精霊石
頃合を見計らい家に帰ろうと会計をしていると、オヤジがじっと俺を見ている事に気付く。
「なんだオヤジ、足りてるだろ?」
「……精霊石は買ったのか?」
「はぁ? 何で買わなきゃいけねーんだ?」
いきなりの質問に不思議に思う。
精霊石って何でそんな高価なもん買わなきゃならないのか、さっぱり分かんないんだが。
そんな困惑する俺に深い溜め息をつくオヤジ。
なんだよ、感じ悪いな。
「そりゃ嬢ちゃんに必要だからに決まっているだろう?」
その言葉に間抜けな表情を晒してしまう。
そんな言葉も出せない状況の俺に、更に言葉を重ねるオヤジ。
「妖精族ってのはマナが多ければ多いほどリラックス出来るもんなんだ。
だから、精霊石を用意してやるのはかなり有効な筈だぞ」
その言葉になるほどと唸る。
ならば、早速精霊石を買いに行かないとな。
「ありがとうオヤジ、恩に着るぜ」
「なーに、オープンした時からの常連だ。
このくらいなら問題ない」
ニヒルな笑みを浮かべるオヤジ。
何にしても現状を改善するのに有効な具体的な意見を貰えたんだ。
その言葉に甘えず、今度高い酒でも頼もうと決め酒場を後にする。
向かうは馴染みの商人の1人で、精霊石にも精通しているそいつの下へと急ぐ。
高価とは言え当然ピンキリではある訳で、そんなに大金を持ち歩いている訳ではないが何とか足りるだろう。
何かあった時ように白金貨1枚は常に携帯しているし、最悪それを使えばいい。
「有り金全部持ってかれるとはな」
白金貨1枚と手持ちにあったお金を全てはたいて手に入れた精霊石。
何でも種族別に気に入る精霊石は違うらしく、木々と共に暮らすエルフ族の好むのは木の精霊の力の宿る石だった。
それだけの条件ならば金貨1枚も出せば最低クラスの石は手に入るのだが、何でも妖精族が良い影響を得られるのは金貨50枚以上の価値があるものでないとダメらしく。
ハーフともなると効果自体が下がるそうだから少しでも高い方が良いと勧められたのだ。
無論ハーフに効果が薄いという事は、単純に重要性もエルフと比べれば低くなるそうだが。
少しでも効果があるのならばと購入したわけだ。
ただ、流石やり手の商人というか、俺が購入した石は本来はもっと値が張るものだが、長年愛用しているのと事情が事情だけに有り金だけで良いと言ってくれたのだ。
割引するのが前提の価格だろうが、元は白金貨2枚だと考えれば破格の対応ではある。
まぁ、何の効果もないただの宝石より、元々俺達ヒューン族ですらリラックス効果が得られる石なのだからよしとしておこう。
とは言え、白金貨1枚か……。
最近感覚が狂いそうになる買い物ばかりしていたが、決して安いものではない。
少しでも効果があるようにと祈りながら帰路を急いだ。
「今帰ったぞー」
俺の言葉に返事はない。
まぁ、アリシアが元気に返事してきたら寧ろ驚いただろう。
だからショックは全くないし、寧ろ申し訳なさそうに俺の方へとやって来てお帰りなさいませと口にしてくれた事に喜びを感じてしまう。
「その、ごめんなさい。
すぐに返事が出来なくて」
「いや、気にしなくて良いぞ。
そうそう、実はお前に渡したいものがあるんだ」
そう口にし、早速買ってきた精霊石を手渡す。
半ば呆然としたように受け取ったアリシアだが……、うーん、これはどう言う事だろう?
「……精霊石……。
高かったのではないですか?」
恐る恐る聞いてくるアリシアを、俺は笑い飛ばした。
「なーに、俺はベテランの冒険者だぞ。
このくらい安い……訳ではないが、買ってどうこうなるほど甲斐性がない訳でもないぞ」
そう言ったのに、変わらず浮かない表情を浮かべるアリシア。
どうしよう、何か悪かったのか?
「ありがとうございます。
でも、私には過ぎた物だと思います……」
そう言って返そうとしてくるアリシア。
これはちゃんとどう言う理由で渡したか伝えなきゃいけないな。
そこでやっとそれに気付いて改めて口を開く。
「いや、返されても困るぞ。
えっとだな。
実は精霊石って言うのが妖精族には良い効果を得られると聞いたんだ。
アリシアも半分はエルフの血が流れているんだろう?
どうだ、それはエルフ族が好む木の精霊の力が宿っているんだが、何か感じられるか?」
俺の言葉を聞いて、じっと石を見つめるアリシア。
どのくらい時間が経っただろうか、恐る恐る喋りだす。
「……その、心地よい力を感じます」
「そうか、そりゃ良かった。
折角のプレゼントなんだからさ、喜べとまでは言わないが受け取ってはくれないか?」
すると激しく首を左右に振られてしまう。
やべぇ、受け取ってもくれないとなると流石に凹むってレベルじゃねーんだが。
ついそうやって早合点をしそうになった俺に、涙を浮かべてアリシアが口を開いた。
「嬉しいです、ありがとうございます」
「そうか、喜んでくれるか。
大事にしてくれよ」
「はい!」
大きな返事とともに精霊石を抱きしめるアリシア。
俺の拳くらいの大きさがあるそれは、アリシアが持つとなおさら大きく見えるな。
ぶっちゃけ同じ効力でもっと小さなサイズもあったのだが……、そうなると密度が上がっていると言う事で値段も跳ね上がる。
緊急時の道具として使った際の効力はまるで違うしな。
木の精霊の力だと道具として使った際の効果は微妙で、だからこそ値段が安かった訳だが。
今回の場合は逆に助かったと言えるだろう。
何にしてもアリシアの笑顔が見られたし、案外安い買い物だったのかもしれない。
それだけ俺が単純って事かもしれないが。
「さて、それじゃぁ腹も減っただろう?
