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新しい決意

「おはようございます、ご主人様」


「ああ、おはよう」


 どうやらアリシアの中で結論が出たようだ。

 何故なのか聞くとまた悩ませてしまそうだし、ただその答えを受け入れる事にする。

 多分奴隷として売られる前にある程度の情報は得ていたのだろうし、俺はともかく他人の事も考えるとこれが無難かもしれないしな。


 さて、おはようございますとか挨拶をしたが、ぶっちゃけ全然お早くはない訳で。

 今はお昼少し前と言う所か。

 ただ、未だアリシアが眠そうにしている辺り、実はあまり眠れていなかったのかもしれない。

 いや、昨晩だってご飯を食べてすぐにそれぞれの部屋に引っ込んだのだが、その後色々考えていたのかもしれないな。

 何せ、俺だってつい色々考えて陽が昇るまで起きていたんだし。


 そんな風に考えていると、昨晩のように可愛らしく空腹をうったえてくるアリシアのお腹。

 やはり恥ずかしがらずただびっくりしているアリシアに、思わず笑みが浮かぶのを自覚しつつ食事の準備に取り掛かる事にする。


「ああ、そうだ、アリシアも一緒に作るか?

 少しずつ覚えてくれると助かるし」


「い、良いんですか?」


 俺の提案にぱぁっと表情を明るくするアリシア。

 何となく色々事情は察せられるが、これは言わないでおこう。


「おう、頼りにしているからな。

 ゆっくりお前のペースで応えてくれれば良いよ」


「はい! 頑張ります!」


 目をキラキラとさせるアリシア。

 本当に可愛いな。

 うむ、とは言え俺は最低限しか調理技術は持っていないし、早めのうちに俺のいた宿屋の女将さんにアリシアを紹介して頭を下げる準備をするか。

 彼女に色々仕込んで貰う事にしよう。


 問題は、アリシアが初めての相手と対峙すると、どんな対応をするかだが。

 これはそんなに心配はしていない。

 と言うより、俺は女将さん以上の好条件な相手を知らないと言う方が近いだろうか。


 何だかんだお人好しで、しかもアリシアとは同性。

 子供を育て上げているし、宿屋をやってた故に色んな性格の相手に合わせた対応を取るのも得意。

 単純にどうしても馬が合わない以外の理由だったら、正直女将さんが無理なら他の誰が相手でも無理だと思う。


 つっても、最初から慣れる訳も有り得ないだろうし。

 それに関してはすぐに仲良くなられたりしてしまったら、俺の立つ瀬がない。

 未だに仲良くなろうと苦労しまくってるのに……。


 しばらくは俺が付き添って徐々に人に慣れていくところからだろうか。

 うん、ついでに俺も習っても良いかもしれない。

 何せ今の俺の料理なんかで、あんなに幸せそうな笑みを見せてくれるんだ。

 もっと美味いものを食べさせてやりたいと言う欲求は、正直かなり湧いてきたし。


 ふむ……、アリシアと一緒に料理やらを習うか……ありだな。


「ご主人様、洗い終わりました!」


「おお、ありがとう。

 それじゃぁ俺が見本見せるからよく見ておくんだぞ?

 刃物は簡単に人を傷つけちまうからな、自分で自分を傷つけない為にも真剣にな」


「はい!」


 元気の良いアリシアの返事に満足げに頷いてみせる。

 そのまま食い入るように俺の手元を見るアリシア。

 しばらく見本を見せた後、後ろに回ってアリシアに刃物を持たせる。


 最新の注意を払っているのは分かるが、いかんせん初めての事であればどうしてもおぼつかなく見えるのが当然だ。

 色々やり方を教えつつ、ハラハラしながら見守る。

 終わる頃には上達がうかがえたので、不器用ではないのだろうが……、やっぱり不安な物は不安だな。


 それにだ、どんなに上手くなろうが怪我をしてしまう時はしてしまう。

 数個癒しの精霊石のストックはあったのだが、その数を増やそうと心に決める。

 アリシアの手が怪我まみれの血まみれとか、考えただけでもゾッとするぜ。

 刃物が実際どんなに危険か知る為には必要だとは分かっているし、それも経験だとは思うが、怪我をいつまでも残す意味もないからな。


 そう心に決めてアリシアと一緒に料理を作る。

 2回ほど癒しの精霊石を使ったが、必要経費と言うところだろうか。

 アリシアが物凄くしょんぼりとしていたが、なんとか励まし出来た料理を食べる。


 うん、メインは俺が作ったとは言えなんかいつもより美味しく感じられて、我ながら現金な物だと思う。

 ただ、それを伝えてもアリシアが凹んでいたから、改めて口を開く。


「料理ってさ、1人で食べるより2人で食べた方が美味しくないか?

 少なくとも、俺は1人で食べてた時よりアリシアと一緒に食べている今の方が美味しく感じられるし。

 それってさ、楽しく食べた方がもっと美味しくなると思うんだ。

 勿論色々失敗しちゃって凹むのも分かるけど、そんなに俺達の作った料理は美味しくないか?」


 じっと俺を見つめて聞いていたアリシアは、聞き終えると首を横に振る。


「ご主人様の料理はとっても美味しいです」


「そうか、ありがとう。

 でも、俺はアリシアも一緒に作ってくれたからもっと美味しく感じているんだ」


 間髪入れずに返した俺に、不思議そうに首をかしげるアリシア。

 自然と笑みが浮かんできつつ、再び言葉を紡ぐ。


「美味しくなーれって愛情を沢山入れてくれただろう?

