第29話 怒りの黒炎
避難所へ向かって、ただ走った。
息が切れても、足がもつれそうでも、止まる気は一切なかった。
(アリス……無事でいてくれ……!)
地下へ続く通路に入った瞬間、
金属がぶつかる音、獣の唸り声、誰かの悲鳴が混ざり合って響いてきた。
その音が、胸の奥を冷たく撫でる。
嫌な予感が、確信に変わる。
音のする方へ飛び込むと――
そこには、ワーウルフの爪がアリスの喉元へ迫る光景があった。
「アリス!!」
思考より先に、身体が動いた。
刀を抜き放つ。
「焔刃抜刀──ッ!!」
刀身から黒炎が噴き上がり、
斬撃が空気を裂いて飛ぶ。
炎の軌跡がワーウルフの首を焼き切り、
黒焦げの頭部が地面に転がった。
アリスの元へ駆け寄る。
「アリス、大丈夫か!」
アリスはボロボロだった。
魔力枯渇で顔は青白く、唇は震え、息も荒い。
その姿が胸に刺さる。
「……タイチくん……来てくれた……」
今にも倒れそうな身体を抱きとめ、
俺はすぐに魔力を流し込んだ。
「俺の魔力使ってくれ……!」
アリスの身体に温かさが戻り、
顔色がみるみる良くなっていく。
「……ありがとう……タイチくん……でも……アヤカさんが……」
アリスの視線を追って周囲を見渡す。
そこには――
グレイズ。
ガント。
セリナ。
リオ。
そして、銀色の髪をした少女。
アヤカが倒れていた。
胸が締め付けられる。
息が詰まる。
「嘘……だろ?」
アリスが震える声で言う。
「タイチくん……大丈夫。息はあるから……私、頑張るから……お願い踏みとどまって……」
アリスは、俺の感情が爆発寸前なのを感じ取っているんだろう。
でも――
もう止まれなかった。
(……結局、俺は守れないのか)
どれだけ強くなっても。
どれだけ覚悟を決めても。
恩人も、友人も、仲間も。
そして、大切な人すら。
守れない。
その瞬間――
胸の奥で、焔神の声が響いた。
『怒れ。怒りは炎を燃やす。
燃やせ。お前の大切なものを壊す者を、すべて燃やし尽くせ』
怒りが、心の奥底から湧き上がる。
許せない。
許せるわけがない。
何よりも、
“守れない自分”が許せない。
何かが、プツンと切れた。
心の炎が、誰かに油を注がれたみたいに燃え上がる。
身体の底から魔力が溢れ出した。
「……ああ、そうかよ……
だったら……燃やしてやる」
手の甲の紋様が赤く光り、
その光が血管を伝って全身へ広がっていく。
次の瞬間――
黒炎が俺の身体を包んだ。
視界が赤く染まり、
呼吸が熱に変わり、
心臓が爆発しそうなほど脈打つ。
地面が焦げ、空気が震え、
ワーウルフたちが本能的に後ずさった。
「……俺は……お前らを……絶対に許さない」
刀を握り直すと、黒炎が刃にまとわりつき、
まるで生き物のように揺らめいた。
ワーウルフの大群がこちらを向く。
俺は一歩、前へ踏み出した。
黒炎が地面を焼き、足跡が黒く残る。
「来いよ……全部燃やしてやるから」
ワーウルフの大群は、一斉に俺へ襲いかかった。




