深夜のやり取り
アリシアが部屋にこもりしばらく、すっかり料理は冷めてしまいどうして良いのかも分からず、ただただそわそわしてしまう俺。
そろそろ冒険者家業も再開しなければならないだろうし、何とかメドを付けておきたかっただけにこれは痛い。
とりあえず飯を自分の分は平らげ、仕事道具のメンテナンスを行う。
命を預ける道具をきっちり整備しておくのは当然なのだが、どうにも集中しきれていないのが自分でも分かる。
これでは細かいところのメンテなど怖くて出来る訳もなく、最低限だけをして残りは明日に回す。
どちらにしろ、アリシアとの仲を改善しなければ、気になって仕事に集中出来ないだろう。
命懸けの以上それは致命的となりかねないので、出来れば今日中に出てきて欲しい所である。
ただ、無理に出てこられて更に拗れるよりも1晩置いた方が良い可能性もあるし、もどかしいなぁ。
少なくとも声を掛けて急かす真似だけはしたくなくて、ただただ手持ち無沙汰にアリシアが出てくるのを待つ事にする。
流石に夜は寝ようと思うが、ある程度夜ふかしくらいはするか。
うーん、酒場に行くのも今日はもうなしだな。
……いや、昼間に行ってんだし、何を逃げようとしているんだか。
情けない自分にまた1つ溜め息。
「ったく、アリシアを大切にしたいだけなのに、何でこーも上手く行かないかね。
どうすりゃいいんだよ……」
つい言葉にしつつ頭を抱える。
どのくらいその格好で居ただろう、ふと気配を感じて視線を上げるとアリシアが目の前でそわそわしていた。
どうやら俺が顔を上げた事に気付いていないようで、ならばとこちらから声を掛けるとしよう。
「どうした?」
「ひぃっ!?」
第1声が悲鳴とか、何だか泣きたいんだが。
ビクッと盛大に驚いたアリシア。
そのまま視線をキョロキョロと彷徨わせる。
「すまねぇ、驚かせるつもりはなかったんだ。
えっと、で、いつから部屋に出てきたんだ?」
「あぅっ」
そう言って黙るアリシア。
不思議に思って眺めていると、俺のチラチラ見ながら恐る恐る口を開く。
「あの……お兄……えっとご主人……じゃなくて、旦那様? アベイル様?」
その困惑するような、迷うような口調に苦笑いを浮かべて言葉を掛ける。
「アリシアの好きなように呼んでくれよ。
色々言ったが、その前に俺達のペースで行こうと言っただろう?
それは俺のペースにお前が合わせるのは違うと思うんだ。
だって歩くのが早い方に遅い方が合わせちゃったら、すぐ疲れてしまわないか?
でも、ゆっくりの方に合わせるのは、2人で色々話したり同じ景色を見つめたり楽しむ事が出来ると思うんだ。
だから、俺が好きでお前のペースに合わせたいから、本当に無理せず自分のペースで行ってくれないか?」
俺の言葉を聞いても、納得しきれないのか俯いて黙るアリシア。
1人で色々と考えたのだろう。
もしかするとその決意を蔑ろにしているのかもしれないが、無理して出された結論なら受け入れる訳には行かないと思うからな。
その場限りとか短い時間ならともかく、これからよほどの事がなければ長い時間を共にするのだから、ならばお互い心地よい関係になりたいと少なくとも俺はそう思う。
まぁ、周りから言わせれば1人身の時間が長すぎて、恋愛や結婚願望をこじらせているそうだが、お互い尊重し合って大切に思い合う仲を目指すくらいいいじゃねーか。
そんな思いから、黙っているアリシアに更に言葉を紡ぎ出す。
「頼む、これは俺からのお願いだ。
勿論命令じゃないし、アリシアがどうしても決めたと言うのならそれを尊重したいとも思っている。
だけど、俺の為を思うなら、お願いだから無理せず自然体で居てくれないか?」
言いながら、これってでもかなり無茶言っているよなともやっと気付く。
そもそも、いきなり買われた男と2人きりとか、かなり無理を強いられているだろう。
うん、ならばその辺りも言及しておかないとな。
「なに、俺が怖いとかまだ長い時間一緒に居たくないとかなら、部屋にこもってくれて構わないさ。
ただ、ずっとそのままなのは俺も嫌だからさ、その、少しずつ歩み寄ってくれるといいなって。
……どうしてもダメなら、……うん、それなら仕方ないか」
「大丈夫です! 今すぐ抱いても何しても良いから、お願いだから捨てないで!」
言いながら凹んできた俺の言葉をどう勘違いしたのやら、俺に抱きついて来て必死に叫ぶアリシア。
良かった、もしかして実は嫌われているんじゃ? 無理に仲良くしようとしていたのじゃ? と思っていただけに驚きが最も大きいものの、嬉しさもある。
いや、違う、最初こそ驚きが勝っていたが、今はもう嬉しくて仕方ない。
「捨てたりなんか絶対しないさ。
ただ、捨てられない為に抱かれるとか、俺が嫌なんだよ。
その……、あれだ、俺に抱かれたいと心から思ってくれた時に改めて言ってくれないか?
