新生活
「あー、まだ頭いてぇ」
朝っぱらから奴隷商家からの使者に叩き起される羽目になったのだが。
二日酔いと寝不足とで俺の機嫌が良い訳がなく、相手のが相手だから無難には対応したものの未だ気分は晴れない。
しかも、明日奴隷を受け取りに行くのはいいのだが、時間まで指定されるとは思わなかった。
まぁ、特別な客でもない訳だし、これは仕方ないのだろう。
ただ、予定を前倒しにせねばならず、こうしてまだ完全に回復した訳でもないのに買い物へと出かけたのだ。
奴隷を買ったら家を買おうと決めていたので、話を付けていた馴染みの商人のところへ向かう。
一応目星は付けているし、前金も払ってあるからそんなに時間は掛からないだろう。
金額だけで決めた町外れの家だったが、寧ろ今の俺には好都合だな。
ハーフの奴隷を買う以上今後エルフ族の者には気を付けねばなるまいし、ならば接触は少ないに越した事はないだろうから。
商人とのやり取りも予想通りスムーズに行き、既に必要最低限の物が運び込まれた家を手に入れる。
家でお金をケチっても良い事はないと言う助言に従った形だが、予想以上に軽くなった貯金用の革袋に少し考えを改める事にする。
近い内に冒険者家業は引退する予定だったが、もうしばらく続けると言う事だ。
次の事を考えて何かのんびり出来る職でもと思っていたが、これでは今後もガッツリ働かねばならないだろうからな。
奴隷税なんてものがある以上、余裕はあるに越した事はないし。
まぁ、冒険者と言う家業自体が常に臨機応変な対応を求められる訳で、今回もそれに従うだけだ。
今後の予定を色々と練り直しつつ、改めて20年間愛用し続けた宿屋の旦那と女将さんに挨拶に行く。
長年の付き合いからか、つい話も弾み流れで食事を共にし、帰る頃にはすっかり遅くなってしまった。
何気に奴隷の子に料理などを教えて貰える約束を取り付けれたのは収穫だな。
半ば息子夫婦に引き継ぎが終わって丁度暇を持て余していたそうだし、ならばと提案してみたのだが思いの外簡単に首を縦に振ってくれた。
俺としても慣れ親しんだ味をこれからも楽しめるのは嬉しいし、奴隷がどのように教育されているか分からないが悪くない。
そして、奴隷の事に思いを馳せつつ、今日のところは酒場に行かずにあすに備える事にする。
万全に調子を整えておくに越した事はないからな。
翌朝奴隷売買の会場へと向かえば、何とオーナー直々に案内してもらう事になる。
ぶっちゃけ俺には過分な対応だし、当然嫌な予感を覚える。
そして、それは外れる事なく、くれぐれも粗相の内容にと釘を刺されて部屋に入れば、明らかに貴族だと分かる風貌の1人のダンディーな男が居た。
「おお、君がアベイル君かね。
私はジョルディー・ディブス=ラ=レイディル=ホフディンと言う。
同じハーフ好きの同士として、是非仲良くして貰いたい」
あまりの大物に唖然としてしまう俺。
おいおい、王弟様のご登場かよ。
予想外過ぎるだろう!?
「こ。これは誠に光栄の極みに存じます。
私の方こそ宜しくお願い致します」
言ってしまって気付く。
間に誰も挟んでいない!
相手が相手だけに不敬罪と極刑にされてもおかしくなくて、嫌な汗が止まらない。
俺の隣で顔色を変えているオーナーがみえて、なおさら恐怖に拍車が掛かる。
と、そんな俺に構う訳もなく、上機嫌のまま歩み寄ってくるホフディン卿。
「うんうん、とても嬉しいよ。
私は常々思っていたのだよね、わざわざ何で間に人を介さねばならぬのかと。
変わり者の自覚はあるが、どうしても面倒に思えてね。
だから、そんなに緊張しないでくれたまえ」
「あ、ありがたきお言葉にございます」
ああもう、睨むなオーナー。
俺が上等な作法等知っている訳がないだろうが!
これでも精一杯やってんだよ!
内心でそう悪態を付くものの、ホフディン卿は上機嫌のままだ。
その反応を見るに、俺は九死に一生を得られそうである。
良かった、本当に良かった。
この後予定があるらしく、数回言葉を交わすだけにとどまったのだが。
何故か話せば話すほど異様に気に入られていく俺。
本当に不思議でならない。
ホフディン卿には何か見えてでもいるのだろうか?
