アイ
「何?」
「いや、けっこう似合うもんだなと」
長い髪を一つに纏めてヘルメットの中にしまい、着なれたグレーのつなぎで登場したミサト。それを褒めたタケトだったが、逆に叱られてしまった。
「はぁ… くだらないこと言ってないで、さっさと行くわよ」
とミサトは駐車場から現場までの道を先頭になって進む。
「やれやれ」
「タケトくん、人の恋人を口説こうとしちゃダメだよ?」
「してないし。変なこと言ってないで、さっさと行くよ」
楽しそうにタケトに囁くヤマトだったが、タケトは呆れてミサトと似たようなことを言って先に進む。
「ふふ。楽しくなりそうだ」
ヤマトも後に続く。二人と一体を眺めつつ。
数日前の事、タケトはナオズミに呼び出された。
「協会からの依頼だよ。ちょっとここまで行ってきて」
そう言われて渡された依頼書。どうやら信仰を失い自我を保てず暴走しかけている土地神がいるらしいとのこと。その対処のようだ。そこまでは普通の仕事なのだが追記があった。むしろそれがメインなのだろう。
「ミサトたちを同行? まさかついに」
「うん。最終テストだね。よろしく頼むよ」
ミサトが開発していたAI術師。それがいよいよ完成する。今回はその実用試験の立会人というわけだ。
「確かに試験にはぴったりですね。いろいろ試せそうだし。それにしても」
「なんだい?」
「何故俺が? いや、そりゃあの二人とは同年代ですし、仲もいい方?だとは思うけど…」
ナオズミとコウシロウ、そしてシラベが顔を見合わせて苦笑い。そしてナオズミがタケトに申し訳なさそうに伝える。
「ぶっちゃけね、タケト君は想定外の事を引き寄せやすい体質だから」
「はい?」
「簡単に言えば、お前はトラブルメーカーだから本当にいろいろ試せる、ってことだな」
「はいい!?」
「頑張ってくださいね」
「何を??」
と、そんな感じで今に至る。想定外のトラブルを呼ぶことを期待されての出動、とはなんとも不本意且つ本来は有り得ないことだが…
「そうそう上手くいくかな」
「あら? むしろ今までトラブル無しでスムーズにいったことがあるのかしら?」
「僕もあまり聞いたことがないけど」
「ひでえ」
「ワタクシのデータにもありません」
「え? こいつこんなに流暢に喋るの?」
ミサトの隣を歩く四足歩行の機械。1m×1.5m×1m程の黒塗りされた箱状の機械から獣を模した足が四本。一見ぎこちなく、しかしリズムを取っているかのように軽やかに歩くそれが聞きなれた感じの声を出した。
「アイと申します。お見知りおきを」
「私の声を元に作った合成音声ね。ちなみに名前は妹がいたら付けたかったやつ」
「妹の名付け親になるつもりだったのかよ。てかそこは子供が生まれたらとかじゃないのかよ」
「子供が生まれて同じ名前がいたら不便じゃない」
タケトは言葉に詰まった。事が済めば処分となる機体のはず。なのにそれが自分の子供と同時に存在する可能性の示唆。つまり…
「あ…」
ヤマトの顔を見ようとしたが、ヤマトはタケトと目を合わせることなく、すっと前に出る。ミサトも後ろのタケトを見ることなくそのまま進む。しばらくはウィンガチャガチャという音だけが響いた。
「にしても、あっという間に最終テストか」
「ふふん。いっぱい褒め称えなさい。そして報酬を上げなさいな」
「遠慮無くがめついな」
ミサトが演技過剰気味に腕を組んで鼻を上げる。その言動に二人と一機は笑った。
「ま、とは言うもののよ。私個人としては『最終テスト』って言葉はあんまり好きじゃないのよね」
「その心は?」
「進歩や成長に終わりは無い」
「「ごもっとも」」
どんなに厳しい修行を繰り返せども終わりの見えない、あるはずもない呪術の道。科学技術もまた同様だ。そして、新時代が生んだその二つの結晶たるアイ。先日の耐久試験で相手をしたタケトとヤマトは、その言葉が深く深く沁みた。
「テストとはいえ実際の任務。緊張しますね。未知の可能性から三人も同時に守らねばならない」
