第31話 アリスの想い
目を開けると、ぼやけた天幕が視界に入った。
薬草の匂いと、治療魔法の残り香が鼻をくすぐる。
(……ここは、野戦病院か)
身体を起こそうとした瞬間、足元に重さを感じた。
視線を向けると──
アリスが俺の足に俯せで寄りかかり、眠っていた。
髪は乱れ、目元は赤い。
泣き疲れて、そのまま寝落ちしたのが一目で分かる。
(アリス……ずっと看病してくれてたんだな)
そっと身を起こそうとすると、アリスの肩が揺れた。
ゆっくりと瞼が開き、俺を見つめる。
「……タイチくん……?
目、覚めた……?」
その声に滲む安堵が胸に刺さる。
「ああ……アリスが看病してくれたのか?」
アリスは唇を噛み、次の瞬間、涙が溢れた。
「そうだよ……!
タイチくん、死んじゃうかと思ったんだよ……!」
声が震えている。
「三日も目を覚まさないで……
腕だけじゃなくて全身大火傷で……
ずっと……怖かったんだから……
タイチくんがいなくなったらどうしようって……」
胸が痛む。
「アリス……ごめん」
アリスは首を横に振った。
「でも……目を覚ましてくれてよかった……
アヤカさんも、冒険者さんたちも無事だよ」
「そうか……よかった」
「うん。あの後ね、カレンとジークが駆けつけてくれて……
みんなを運んでくれたの。
カレンなんて……すごく心配してたんだから」
アリスは涙を拭い、少し笑った。
「私、みんな呼んでくるね」
そう言って、アリスはテントの外へ駆けていった。
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少しして、複数の足音が近づいてきた。
「タイチ!! 生きてんだろ!」
真っ先に飛び込んできたのはジークだった。
「おお、生きてるじゃねぇか! よかったぜ!」
そう言いながら、ニヤリと口角が上がる。
「で? お前らいつ結婚すんだ?」
「はぁ!? な、なに言って──」
アリスの顔が一瞬で真っ赤になる。
ジークはさらに畳みかける。
「三日間ずっと付きっきりで看病してたって聞いたらよ。
そりゃもう、そういう関係だろ?」
「ち、違うから!!」
アリスが慌てて否定するが、ジークは肩をすくめた。
「はいはい、照れんな照れんな。
タイチ、お前も言っとけよ。責任とりますってよ」
「おいジーク……!」
俺が睨むと、ジークは腹を抱えて笑った。
そこへ──
「……騒ぎすぎだ。他にも患者がいる」
静かな声がテントに響く。
「カレン……来てくれたのか」
「当然だ。
仲間が倒れたと聞いたら、確認くらいはする」
淡々とした声。
だが、その視線は俺の包帯に一瞬だけ止まり、
ほんのわずかに眉が寄った。
(……心配してくれてたんだな)
ジークがニヤニヤしながら口を挟む。
「おっ、カレンもタイチ狙いか?
モテモテだな、タイチ!」
「ジーク、騒ぐな。患者がいる」
デイビットの声が重なった。
ジークが「やべ」と小声で呟き、背筋を伸ばす。
デイビットは俺のベッドの横に立つと、深く頭を下げた。
「タイチ……ワーウルフの件、すまなかった」
「え……?」
「本来なら俺が駆けつけるべきだった。
だが判断が遅れた。
そのせいで、お前たちに危険を背負わせた」
デイビットの声は低く、重い。
「だが──」
デイビットは俺の目をまっすぐ見た。
「お前が駆けつけなければ、甚大な被害が出ていた。
避難区域の人間も……救われなかっただろう。
心から感謝する」
胸が熱くなる。
「そして今回の戦闘の最大の功労者は、お前だ。
論功行賞については、後日正式に伝える」
ジークが横から口を挟む。
「おいおいタイチ、
これで領地の一つや二つもらえるんじゃねぇか?」
「ジーク、黙れ」
デイビットが一言で黙らせた。
だがジークは小声で、
「……アリスとの新居、建てられるな」
と呟き、アリスが「やめてぇぇぇ!」と叫ぶ。
テントの中に笑いが広がった。
「じゃあ俺たちは戦後処理に戻る。
タイチ、ゆっくり休め」
ジークが手を振り、
カレンは静かに頷き、
デイビットは「アリス、頼んだぞ」と言い残して去っていった。
テントの中には、俺とアリスだけが残った。
アリスはベッドの横に座り直し、
少し照れたように笑う。
俺は息を整え、アリスを見た。
「なぁ、アリス」
「ん……?」
「お前……俺でいいのか?」
アリスの肩がびくっと震えた。
顔が一瞬で真っ赤になり、
目をぱちぱちさせて固まる。
「えっ……な、なに急に……!」
「いや……さっきジークが言ってただろ。
結婚とか……新居とか……」
「そ、それはジークが勝手に……!」
「そうかもしれないけど……俺は真剣に考えてる。
ワーウルフの知らせを聞いた時……怖かったんだ。
アリスのことしか考えられなかった」
俺はアリスの手をそっと握った。
「アリス……もし俺でよかったら……一緒になってくれないか?」
アリスの目が潤み、
次の瞬間、ぱぁっと笑顔が咲いた。
「……嬉しい……
よろしくお願いします」
アリスはそっと俺の胸に寄りかかり、
俺の手を両手で包み込む。
照れながらも、
アリスは俺の肩に頭を預けた。
「……ねぇ、タイチくん。
治ったら……一緒に街、行こうね。
今度は……デートとして」
心臓が跳ねた。
「……ああ。約束だ」
アリスは嬉しそうに微笑み、
俺の手をぎゅっと握ったまま、
しばらく離れようとしなかった。
テントの中には、
戦場とはまるで違う、
穏やかで甘い時間が流れていた。