「いやいや、本当に君とは仲良くなれそうだよ、アベイル君。
是非、私の友となってはくれないだろうか?」
極めつけはこれだ。
勿論否定出来る訳もなく、ただただ首を縦に振る。
ただ、なんか彼は他の貴族と違って嫌な感じは今のところとは言えしないし……、楽観的にばかり見るのは危険だが、本当に俺は幸運だったと思う事にしよう。
その後、急に俺への対応が変わるオーナー。
まぁ、そりゃそうだろうな。
とは言え根本的には色んな意味で向こうが格上の訳で、威を借る真似をなるべくしないように心掛ける。
下手に敵対されたらおしまいだからな。
ただ、詳しく事情を説明されれば、どれだけ自分が命を掛けた綱渡りをして来たのか思い知る羽目になる。
曰く、大した値の付かない奴隷は別だが、ある程度以上の奴隷だとそれを気に入りそうな貴族から目を付けられる事はよくある話だそうだ。
格上の者に譲るのは不文律としてあるそうだし、ってか、最初からそれを説明してくれ!
そう思って突っ込んだら、どうやらあの時の特別席に居る連中に俺は生贄にされたようだった。
詳しく言えば、ハーフのあの奴隷の値をかなり下げ、俺のようなバカを釣り上げ破滅を楽しもうとしていたと言う事らしい。
結果だけ見れば感謝してもいいくらいなのだが、2度とあいつらとは会わない事を願う。
下手にホフディン卿に気に入られたと知られたら、嫉妬されてしまうかもしれないからな。
まぁ、この点はそこまで心配する必要はないだろう。
そもそも住む世界が違うし、オーナーも八つ当たりを恐れて伝える訳がないからな。
聞かれたら多分それとなく誤魔化してもくれるだろう。
全く、貴族様と言うのは本当に面倒な奴らだぜ。
さぁ、いよいよ奴隷の受け渡しなのだが。
その前にオーナーに申し訳なさそうに、この奴隷は殆ど教育をされていませんと告げられてしまう。
それはホフディン卿の趣味だろうなと思って聞いてみれば、肯定された。
何でも貴族の望む教育は基本洗脳らしく、それを好まないと聞かされた時には感謝したものだ。
ぶっちゃけ将来的にイチャイチャするのが目的なのに、何が悲しくて人形みたいな奴を相手にしなければならないと言うのだろうか。
魔法で洗脳なんてそれまでの自我を破壊する行為だと言うのに、本当に貴族様の考える行動は分からない。
ただ、ホフディン卿はそれだけに留まらず、根本的に教育される事ですら好まないのだそうだ。
故に、俺の奴隷は良くも悪くもそのままだと言える。
これは良かったのか悪かったのか判断が難しいところだな。
奴隷に落ちる流れ次第で変わると言っても良い。
何が出来るか、そして何が出来ないかもオーナーですらよく知らないそうだ。
とりあえず他人を怖がっているらしくて、まぁこれは奴隷になっているのだからある程度は仕方ないか。
しかし、本当に人生とは予定通りにいかないものだ。
思わず溜め息が溢れそうになるのを、何度我慢した事だろう。
「これから宜しくな」
首輪に繋がる鎖を外してもらい、目線を合わせてそう言ったのだが、無言でただ見つめられてしまった。
どうしよう。
こんな時どうしたら良いのか分からないぞ?
そうやっていつまでも困っている訳にも行かず、手を引いて奴隷売買の会場を後にする。
とりあえず大人しく付いて来てくれるのは助かったな。
奴隷の首輪が機能しているのかもしれないが……、何となく生気が感じられない事の方が原因な気がした。
うーん、ホフディン卿に気に入られた事を気にしてか、首輪を最高品質の物に変えようかと提案されたのだが、何となく断って正解かもな。
なんだろう、そんな気がする。
なんでかそんな気がするのか全く分からないが、自分の感覚を信じるのも冒険者としてまた大事な資質だったりするので、後はそれが良い方向に転ぶのを信じるだけだな。
どちらに転ぶかは流石に分からねーし。
こうして、俺の新しい生活の準備が整ったのだった。




