夢と現実
困った、実に困った事になった。
目の前で俯く少女を見つつ途方にくれてしまう。
こんなのは想定外にも程があるじゃないか。
「あの、だから何か話してくれないか?」
ここが新しい家だぞと紹介した時無反応だったが、そう言うものかなんて思った俺をぶっ飛ばしたい。
他の何を説明しても始終無反応で、これは流石におかしいと何か喋ってくれないかとお願いしたのに、何も返してくれない。
それどころか、俺の視線に怯えるように俯いて固まってしまった。
そうか、ハーフだから迫害されていた可能性が高かったのか、なんて気付いた時には後の祭りで。
ホフディン卿とのやり取りや実際に自分の奴隷を手に入れて舞い上がってはいたのだろう。
そう自分の中で分析するも、良い打開策が浮かぶ事もない。
まずい、これは本当にまずい。
改めて聞いてしまった為、俺の奴隷が怯えたように俺を一瞬見た後再び俯いて、自分の服を手が真っ白になるほど握り締めているではないか。
「悪い、その、怯えさせるつもりはなかったんだ。
酷い事は何もしない、約束する」
先ずは落ち着かせる為にもそう口にしつつ、頭を撫でる――撫でようとして振り払われてしまう。
びっくりして見つめていると、ガタガタを全身を震わせて怯えていた。
「ご、ごめんなさい。
すみません、すみません、お願い、打たないで」
震える声で懇願するように言う少女。
その姿にどうして良いか分からず、ただただ固まってしまう俺。
下手に慰めようとしても、ますます怯えさせてしまうのは目に見えている。
ま、マジでどうすんだよこれ?
これなら初めての依頼に挑戦する方が遥かに楽だぞ。
「だ、大丈夫。
ほら、俺強いし痛くなかったぞ。
き、気にするな」
「ひぃっ、申し訳ございませんでした。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」
何とか口から絞り出した言葉に、案の定過剰反応を示す少女。
一体どんな人生歩んできたんだよ?
思わず頭を抱え込みそうになりながら、そんな場合でもないので何とか落ち着かせようと試みる。
結果、最終的に限界に達した少女が失神し。
情けなさに包まれた俺が取り残される事になった。
「おー、アベイルよぉ。
なーにしけた面ぁしてんだよぉ?
あー、あれか! 年端も行かぬ少女を襲おうとして嫌われて凹んでんだろ?
お前冒険者らしい性格しているようで、根は糞お人好しのヘタレだかんな。
あははははは」
……、誰かこの酔っ払いをぶっ殺してくれないか?
絡んでくる馴染みの酒飲み仲間。
いや、普段なら一緒に馬鹿騒ぎする気の良い奴だし、こいつなりに1人沈んで呑んでいた俺を励まそうとしてくれているのだろうけど。
うぜぇ。
「うっせぇな、この酔っ払い。
襲うもなんも、何もせずとも怯えられたよチクショウ」
悪態を吐いてグイっと酒を呷る。
かぁっ、全く酔えない。
「そこまでにしときな、アベイル。
呑み過ぎだ」
オヤジの忠告に顔をしかめた。
俺自身はまだまだ呑めるつもりだし、酔いきれてないのだが。
流石に忠告を無視して自爆する程青くはない。
ただ、どうしてもあの子が眠り家にまだ帰りたくなくて、じっとその場にとどまる。
「……なぁ、アベイルよ。
お前が買った奴隷ってぁハーフ何だろう?
心に傷があるなんざハナから分かる事じゃないか」
お節介め、急に親身に話してきやがって……泣けてくるじゃないか!
「……ドジっちまったんだよ。
実はど偉い貴族様と話す事になってな、ただでさえ長年の夢が叶って舞い上がってたんだ。
最初から普通に話しかけちまったよ」
「そうか、そりゃぁ……バカやらかしちまったな。
言うて、そう言うのは俺達にゃぁ日常茶飯事じゃねーか。
アベイルよぉ、ここからどう挽回するのかが大事じゃねーのか?