今からメシ作るから石を自分の部屋に置いてくればいい」
そう言うと、驚いた表情を浮かべるアリシア。
「私の部屋ですか?」
「ああ、言ってなかったか。
お前が引きこもっていた部屋はお前の部屋だ。
あんまりナチュラルに引きこもるもんだから、伝えたかと思ってたぞ」
そう言うと目をパチパチとさせ、視線を彷徨わせるアリシア。
なんだろうと思って見ていると、最終的にはにかみながら俺を見て言葉を紡ぎ出す。
「初めて自分の部屋なんて持ったので、その、凄く嬉しいです」
「おう、喜んでくれて嬉しいぞ」
そう返せば、更に精霊石を持つ手に力がこもったように見えた。
うん、それだけ大事そうに持ってくれると渡し甲斐があるってもんだ。
「では、石を置いてきますね、ご主人様」
「おう、置いてこ……ま、待て、今なんつった!?」
パタパタと駆け出したアリシアを大声で引き止める。
その声にビクっと震えて固まってしまい、失敗したと焦るがもう吐き出した言葉は消せない訳で。
なるべく優しい声になるよう意識しながら、更に言葉を重ねる。
「その、怒ったって言う訳じゃないんだ。
ほら、最初はお兄ちゃんと言ってくれただろう?
それなのに、何で急にって思ったんだ」
俺の言葉にか、それとも声色にか、あるいは両方にだろうか、何とか硬直から復帰できたらしいアリシアが怯えた表情で振り返る。
くそ、叫んだ瞬間の俺をぶん殴りたい。
「ごごごごご、ごめんなさい。
その……、色々考えたんですけど……私買われたんですよね?」
そりゃぁ色々考えるよな。
ったく、何でそれに考えが行かなかったのだろう。
懸命に言葉を選びながら、選んだそれを口にする。
「そうだな、アリシアは俺がどうしても手に入れたいと思って買った。
それには違いないが、俺は奴隷としてと言うより……そのだな……、な、仲良くなりたいと思って買ったんだ」
なんと苦しい言葉。
素直に嫁さんにしたいと言えば良いのかもしれないが……、流石にこんなに小さな女の子に欲情する趣味は持ち合わせていないし、成長したら……。
あ、待て。
アリシアが成熟した女性の体になれるのは幾つなんだ?
純粋な妖精族ではないとは言え、ハーフならば人よりも寿命が長い分時間が掛かると見て間違いないだろう。
「仲良く……ですか?」
しかし、俺が混乱していてもアリシアには関係がない訳で。
ええい、悩むのは後だ。
今はアリシアとちゃんと向き合って話さないとな。
「ああ、仲良くなりたくて買ったんだ。
それじゃダメか?」
「ダメではないです……けど、その、てっきり欲望を満たされる為なのかなって。
そう言うお話は売られる前に聞いていましたし」
うおお、どう答えたものか。
正直正解ですって訳だが、そう言えば怯えされるのは目に見えている。
いや、多分アリシア言う欲望と、俺の嫁さんゲットしてイチャイチャしたいと言う欲望は、差異があるだろうが。
どちらにしろ伝えたら誤解されかねない。
「正直に言えば俺だってそう言う欲はあるが。
アリシアのような子供に欲情しないし……、何だろう、ほっとけなかったと言うか、どうしても気になったんだ」
く、苦しい。苦しすぎる言い訳だろ俺。
他に何も言葉が浮かばなかった以上仕方がないとは言え、自分があまりに情けなく思える。
その言葉を受けたアリシアは、変わらず怯えた表情で俺を見つめていた。
「……同情……ですか?」
一気に言葉が固くなったように感じられる。
くそっ、もういい面倒くさい。
正直に言ってやる。
「違う。
あーもー、正直に言えばお前を嫁さんにしてイチャイチャしたかったんだよ。
それを奴隷に求めるのもって話だろうが……、こまけー事は気にすんな!」
だいぶ堪え性を手に入れたとは言え、元はかなり短気だった俺。
ぶっちゃけてしまって逆にスッキリしてしまう辺り、これ以上の性格の改善はかなり難しのかもしれない。
俺の言葉に目を広げたアリシアだが、しばらく視線を彷徨わせた後、失礼しますとだけ口にして逃げるように自室へと走っていく。
うん……、それを見たら今更後悔が湧き上がってきたぜ。
何がスッキリしただ。
最低すぎるぞ、俺。
ああ、後部屋から出てきたら嫁さんの件とかちゃんと説明しないとな。
はぁっと思わず溜め息が出てしまう。
まぁ、なんにしろいずれ話さなければならない事だったし、それも早目に言った方が良いだろう事だからな。
こう言う時己の女性経験が乏しいのが悔やまれるぜ。
がっくりと肩を落としつつ、料理を作る為台所へと向かう。
嫁さんの手料理とか憧れなんだが、それもかなり先になりそうだな。
……ああ、つい現実逃避するように考えちまったが、その前に誤解を解くのとアリシアとの仲をどうやって深めて行くかだな。
……ドン引きされて嫌われてなきゃ良いが。
変態のレッテルとか付くのかな?
料理に取り掛かりつつ、思い浮かぶのはそう言うマイナスの事ばかり。
そのせいで集中できず調味料を間違ったり火を通しすぎたり、結局出来たものは何とか食えると言う非常に微妙なものだった。
情けなさすぎて本当に泣けそうだぜ。




