第33話 論功行賞
一週間が経った。
アリスの看病のおかげで、身体はほとんど元通りになった。
ただ――黒炎の副作用なのか、魔力だけは相変わらず安定していない。
深呼吸をすると胸の奥がざわつき、魔力が勝手に揺れる感覚がある。
「タイチくん、今日は無理しないでね。
王城まで歩くだけでも疲れるでしょ?」
アリスが心配そうに袖をつまんでくる。
「大丈夫だよ。もうほとんど治ってるし」
そう言いながらも、アリスの手の温もりに助けられている自分がいた。
------------------------------------------------
王城の門をくぐると、空気が一気に張り詰めた。
戦後の緊張感がまだ残っているのか、警備兵の目つきも鋭い。
謁見の間に通されると、そこには貴族や軍の上層部がずらりと並んでいた。
アリスが小さく息を呑む。
「……すごい人の数」
「俺もこんなの初めてだ……」
場の空気に圧倒されながら、王の前に進み出て跪く。
玉座に座るのは、若き王──レオナルド・イグニスト。
四十歳前後とは思えない威厳と、どこか柔らかい眼差しを併せ持つ王。
レオナルド王はゆっくりと立ち上がり、俺たちを見渡した。
「タイチ・クロサワ。
貴殿の働き、まこと見事であった。
よって――貴殿を一般兵から騎士へと昇格させる。
さらに、近衛兵特務隊の隊長を任ずる」
ざわっ、と周囲が揺れた。
俺は思わず息を呑む。
「俺が……隊長、ですか」
「うむ。貴殿の力は王国にとって希望である。
だが同時に、危険でもある。
ゆえに己を律し、国のために働いてほしい。
そして、此度の活躍の報酬として金貨三百枚を貴殿に贈呈する」
「……はっ。任務、必ず果たします」
金貨三百枚。
一般兵では一生かけても稼げない額だ。
アリスが横で小さく微笑んでいた。
その顔を見るだけで、胸の奥が熱くなる。
続いて、アリスの名が呼ばれた。
「アリス・フェルナンド。
貴殿の治癒活動は多くの民と兵の命を救った。
よって一般治癒師から高位治癒師へ昇格させる。
また、特務隊の治癒師として任命する。
そして、金貨二百枚を贈呈する」
アリスは驚いたように目を丸くし、
すぐに深く頭を下げた。
「……身に余る光栄です」
その声は震えていたが、誇らしさが滲んでいた。
----------------------------------------------
論功行賞が終わると、城内の大広間でパーティが開かれた。
俺たちはドレスコードに着替え、会場へ向かう。
アリスのドレス姿を見た瞬間、言葉が出なかった。
「……似合ってる」
「えっ……あ、ありがとう……」
頬を赤く染めて視線を逸らすアリス。
その姿に、胸がまた熱くなる。
そんなアリスの隣に、一人の男性が歩み寄ってきた。
落ち着いた雰囲気の中年の貴族――アリスの父親だ。
「君が……タイチくんだね。
娘を助けてくれて、本当にありがとう」
「い、いえ……俺はただ……」
「うちのアリスとの婚約の話も聞いているよ。
……二人の今後については、また改めてゆっくりと話そう」
アリスが真っ赤になって父親の腕を引っ張る。
「お父さんっ……!」
父親は穏やかに笑い、去っていった。
アリスは顔を覆って小さく呻く。
「もう……恥ずかしい……」
「はは……でも、いい人そうだった」
「……うん。
お父さん、タイチくんのこと気に入ってたよ」
アリスが少しだけ嬉しそうに笑った。
-----------------------------------------------
パーティの終盤、
背後から重い足音が近づいてきた。
「タイチ・クロサワだな」
振り返ると、
軍服姿の男――
王国軍将軍、ギルバート・ロウが立っていた。
鋭い眼光。
戦場をいくつも越えてきた者だけが持つ、圧倒的な存在感。
「私はギルバート・ロウだ。
貴殿の加護の力……あれは危険だ。
だが、貴殿の働きは認める」
「……ありがとうございます」
「数日後、正式に招集する。
それまで休んでおけ。
魔力の乱れは、まだ治っていないのだろう?」
図星だった。
「……はい」
ギルバートは満足げに頷き、去っていった。
アリスは小声で呟く。
「……怖かった……」
「はは……すごい威圧感だったな」
二人で苦笑した。
------------------------------------------------
パーティが終わり、
俺はアリスの実家に泊まることになった。
王都の中でも落ち着いた区画にある、
末端貴族とはいえ立派な屋敷だ。
門が開き、使用人が丁寧に頭を下げる。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま。こちら、タイチくん」
玄関ホールに入ると、磨かれた床と落ち着いた装飾が目に入る。
豪奢ではないが、品のある空間だ。
「アリス、おかえりなさい。……あら、その方が?」
エプロン姿の女性――アリスの母親が出迎えてくれた。
柔らかい雰囲気で、アリスと同じ色の瞳をしている。
「お母さん、この人が……タイチくん。
私の……その……」
「この度は、娘を助けてくださったそうで、本当にありがとうございます」
アリス母は深く頭を下げた。
「い、いえ……そんな、大したことは……」
「話は全部聞いています。
貴殿がいなければ、娘は……」
アリス母の声が震えた。
アリスがそっと母の手を握る。
「お母さん……もう大丈夫」
その光景を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。
------------------------------------------------
リビングに通され、温かいお茶を出してもらった。
壁には家族の肖像画が飾られ、
テーブルには季節の花が生けられている。
アリス母は嬉しそうに俺を見つめる。
「タイチさん。
アリスのこと……どうかよろしくお願いしますね。
若き英雄がお婿さんなんて、私たちには勿体ないくらいです」
アリスが真っ赤になって俯く。
「お、お母さんっ……!」
「だって、もう婚約してるんでしょう?
母親としては、気になって当然よ」
「……まぁ、そうだけど……」
アリスが膝の上で指を絡め、ちらりと俺を見る。
俺は深く息を吸った。
「……アリスのことは、必ず守ります。
それだけは、どうか信じてください」
アリス母は安心したように微笑んだ。
「まぁ……なんて心強いのかしら。
お披露目の席も、いずれ設けないといけませんね。
主人が帰ってきたら相談しましょう」
アリスは顔を覆って小さく呻く。
「もう……気が早いよ……」
-----------------------------------------------
その夜、アリスの部屋の隣にある客間を借りることになった。
柔らかな布団に横になり、天井を見つめる。
(……アリスの実家に泊まるなんて、考えてもみなかったな)
今日一日で、
昇格も、隊長任命も、アリスの家族との対面もあった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
(……守りたいものが、また増えたな)
静かな夜が、ゆっくりと更けていった。