ただただ酒に逃げて終わるなんて、お前らしくもない」
落ち着いたそいつの声がただただ耳に痛い。
ただの愚痴だったのにさ、いつもは茶化したりする癖に本当に悩んでいる時には絶対そんな真似しない奴だよ、お前は。
「ベルドよぉ、分かんねーんだよ。
元々俺がぁ女の機微に疎いのは知っているだろう?」
「ああ、そりゃぁここにいる誰もが知っているぞ。
お前は不器用過ぎんだよ」
「だからさぁ、奴隷はある意味俺が最後に縋っていたものでもあるんだよ。
いや、失礼な話だが煩わしくないだろうし……、何より俺でも素直になれるかなって……」
「けっ、だったら最初からやるこたァ決まってんじゃねーか」
どんどん弱気になる俺の言葉を切り捨てるかのように、力強く言って俺の肩を握るベルド。
体のでかいおっさんに迫られても嬉しくねぇといつもは言うのだが、ついついその真剣な眼差しに黙って次の言葉を待つ。
「時間を掛けて信頼を取り戻すんだよ。
まだ完全にやらかしちゃいねーんだろ?
そもそもいくら相手が奴隷だからと言って、いきなりイチャラブ出来る訳がないだろうが。
まぁお前なりの算段はあったんだろうが、甘い甘い」
そういやこいつこれで子持ちだったなと思い至り、改めて姿勢を正す。
「なぁ、具体的に何をすればいい?」
「けっ、それを考えんのがお前の仕事だろ。
っと言いてぇところだが、お前だけだと不安で仕方ないし、色々聞いてくるがいいさ」
「……、恩に着る」
「おう、任せろ」
熱く手と手を交わし合う俺とベルド。
感動で体中が熱くなってくる。
「おーい、アベイルにベルドよぉ。
漫才はそんぐらいにしとけって」
「そうそう、アベイルが不安なのは俺らも同意見だが、ベルドてめぇ嫁に逃げられてんじゃねーか!
しょうがねーから俺達も協力してやるぜ!」
大笑いしながら茶々が入ってくるものの、その内容は俺にとっては嬉しいものだった。
まぁ、ベイルは不服だったらしく大声を上げて反論していたが。
そうだった、こいつ嫁に逃げられたんだった、あぶねぇあぶねぇ。
「ああ、皆すまねぇ。
今俺は猛烈に感動しているぜ!」
「おうおう、良いってことよ、俺らぁ仲間じゃねーか」
「そうそう、とにかく俺達にも詳しく話せよ」
「ふふふ、野郎ばかりじゃ不安だし、仕方がないから私も混ぜなさい」
どんどん集まってくる酒場の仲間達。
常に同じメンツが居る事も、場合によっては殺伐とする事もあるのだが。
こう言う時には絆とは本当に良いものだなと思う。
同じ酒を酌み交わしたもの同士、その瞬間からもう友だと言う冒険王の言葉も一理あるってぇもんだぜ。
そのまま皆であーだこーだと話し続け、酒を酌み交わし。
さて、どのくらいの時間が経っただろう。
ふといつの間にか外は明るくなってきていて、ふとオヤジが俺の横に来てしょうがねーなと口にしながら俺の肩を叩く。
「盛り上がるのは良いんだけどさ。
お前嬢ちゃんをほっぽり出して良いのか?」
「あっ」
異口同音が響いた。
しまった、夢中になり過ぎにも程があるし、本末転倒っていうか。
おい、これ先に起きてて俺がいないとか最悪じゃねーか!
