第16話 太一の覚悟
夜明け前。
空がまだ青黒く、世界が息を潜めている時間帯。
俺たちは盗賊アジトの前に辿り着いた。
木材を組んだ粗末な砦。
見張り台には弓兵が一人、退屈そうに空を眺めている。
カレンが低く囁く。
「……慎重に行くぞ」
その瞬間――
「おい、お前ら。ここで何してる」
背後から声が落ちてきた。
振り返ると、盗賊が一人、こちらを睨んでいた。
完全に見つかった。
カレンが短く言う。
「……タイチ、やれ」
迷いのない声だった。
頭で考えるより先に、体が動いた。
踏み込み、刀を振るう。
刃が肉を断つ鈍い感触。
盗賊の喉元から温かい血が噴き出し、俺の頬に散った。
男は目を見開いたまま崩れ落ちる。
静寂。
手が震えた。
胸の奥がざわつく。
――俺は初めて、人の命を奪った。
魔物を斬ったときとは違う。
生きていた温度が、まだ手に残っている。
(……俺はまだ、この世界を現実として受け入れていなかった)
三十五年間、平和な日本で生きてきた。
戦争とは無縁の国で。
だがこの世界では――
やらなければ、殺される。
覚悟が足りなかった。
甘かった。
俺が迷えば、カレンもアリスも死ぬ。
アリスがそっと俺の手を握る。
「タイチくん……大丈夫?
手、震えてる……」
カレンは静かに頷いた。
「……タイチ、一皮剥けたな」
その言葉が胸に落ちた瞬間、
俺の中で何かが変わった。
「……俺が正面から行く。
二人は裏から回って、攫われた人たちを頼む」
アリスが目を丸くする。
「タイチくんが囮になるなんて……ダメだよ……!」
「アリス。もし俺が怪我したら……その時は頼む。
少し無茶するかもしれない」
アリスの顔が赤くなる。
「そ、そんな……治すけど……!
無茶はしないで……!」
カレンは短く笑った。
「……初めてお前をかっこいいと思ったよ。
死ぬなよ、タイチ」
俺は深く息を吸い、門の前に立つ。
その瞬間――
胸の奥で何かが弾けた。
意識の奥に、地鳴りのような声が響く。
『――人の子よ。
なぜ我の炎を求める』
低く、重く、荒々しい声。
『恐怖を抱えたままでは、炎は応えぬ。
問う。
お前の願いは何だ』
願い――?
俺は拳を握りしめた。
逃げたい気持ちもある。
怖い気持ちもある。
でも、それ以上に――
「……守りたいんだ」
声が震えた。
「アリスも、カレンも……
この世界で出会った人たちも……
誰も失いたくない。
守れるなら……全てを賭けてもいい」
『それが、お前の願いか』
「そうだ……!
俺は……守れる力が欲しい……!」
沈黙。
次の瞬間――
炎が爆ぜた。
足元から赤黒い炎が立ち上がり、
全身を包み込む。
熱い。
だが痛くない。
むしろ、体が軽い。
火魔法の回路が一気に開く。
身体能力が跳ね上がる。
視界が鮮明になり、敵の気配が手に取るように分かる。
声が再び響く。
『――守るために我の炎を使うか。
気に入ったぞ、人の子よ。
その身、燃え尽きるまで戦え』
炎が俺の背中を押すように揺らめいた。
アリスが息を呑む。
「タイチくん……すごい……」
カレンは目を細める。
「……これが焔神の加護……
この魔力はまずい。アリス、救出を急ぐぞ」
俺は二人に背を向け、門へと歩き出す。
「行ってくる。
後は頼んだ」
そして――
盗賊アジトの門を、炎で焼き払った。
木材が爆ぜ、炎が唸りを上げる。
砦の中から、盗賊たちの悲鳴が響き始めた。




