歩み寄りと心の傷
「おう、食べられないものとかあるか?
一応色々作ってみたが、口に合うと良いんだが。
おっ、どうした、そんな難しい顔をして?
も、もしかして食べられる物がなかったとか!?」
エルフの食べられる食べられないなんて詳しく知るはずもなく、とりあえず大丈夫そうな料理を数品作ってみたのだが、どれも食べられなかったのだろうか?
そんな思いからついついまくし立ててしまい、俺の奴隷は縮こまってしまった。
何やってんだ俺!
折角部屋から出てきてくれたのに、これじゃぁまた戻っちまうじゃねーか。
内心で自分に叱責していると、恐る恐ると言った風に口を開いてくれる奴隷。
「あの、……ありがとうございます。
えっと……、一応ハーフなので……、その、全部食べられます」
かなり気を遣って貰っているのが目に見える対応。
情けなくておらぁ涙がでらぁ。
「おう、そうか。
まぁ、好き嫌いはあるだろうから教えてくれ。
やっぱり好きなもんを食うのが一番だからな」
俺の言葉に視線を彷徨わせる奴隷の姿に、まだまだハードルが高かったかと再び反省。
ちくしょう、勝手なんか分かるか!
内心で叫びつつも、これは少しずつやり取りをしていくしかないと気持ちを新たにする。
さて、それじゃぁ食べるか。
うん……、良くも悪くも男の料理だな。
少なくとも俺の味覚的には美味しい訳だが、丁寧とは言い難い料理の数々。
まぁ、これも味か。
そう思いながら視線を上げると、何故かスプーンを口に突っ込んだまま固まっている奴隷。
その瞬間心臓が跳ねる。
おい、不味かったのか? 無理に食わなくていいんだぞ?
そう思うものの、実際どんな思いを抱いているか分からないので、口からは出なかった。
代わりにじっくりと奴隷を観察する。
そうそう、早いところ名前を決めてやらないとな。
それどころじゃなかったとは言え、出来れば今日中に決めたい。
そう思っていると、ようやくスプーンの動きが再開する。
って、めっちゃがっついてる!
どれもこれもまるでご馳走でも食べているかのように書き込んでいく少女。
見ていて気持ちが良いほどの食べっぷりだが、急に食べて大丈夫なのか心配だ。
その心配は見事に的中し、案の定むせやがった。
「ほらほら、そんなに急がなくともお前の為に作ったんだし。
大丈夫か?」
咳き込む奴隷の背中を優しく撫でる。
幸い井の中の物を吐き出しまではしなかったが、口の中にあったものはぶちまけられていた。
半ば無理やり押し込んでたもんな。
ったく、世話の焼ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と、いつの間にか泣いている少女の姿に、一瞬固まってしまう俺。
「あー、なんだ。
確かに勿体無い訳だが、そこまで気にするな。
ほら、俺はお前を買えるくらい金持ちなんだしな、あはははは」
言って思う。
この言葉選んだの失敗じゃね? と。
いや、マジで何でこんな事言ったんだ俺。
他に言葉があっただろうに、見てみろ、完全に困惑させているじゃねーか。
とりあえず咳払いをして空気を変えてみる。
変わる訳ないんだけどな。
「なんだ、とりあえず落ち着いて食べろ。
さっきも言った通りお前の為に作った料理なんだ。
それだけ気持ちよく食べてくれるのも嬉しいが、味わってくれるのも嬉しいもんだぞ」
言葉は返って来ず、ただ視線だけが返って来た。
しばらくじっと見つめられた後、一瞬躊躇したものの今度こそ言葉が返ってくる。
「お兄ちゃんの、……手料理ですか?」
……お兄ちゃん……だと!?
やばい、なんだこれ。
すっげー恥ずかしいんだけど。
ああ、ぃちゃんはお兄ちゃんと言おうとしていたのか、謎は解けたぜ!
っかぁ、ごまかそうとしても恥ずかしいじゃねーか、こらぁ。
「あ、ああ。うん。俺の手料理だぞ。
どうだ、美味かったか?」
脳内で激しく葛藤しようとも、それで八つ当たりするほど子供じゃない訳で。
うん、ガキの頃じゃなくて良かったぜ。
何とか無難な言葉を返せた自分をそうやって褒めていると、俺の奴隷は一瞬考えた後控えめに笑って頷いた。
……どうしよう、なんか嬉しくて仕方ないんだが。
「そうか、ありがとうな。
ほら、食え食え! って、あー、まぁむせない程度にゆっくりな」
気恥ずかしくてついつい口にしながらグリグリと頭を撫でてしまった。
幸いな事に嫌そうな顔はしなかったが……、もしかすると痛かったかもしれない。
今後は気をつけるとしよう。
そして、自分の席に座り食事を再開させれば、撫でて怯えられなかった事に気付き、ついつい頬が緩んでしまう。
おい、俺気持ち悪すぎるだろうが。
自分を叱責してみるものの、どうしてもニヤケが収まらない。
チクショウ、なんて単純な奴なんだ俺は。
チラッと奴隷へと視線を向ければ、ただただ幸せそうに食事をしていた。
その姿に拍子抜けしてしまい……、って失態を見られずに済んで良かったじゃねーか。
マジどうしたんだよ俺は。
こうして自分の感情を持て余しつつ、食事を終える。
うん、何となく奴隷との距離は近づいたように感じられるものの、複雑だ。
さて、俺の奴隷も食事を終えミルクを飲んでいるところだが。
可愛い……はっ、俺は何を。
頭を振って冷静さを取り戻そうと試みる。
ったく、年端もいかない子供に可愛いだなんて……、あれ? それは良いのか?