「ナマイキだなぁ」
「ちょっと性格、傲慢すぎない?」
「申し訳ありません。二人には厳しく接して良いとのことでしたので」
二人が同時にミサトを見る。が、何か問題があるのかしら?な顔で返す。もちろん問題があるなど返せるはずもなく。
「頑張ってください。二人とも!」
「そろそろかな?」
「はい。マップによると、そろそろのはずです」
「優秀だなぁ。でも、不吉な空気は感じないね」
「でも…」
ヤマトが周囲を見回し、そして前方に微かに見える洞穴を見て呟く。
「あまりにも何も無さすぎる。あんな依頼があったにもかかわらず。そしてあの洞穴」
念のため周囲に気を張りつつ進む一同。そして、その洞穴の前に到着した。
「注連縄、が落ちてるね」
「不敬です」
「難しい言葉を使うね。でもたしかに不敬だ。それが原因で土地神の怒りが、かな?」
「そう単純な話でもないんじゃない? だったら私たちに対して何かしらのコンタクトがありそうなものだもの」
ミサトの言う通りだ。
ここは関東のとある片田舎。鹿島に伝わる要石。その分霊を奉ったという洞穴を利用した神社。例によって、近年は過疎も相まって祭りも行われなくなり信仰が廃れた土地だ。この地域だけの地震が発生したり、家畜が原因不明で死んでいたり。人語を話す獣を見たという老人まで出てきた。にもかかわらず、ここまでは何も感じられなかった。逆に言えば、この中に全てが詰まっている可能性が高い。
「ま、うちのアイに任せておきなさいな。知っての通り、対応力もヤバい上に向上もしてるから」
「任せろ。ヤバいから」
二つの同じ声が響く中、男二人は同じように肩を竦めた。耐久試験で対応されまくったことを思い出す。もはやトラウマである。
「まぁ、頼りには、出来るか」
「本当は頼られたいんだけどね。立場的にも」
意気揚々と先頭を行くアイ。その後ろにミサト。後方待機で男二人が並ぶ。妹?というのだから女性二人を先に行かせる形に少々もどかしさを感じるが、これが実際に最適な隊列なのだから仕方ない。
とは言うものの、ここは奥深い迷宮等ではなくあくまでも神社だ。程なく社が見える。
「あ…」
「土地神発見!」
「あぁ…」
「まぁ、そうなるよね」
社の前に置かれたお供え物を乗せる台。そこに一匹の鯰が… ちょっとずんぐりとした、むしろニュウドウカジカに近い姿の土地神が寝ていた。何故か頭に石を乗せて。
「む… 人か。久しぶりだな。しかも見える者か」
起きて直ぐにこちらのあれこれを察するに、見た目で気を緩めていい相手ではないとわかる。いや、そもそも土地神なのだから緩めてはいけないのだが…
「見た目によらず優秀な神様です」
「こら!アイ、失礼でしょ!申し訳ありません、うちのこが」
「申し訳ありません」
寝起きでとろんとしていた目を真ん丸にして、鯰の神は驚き、そして
「は… はっはっは!なんともこれは。人というやつは何処までも欲深く、何処までも愚かで、そして何処までも可能性に満ちていることか!」
どのような能力を、そしてどんな特性を、どれほどの神力を秘めた神かわからない。廃れたとはいえ有名な神の分霊なのだ。それ故に、このやり取りに男二人は顔には出さないが慌てふためいている。軽いパニックだ。ブチギレ速攻大地震で一帯崩壊という最悪の想像すらしていた。のだが
「そうかそうか。下界はそんなことになっておるんだな。いやはや、最近は祭も無いし地脈も変わってしまって、情報が全く入ってこなくてな」
「神様も大変なのですわね。道を整備すれば少しは人が来やすくなるかしら?」
「Wi-Fiと太陽光パネルの設置奨励」
と、すっかり和んでしまっていた。タケトたちもヒレをパタパタしながら喋る鯰の神が愛らしくもあり、ちょっと気が緩む。
「俺ら…」
「ちょっと肩身が狭いね…」
しかし、本題はここからなのだ。トラブルメーカーと一部に称されるタケトの本領発揮である。