とてもじゃないけど、まだ体だけでなく心の準備も出来てないだろう?
と言うか、体の準備が出来るまではどんなに心の準備が出来ていても抱くつもりはないからな」
自分にも言い聞かせる為に言っておく。
うん、アリシアが心の準備は出来ていますとか言い出しそうだったから言ってたつもりだが、寧ろ俺も暴走しそうになっていたからな。
なにせ、元気に反応しているし。
俺ってロリコンだったのか? いや、きっと甘やかな香りを放ち、何気に抱き心地の良いアリシアが特別なんだ。
後、そ、そうだ! 俺女性経験ほぼ皆無だからな! ……ぐっ、これは諸刃の剣だ。
反応が少し収まってくれたが、心を自分で傷つけてしまった。
「……お、お嫁さんにしてくれるんじゃないの?」
涙に揺れるアリシアが、何故か甘えるようにそう口にする。
と言うか、女の涙と上目遣いって最強とか言っていたベルドの気持ちが今ひしひしと分かったぜ。
これはやばい、愛おしすぎる!
「それはお互いにもっと気持ちが育ったらの話だな。
なーに、慌てなくても俺はお前を手放さないし、もし好意を持ってくれているなら、それがもっと育てば改めて教えてくれ。
その時、ちゃんと式を上げよう。
だから、今はお嫁さん修行中ってところかな?」
自分の気持ちを押し殺しての言葉。
うん、愛おしいと言う気持ちは湧いてはいるが、それは直情的な性欲とそれ以上の父性的な物に近いように自分で思えた。
ならば、それが異性愛としてもちゃんと育ってからだろう。
アリシアも準備が出来てないようだが、俺も全く準備が出来ていないように改めて思った。
周りからは寧ろバカにされるのだが、心と心が通じてから名実ともに夫婦になっても良いだろう。
意固地になっているのかもしれないが、ここまで来たらこの信念も貫きたい。
それが……、俺に好意を持ってくれたのに結果的に上手く行かなかった皆への手向けにもなるような、身勝手だがそんな思いもある。
「お嫁さん修行中……」
「そうそう、と言うか、難しく考えるな。
そうだな、最終的にそこに収まってくれれば俺としては1番ってこった。
何がどうなるかまだ分からないし、そもそもお互いにお互いの事をあまり知らないだろう?
だから、先ずは色々教えてくれないか?
俺も教えるし、気になったら色々聞く。
それで行こう」
俺の言葉に元気よく何度も頷いてくれるアリシア。
良かった、少しは元気になってくれたようだな。
その笑顔に癒されつつ、ふとアリシアのお腹がぐーっと盛大な音を立てる。
恥ずかしがるかな? と思ったら不思議そう俺を見つめていて。
ああ、この状態が彼女の普通だったのかと何となく思い至る。
うん、俺と一緒にいる以上絶対空腹が普通何てさせないからなと誓いつつ、未だ抱きついているアリシアの頭を撫でて口を開く。
「よーし、それじゃぁご飯にしようか。
もう夜も更けてるし、相当お腹が減っただろう?」
「た、食べていいの?」
「勿論、なんだ、1日1食とか思ったのか?」
その言葉に激しく首を縦に振るアリシアに、思わず同情の念を抱きそうになる。
何やってんだ俺、同情何てしている場合ではなく、単純にご飯を準備してやれよ。
「ははは、ここじゃ1日2食たらふく食えるし、おやつだって出してやるさ。
言ったが、こう見えて俺は中々の冒険者なんだぞ。
そのくらいの稼ぎはある」
「で、でも、迷惑じゃないですか?
朝もお腹いっぱい食べちゃったし」
「何言ってんだ、俺の為を思うならいっぱい食べて魅力的に成長してくれ」
言って、しまった、いつもの軽口が出てしまったと反省する。
が、アリシアは気にしなかったどころか使命とでも思ったのか、真剣な表情で頑張りますと口にした。
うーん、それに対してなんと返せば良いか分からないぞ。
仕方がないので、温めてくるからとアリシアに離れてもらい、冷えている食材を温め直しに掛かる。
うん、小腹が減っているし俺も付き合おう。
1人で食べる食事って……信じられないほど味気ないからな。
ちょっと味見してみると、微妙なのは変わらないはずなのに、何故か1人で食べた時よりマシに感じられる。
うん、食事は必ずアリシアと共にしよう。
そんな決意をし、更に食材を盛ってテーブルへと運ぶ。
テーブルの席で申し訳なさそうにしていたアリシアだが、ならばと瓶から水を汲んでくるようにお願いする。
このくらいなら大した事ないだろうし、仮にこぼしても木のコップと水だ、何ら問題はない。
こうして、深夜の食事が始まったのだった。