地味に混乱するものの、そんな場合ではない事を思い出し口を開く。
「おう、食事も終わったところでだ。
お前の名前を決めようと思うんだ」
ミルクを飲み終えたタイミングで話掛け。
って、あーあー、口回りが真っ白じゃねーか。
苦笑いが自然と浮かんできて、一旦席を達タオルを手に近づく。
1瞬ビクッとはしたが、逃げなかっただけでもかなり距離は近づいた気がする。
まぁ、最初が距離が離れすぎだっただけかもしれねーけど。
「ほら、口を拭いてやるからジッとしてな」
流石に無言でされたら怖がると思って声を掛ける。
それですら拭かれると戸惑っていたし、声を掛けて大正解だな。
「うっし、綺麗になった。
さて、本題だが、お前の名前を決めようと思う」
改めて言うと、真剣な眼差しが返ってくる。
そりゃぁ今後ずっと名乗る事になるであろう名前だ、真剣にもなるさな。
「アリシアってのはどうだ?」
癒しの花の代名詞のリシアの花から、1つのと言う意味のアを加えた名前。
アには他にも大切なと言う意味も含まれていて、色んな願いが含まれた名前である。
他にも幾つか案はあったのだが、何だかこの子にはこの名前が合うと、そう思えた。
勿論気恥ずかしくて何故付けたのかなんて言えない訳だが、理由を聞く事もなく何度もアリシアと反芻する少女。
「どうだ、気に入ってくれたか?」
その様子に後押しされるように聞いてみれば、今度は満面の笑みで頷いてくれる。
よほど嬉しかったようだな。
それがまた俺も嬉しくて……、ただ、にやける顔をあまり見られなたくなくて席に戻るフリをして隠す。
ったく、格好つけたいのに上手くいかないもんだな。
「そりゃぁ良かった。
これから宜しくな、アリシア。
ああ、俺の名前はアベイルだ。
えっとだな、その……別にお兄ちゃんでも良いぞ」
どもりまくりの俺。
情けないやら恥ずかしいやら。
まぁ、アリシアは気付いた風もなく、嬉しそうに何度も頷いてくれたからよしとしよう。
うむ、とりあえずは順調っぽいし。
とりあえず色々聞かないとな。
「よし、それでな。
アリシアは俺の奴隷となった訳だが……その、なんだ」
何て言うんだよ。
考えている事が上手く言葉にならなくてもどかしい。
すると、何かを察したのか頭を下げるアリシア。
「お兄ちゃんの奴隷となれて嬉しいです。
その……、宜しくお願いします」
「あ、ああ、宜しくな」
おい、これじゃぁどっちがしっかりしているかわかんねーぞ。
自分で突っ込みながら、さてどうしたものかと頭をひねる。
「うん、それでな、とりあえず色々とやってもらいたいんだが。
えっとな、何が出来る?」
あまり考えずに出てきた言葉。
それがいけなかった。
俺は本当に何て間抜けでバカなのだろう。
それに気付いたのはアリシアが床に平服した時だなんて、情けないにも程がある。
完全に予想外で固まる俺をよそに言葉を紡ぐアリシア。
「痛みには、ある程度耐えられると思います。
その、性的な事も頑張ります。
家事とかは……今までさせてもらえませんでしたから、これから勉強します。
なので……その……」
言葉を重ねる度に体が震えていくアリシア。
それを見てやっと硬直から復帰する間抜けな俺。
「分かった! わかったから、それ以上言うな。
俺はもう言ったが絶対に酷い事はしねーし、打ったり蹴ったりは勿論性的にもなんにもしねーよ!
これは約束だ。
なーに、家事なんてやる気さえあればすぐさ。
俺が1つ1つ教えてやるからな……その、頼むから顔を上げてくれ」
だが遅かった。
恐怖を思い出してしまったらしいアリシアは、ただただ謝りながら震え続けるだけで、最初ほど取り乱していないのが唯一の救いだろうか。
そんな姿にどうしようも出来なくて。
今回も近づこうとしただけでますます怯えられて近づく事すら叶わない。
俺は何を楽観視してたんだか!
この子が傷つきすぎてボロボロになっていたのはもう見たじゃないか!
それなのに、ちょっとした仕草ですぐ舞い上がって……。
きっと俺と対峙するのも相当に無理をしていたに違いない。
この姿を見れば一目瞭然で。
でも、今まで浮かべてくれた笑顔を嘘だとは思いたくない。
なら、簡単じゃねーか。
俺が癒してやればいい。
アリシアだなんて、てめーの都合のいい願いを込めた名前なんだ、ならばアリシアにとっても俺が救いになるようになりゃぁ釣り合わないよな。
切り替えは冒険者の必須スキル。
そりゃぁ上手くいかない事もあるが、今回は無事上手く切り替える事が出来た。
ならば、俺は何をしなければならない?
……そう言えば1人にしてくれてありがとう的な事を言っていたよな。
それを思い出すと口から言葉が出てくるのはすぐだった。
「アリシア、俺は少し出てくるからゆっくり休め。
本当に俺達のペースで少しずつやっていこう。
それに、そろそろ飲みに行きたく思ってたんだ、1人にして悪いが自由にしてくれて構わないぞ」
放置するのもきっと悪いだろうが、多分今のアリシアにはこれが良いと思う。
だから、未だ頭を床にこすりつけているアリシアに後ろ髪を引かれながら、鍵をかけ防犯用の仕掛けが動いているのを確認して家を出る。
きっとこれが最良……だといいな。
うん、それじゃぁ宣言通り酒場に行こう。
頼む、皆知恵を貸してくれ!
俺はもういっぱいいっぱいだ!




