鯰と猿と
「さて、そこの男共もそろそろ話に入るがよい」
タケトとヤマトは「やっとだ」と安心し、一歩前に出る。
「呪術師協会の白タケトです」
「呪詛師同盟の無量小路ヤマトです」
「…ふむ。協会と同盟は聞いたことがある。よもや、その二つが共に来るなどという日が訪れるとはな。人という可能性は本当に…」
その表情からは「聞いたことがある」以上の何かを思い起こしてるようにも見えるのだが、とりあえず無礼かあってはならないと聞くことは控えた。
「で、結局のところ、お前たちは何をしに来たのだ?」
「え?あの、最近めっきり信仰が途絶えて… そのせいでお怒りで災いを起こしてると聞…」
「無礼者!我は分霊といえど、彼の鹿島は大神、武甕槌大神が式神の大鯰であるぞ!少々祭りが途絶えたからと、悪神紛いの振る舞いなぞするはずもなし!」
「「は、ははーっ!!」」
男二人が同時に土下座する。その姿を見て、先程までその神と世間話をしていた一人と一体は呆れ果てる。それを背中で感じて情けなくなるタケトたち。
「しかし、我の治める土地でそういうことをしている輩がおるとなると、ただ怒鳴っているわけにもいかぬな」
『鯰様は悪さをする者に気づかなかったですか?』
「恥ずかしながら、な。先も言ったが、地脈が変わって気配を感じられる領域がかなり減少したのだ。そやつはそれも知った上で悪さをしているのだろう。あと、我の名前は甕丸という。武甕槌様より頂いた有り難い名だ」
アイの言葉に、また鯰様こと甕丸様がお怒りにならないかとドキドキしたが、そんなこともなかったようだ。というか、単に女こどもに弱いタイプか?
「おい」
「は、はい」
「お前たちがここに来るまでに、何か見たり感じたりはなかったのか?」
「いえ、それが…」
「ふむ。敵は相当に手練れか、それとも…」
「そもそも存在しないか」
「じゃな」
「そうなると、妖怪の目撃はともかく地震や家畜の異常死はたぶん」
「それはそれでマズいなぁ」
今度は男たちで話が盛り上がり、そしてわかっている者たち特有の外で聞いている者には何もわからない言い回しに少しずつ腹が立ってくる女子二人。
「ちょっと、私たちにもわかるように話なさいな」
『のけ者にされる程無能ではないのです』
「あ、ごめんね。いや、なんというかさ…」
つまるところ、鯰の神を名乗る妖怪でもいれば、それを見つけて退治すれば終わりなだけ。しかし、そうではなかった場合、妖怪変化が原因ではないとなると、この地域だけの地震は大規模な土砂崩れの前触れ、家畜の謎の死は有毒ガスの発生によるもの、の可能性が出てくる。そうなると術師の出番ではない。行政の担当になる。
「さっき言ってた地脈の変化も、その前兆ってわけね」
「とりあえずは協会に連絡して今後の対応を伺いますか。ちょっと待っててね」
そう言ってタケトは洞穴の外に出るのだが
「………マジ?」
タケトは目の前に広がる光景に青ざめる。
「みんな、来ちゃダメだ!」
と、うっかり口に出してしまい更に青ざめる。
「来ちゃダメってことは敵ね」
『むしろ出番です。実戦です』
とミサトとアイがニコニコと出てくるのも彼女らの性格からしてみれば当然のこと。完全に自分のミスだと敵を前に後悔する。そんな心境が背中から駄々漏れだったのだろう。ミサトがそんなタケトの背中をバシンッと叩く。
「ダャッ!?」
「な~に?そのマヌケな声。あんたも一緒にボッコボコにしてあげましょうか?」
『標的に白タケトを追加』
「しないで! てか、あれ見えないの? さすがに初戦であれは…」
タケトはなるべく目前の敵から目を反らさぬように気を張り続けている。対してミサトたちは逆に落ち着いた様子である。これでは
「どちらが歴戦の強者かわからぬのぅ」
「ははは。まったくですね」
「お主は行かんでよいのか?」
「問題ないでしょう。タケトくんが心配性なだけです。それに」
「それに?」
「標的にはされたくありませんから」
甕丸様が大笑い。一緒にヤマトもフフッと笑う。その笑い声に各々思うことはあるようだが、先ずは前方に集まった猿の妖怪。狒々の群れをどうにかしないといけないと気を引き締める。