 勿論それを感じる事が出来るほど敏感じゃないが、でもその気持ちを知っているだけでより美味しく感じられるんだ。

 だから、アリシアが美味しいと思ってくれているのも、俺がアリシアが喜んでくれますようにって思いを込めたからもあると思うんだ」


 その言葉に目をぱちくりとさせるアリシア。


「ご主人様は、そこまで考えて作ってくれたの?」


「そうだよ?

 だから、美味しいって言ってくれて嬉しいぞ。

 ありがとう」


 言い終えても、ただただ見つめ合う俺とアリシア。

 どのくらい経っただろうか、恐る恐るスープをスプーンですくって口に運ぶ。

 そして、それを口に入れるとポロポロと泣き出してしまった。


 どどどど、どうしてこうなるんだよ?


 訳が分からなくて焦って固まる情けない俺。

 そのまま他の料理も口に運ぶもずっと泣きっぱなしのアリシア。

 ついにその手は止まり、両手で顔を覆ってしまう。


「ご、ご主人様。

 とってもとっても美味しいはずなのに、味が分かんないの。

 なんでか分かんないけど、嬉しいはずなのに涙が止まんないの

 ご主人様、ごめんなさい、ごめんなさい」


 そう言って何度も何度も俺に謝ってくるアリシア。


「違うぞアリシア!」


 つい大きな声を上げてしまって、盛大にびくつかせてしまう。

 本当に成長しないな、俺は。

 自分に大きな失望を抱きつつも、黙ってくれたのは好都合だったので言葉を紡ぎ出す。


「そう言う時はな、ごめんなさいじゃなくてありがとうって言うもんなんだ。

 味も分からなくなるほど嬉しく思ってくれたって事なんだろう?

 いや、自分でも分かんないんだろうが、多分そう言う事なんだ。

 俺はそれが凄く嬉しいし……、でも、これを当たり前にして行きたいと思う。

 だからさ、本当に少しずつ慣れていこうな」


 言いながらアリシアに近づき頭を撫でる。

 と、こらえきれなかったのか俺に抱きついてくれるアリシア。


 それが凄く嬉しくて、空いている手で抱きしめ返し、撫でている手は落ち着くまでそのままにする事にした。

 ただ、ある事実にふと気が付いて自分を強く戒める。


 この子は今頼れる存在は俺だけで、しかも俺の一存でどうにでもなってしまう訳だ。

 だからこそこの縋り方で、でもそれは俺の望んだ形なのかと。


 違う、断じて違う。


 俺は、ただただ盲目的に俺を信じてくれる相手が欲しい訳じゃなく、一緒に喜びや悲しみを分かち合い、時に喧嘩し時に助け合い、そして愛し合う対等の相手が欲しいんだ。

 このまま愛し合う事も可能かもしれないが、それだけじゃダメだ。


 もしかすると、これは俺の我が儘なのかもしれないが……、アリシアだって1つの人格がある以上俺のやる事に悲しんだり腹が立つ事もあるだろう。

 ならば、それをちゃんと言えるだけの間柄になるのを目標とするのが正しい気がする。


 物凄く仲良くなれたような、そして、心の柔らかな部分を預けてくれたような気がするが。

 それはこの特殊な関係によるところが大きいと思えた。


 勿論、それを目的に奴隷を購入し、その結果がアリシアであり今なのかもしれない。

 が、人間とは手に入れると欲がますます出てくる生き物とは真実なようで、それでは俺が納得がいかないようだ。


 まったく、どれだけ自分勝手なのやら。

 イチャイチャする為に奴隷を購入して、その上でその奴隷に対等に愛し合う相手になってくれと望むのだから。


 ただ、これは絶対伝えてはならないと思う。

 きっと今のアリシアは俺の言葉に必要以上に応えてくれようとするだろう。

 それこそ、自分で自分を騙してでも。


 そう考えながら、改めて素直な気持ちのまま行動してくれている今のアリシアを見つめ、出来る限りこのまま真っ直ぐに育って欲しいと願う。

 その思いは、寧ろ異性を思うと言うより子に思うような気持ちなのかもしれない。

 でも、俺はこの思いも大事にしていきたい。


 そう、何度も言っているが、俺達は俺達のペースでやっていけばいいんだ。

 それで色々壁にぶつかったり悩んだりするのなら、寧ろ望むところじゃないか。


 改めて腹を括る俺。


 さて、それじゃぁ俺が今後取る方法は……。

 そう、仲良くなる為の言動を取って行こう。

 結局イチャイチャしたいのが最大の目標なんだし、それに越した事はない。


 多分喜んでもらうのは比較的簡単だろうか? 

 いや、油断は禁物だ。

 何せ良かれと思った事で、相手を激怒させる事だってあるんだからな。


 わがままを言ってもらったりするのはかなり苦労すると思う。

 何より、アリシアは俺の奴隷と言う立場だからな。

 ただ、奴隷と言う身分から単純に開放すれば言いと言う訳でもない。


 この辺りは色々と面倒な事だってあるし、開放するのが俺ならば精神的な意味ではあまり変化も望めないだろうからな。

 こう考えると、俺の望みはかなりの高望みのように思えるし、実際そうなのだろう。


 だが、あいにくと諦め難い性格だからここまで冒険者やってきたし、何より奴隷を――アリシアを手に入れたんだ。

 寧ろ目標が困難ならやりがいがあると言うものだぜ。

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