冷水を浴びせられたかのように高揚感はなくなり、慌てて身支度を整える。
「すまねぇオヤジ! 恩に着るぜ」
「っと、だから金は投げて寄越すな」
「急いでんだ! 後でな!」
後ろがにわかに騒がしさを取り戻していた事には気付いたが、それどころじゃない俺は多めに金を渡した事もあり足を早める。
まぁ、別に今回だけつけにしといても充分良かったのだろうが、多めの分は相談に乗ってくれた皆への恩返しだ。
流石にそれをしないほど俺は恩知らずではない。
全力で走れば家までの距離なんて本当に大した事はなく、ほどなく家へと辿り着く。
頼むからまだ寝ててくれよ。
そんな願いを込めて中に入ると、幸いな事に真っ暗だった。
まだ寝ていると安易に決め付ける事は当然出来ないが、寝ている可能性を否定も出来ないからな。
緊張しながら恐る恐ると少女を寝かせた部屋へと向かう。
音を立てずに入ると、しかし、少女は既に起きていた。
なんてこったい、俺はやらかしてばかりじゃねーか。
内心で頭を抱えつつ、毛布越しにこちらを見つめる少女へ口を開いた。
「あー、なんだ。
もう大丈夫か?」
「……ぶなの?」
「は? 何だって?」
あまりに小さな呟きに聞き取れず、そう返してしまう。
となると当然怯えてしまう訳で、俺は馬鹿かと思わず天を仰いでしまった。
「すまねぇ、聞こえなかっただけなんだ。
本当に少しも怒ってないし、もう1度言ってくれないか?」
努めて優しい口調で言ったつもりだが、果てさて答えてくれるだろうか?
しばらく沈黙が辺りを包み、ただ、前のように取り乱している訳ではないのでじっと反応があるのを待つ。
「……ぃちゃんは、大丈夫なの?」
またしても小さすぎて最初は聞き取れなかったものの、肝心な部分は聞き取れたようだ。
ならば、俺の答えは1つ。
「ああ、俺は大丈夫だから安心してくれ。
決して酷い事はしないと誓うからさ、すぐには信じてくれとは言わないし、徐々に仲良くなりたいと俺は思っているぞ」
再び訪れる沈黙。
ここは根気が大事だ。
流石にそのくらいは分かる。
どのくらい待っただろうか、ゆっくりと頭だけを出す少女。
やっぱり見目は恐ろしく良いな。
まぁ、言うて俺の好み的にはまだまだ育って貰わないといけないが。
「ほんとに……、ゆっくりで……良いの?」
多分本当は色々聞きたかったのだろう。
そのくらい言葉や表情に迷いが出ていた。
彼女なりに歩み寄ろうと言う事だろうな、事実奴隷な以上逃げられないし自分でも命を立てない。
ああ、そう考えればかなり怖いよな。
ったく、俺は本当に考えが浅いな。
「ああ、2人のペースでさ、仲良くなっていこう」
仲間達の後押しもあり、穏やかにそう口に出来る。
きっとこれからもあいつらに相談し続ける日々は続くだろう。
だって、具体的に何をしたらいいのか俺にはさっぱりわからないし。
と、何故かはにかむ少女に驚いてしまう。
「1人にしてくれて……ありがとうございました。
とっても……嬉しかったです」
「ああ、そのくらいお安い御用さ」
たどたどしい言葉に、ついにっこり笑顔で答える俺。
その後再び毛布に包まってしまったのだが。
うん。
……。
1人にしてくれてありがとうってどう言う事!?
ねぇ、皆一様に一緒にいてやれとか、ひでぇ奴だなとか言ってたけど感謝されちゃったよ?
おい、どうするんだよこれ?
色々アドバイス貰ってたけど、もう実行する勇気ねぇよ!
半ば逃げるように、無理せずゆっくり休みな。
腹が減ったら出てこいとだけ言葉を残し部屋から出る俺。
マジでどうするんだよ?
ああ、でもとりあえず飯だよな……。
エルフって肉類が苦手だったっけ? ミルクとかは大丈夫なのか?
くそっ、肝心な事を確認しておくのを忘れているじゃねーか。
台所へと来たものの、何を作るか頭を抱えてしまう俺だった。