「アイ、いけるわよね?」
『もちろんです』
タケトを押し退けて前に出るミサトとアイ。その様子を見た狒々たちが一斉に奇妙な嗤い声をあげる。
「ナサケナイ オス」
「ヨワイ オス オイシクナイ」
「ツヨイ メス スキ」
「テツノヤツ ツブシテ ツカウ」
恐ろしくも醜い姿の妖怪が片言の人間語で嘲笑しているが、落ち着いて見ればその姿はまさしく
「どう見ても只の猿ね」
『データ照合。先日の動物番組の残念な見た目のニホンザルに酷似』
と嘲笑し返す。こういうことは間違いなくタケトよりもミサトの方が優れている。タケトはこっそりと一歩下がった。
「コノメス ナマイキ」
「オカシテ クッテヤル」
今度は怒号が飛び交う。しかし
(まぁなんというか、さっきから殺気は飛ばしてはくるのけど一向に向かってくる気配はないんだよな。てことはやっぱり…)
「お黙りなさい! たかが猿に汚い言葉で叫ばれてもうるさいだけよ! かかって来ないなら、こちらからいっていいのかしら? さっさと返答なさい、ボス猿さん!」
相手の言動が何を目的としているのか、そういう探り合いの心理戦は、この女社長が一番長けている。なんなら狒々たちの配置と視線からボス猿の居場所も察して、先程からずっとその一点を見つめているのだ。
(さて、さすがにボス猿は俺が引き受けないと、だよな)
一歩退いていたタケトもミサトたちと並ぶように前に出る。そして呪力を練ると狒々たちがざわめいた。
『やかましいわ!』
その喧騒を切り裂き、一瞬で黙らせる声。低く響く、だが決して人のものではないとわかる声。間違いない。群れのボスの登場だ。
『何をくっちゃべてるかと思えば、人間が二匹と鉄屑が一つ。こっちに来い。相手をしてやる』
他の猿と比較して体格はやや大きい程度。だが完全二足歩行で顔も人間により近い。纏う妖気は格段に上で長い手足から繰り出される攻撃は相当な破壊力だろう。狒々たちが避けて作った道を慎重に歩き、ボス猿の後ろを着いていく。
と、開けた場所に出る。猿たちの集会場所だろうか? しかし、あの社のある洞穴からそんなにも離れてはいない。ということは村の人たちが使っていた広場だろうか? そんなことを考えていると、ボスはさらに奥へと進む。そして狒々たちはタケトたちを遮るように囲んで輪を作る。
「あら? 何の真似かしら」
「威勢のいいことを言ってたけど、結局は手下に削らせてオイシイとこだけ持ってく腹だろ。猿だし」
『ふはは! わざわざ俺が手を下すまでもない。こんなにも簡単に罠に嵌まるのだからな!やれ!!』
ボスが叫ぶと輪を成した狒々より後ろの狒々たちが印を組み術を起動する。
「結界か」
タケトが呟くよりも一瞬早く、輪を成した狒々が絶叫し、千切れて、まるで溶岩のような液体へと変化して空を覆い、半球状の網籠のような結界を形成した。
「見たことないやつだ。けど想像は出来るかな」
『分析完了。狒々の構成成分から作られた結界。効果は同質のモノの能力向上。異質なモノの能力低下。甕丸様の社も同様の結界を確認』
「わざわざ味方を犠牲にしたんだから、効果は絶大なんでしょうね」
一部の狒々がざわつく中、冷静に淡々と語るミサト。ある意味、一番術師に向いている性格かもしれない。
『ふはは!その通りだ!まぁ、犠牲と言ってもたかが十数匹。その程度は直ぐに増やせる』
「あら? そんな直ぐに増やせるのかしら? ぜんぜんモテなそうだけど」
『はっ!そんなことは関係ない。貴様に強制的に産ませるんだからな!』
「あら、モテないは否定しないのね。案外うちの術師よりさっぱりした性格なのかしら?」
「えぇ…」
『ぐ… オマエら!』
そう叫んで手を上げると、狒々たちが網の隙間から結界内に侵入してきた。
「やれやれ。んじゃ、戦闘開始ね。アレは俺が引き受けるよ」
「あら?私たちのことを守るんじゃなかったの?」
「あんな発言をした化物をほっといたらヤマトに怒られる」
「ふふっ。任せたわ」




