリスは寝癖のまま、頬を赤くして席についた。
「お、おはよう……」
「おはよう」
そんな穏やかな朝食の最中、
アリス母がふと、何気ない調子で切り出した。
「タイチさん。
今後は王都でのお勤めなのでしょう?
よかったら……ここに住まない?
お父さんには私から言っておくし」
フォークを落としそうになった。
「えっ……あ、あの……」
アリスが慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっとお母さん!
いきなりそんなこと言わないでよ!」
だが、アリスも少し考え込む。
「……でも、タイチくんはまだ療養中だし……
いいかもしれないね……心配だし」
アリス母は嬉しそうに手を叩いた。
「まぁ、二人がいいなら大歓迎よ。
また新しい息子ができたみたいで嬉しいわ」
俺は完全に困惑した。
アリス母は続ける。
「一番上のお兄ちゃんなんて、よそ様に婿入りしちゃったし……
二番目のお姉ちゃんはもう嫁いじゃったでしょ?
もうアリスに継いでもらうしかないのよ」
アリスが目を丸くする。
「ちょっと待って、それ初耳なんだけど!?
兄さん、婿入りしたの? なんで許したの?」
「こんな末端貴族じゃ嫌だって出て行ったのよ。
アリスの婿に継がせればいいだろって」
「……相変わらず勝手なんだから」
「まぁ、領地を持たない末端貴族だからしょうがないわよ」
(貴族っていうのも色々大変なんだな……)
その時だった。
執事が足早に近づいてきた。
「タイチ様、アリス様……
将軍の使いと名乗る方が来ております。
応接間にご案内しております」
アリスの表情が一気に引き締まる。
「……将軍の、使い?」
胸の奥の魔力が、また脈打った。
(……嫌な予感しかしない)
応接間に入ると、軍服姿の男が直立していた。
鋭い目つきで、こちらを見据えている。
「タイチ・クロサワ殿、アリス・フェルナンド殿。
ギルバート将軍よりの伝言です」
男は封筒を差し出す。
「明朝、お二人は王城の軍議室へ赴くようにとのこと。
今後の任務の話と……
タイチ殿の魔力の状態について、至急話し合いたいとのことです」
アリスが不安そうに俺の袖を掴む。
「……タイチくん……」
「行くしかない、よな」
使者は一礼し、去っていく。
だが、去り際に一言だけ残した。
「タイチ殿の所在は、
強力な加護を持つ者として把握しておく必要があります。
……将軍のご意向で」
アリスが息を呑む。
「それって……監視、されてるってこと……?」
胸の奥の魔力が、また熱く脈打った。
使者が去ったあと、アリスが小さく息を吐いた。
「……ねぇタイチくん。
少し外を歩かない? 気分転換になるかも」
「そうだな。行こうか」
二人で屋敷を出ると、王都の空気はどこか落ち着かない雰囲気だった。
戦が終わったばかりのせいか、街の人々はまだ緊張を引きずっている。
市場の通りを歩くと、店主たちが品物を並べ直していた。
「まだ復興は終わってないのか……」
「でも、少しずつ日常に戻ってる感じはするよ」
そう言いながら歩いていると、
胸の奥がまたじん……と熱くなる。
(……またか。さっきより強い……?)
足が一瞬だけ止まる。
「タイチくん?」
「いや、大丈夫。ちょっと魔力が揺れただけ」
アリスは心配そうに眉を寄せたが、
それ以上は何も言わず、そっと腕を組んできた。
「……無理しないでね」
その優しさに、胸のざわつきが少しだけ和らぐ。
昼過ぎ、二人は屋敷に戻った。
「おかえりなさい。
今日はお父さんも帰ってくるから、夕食は賑やかになるわよ」
アリス母が嬉しそうに言った。
アリスは少しだけ緊張した顔をした。
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夕方。
アリスの実家の食堂には温かい灯りがともり、
大きなテーブルには料理が並べられていた。
ほどなくして、重い扉が開いた。
「ただいま戻った」
アリスの父親が姿を見せる。
昼間とは違い、家長としての威厳をまとっていた。
「お父さん、おかえり」
アリスが立ち上がって迎える。
父親は席につく前に、俺の前で足を止めた。
「タイチ殿。
娘を守ってくれたこと、改めて礼を言わせてほしい」
深く頭を下げられ、思わず背筋が伸びる。
「い、いえ……俺はただ、できることをしただけで……」
父親は穏やかに微笑んだ。
「アリスから聞いているよ。
君がどれほど必死に守ろうとしたか……
あの子は、良い人に巡り会えたようだ」
アリスが横で真っ赤になって俯く。
食事が進み、しばらく和やかな会話が続いた後ーー
父親がワインを置き、静かに口を開いた。
「さて……タイチ殿。
婚約の件だが、焦る必要はない。
だが、いずれ正式に話を進めることになるだろう」
アリスがびくっと肩を震わせる。
「お、お父さん……!」
父親は続ける。
「君はこれから王都で働くのだろう?
ならば、この家を……自分の家のように使いなさい」
「そ、そんな……」
アリス母が笑顔で言う。
「いいのよ。
あなたはもう、家族みたいなものなんだから」
アリスは真っ赤になりながらも、
どこか嬉しそうに俺を見た。
「落ち着いたら、お披露目の席も設けよう。
君とアリスの未来を、皆に示すためにな」
アリスが「ちょっとお父さん!」と抗議するが、
母親は楽しそうに頷いていた。
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晩餐が終わり、客間に戻ってしばらくすると、
控えめなノックが響いた。
「……タイチくん、入ってもいい?」
「もちろん」
扉が開き、アリスがそっと入ってくる。
さっきの晩餐の時よりも、少し不安げな表情をしていた。
「……やっぱり、魔力がまだ安定しないんだね」
俺の胸元に視線を落としながら、
アリスはそっと近づいてくる。
「今日、ずっと気になってたの。
歩いてる時も、話してる時も……
タイチくん、どこか苦しそうだったから」
「……大丈夫だよ。ちょっと勝手に反応するだけで」
「勝手に反応するって大丈夫じゃないよ……」
アリスは俺の手をそっと握った。
「ねぇ、タイチくん。
なんかあったら……絶対に言ってね。
私だって……タイチくんのこと、守りたいの」
その瞳は真剣で、揺らぎがなかった。
「……ああ。ありがとう、アリス」
手を握り返すと、
アリスは少しだけ安心したように微笑んだ。
静かな夜は、
不安と温もりが入り混じったまま、ゆっくりと更けていった。




