復帰への準備
アリシアの家事の腕もめきめきと上がり、女将さんとの仲もかなり良くなって来た事もありそろそろ仕事の復帰を目指す事にする。
まぁ、旦那が出てくると怯えて俺の影に隠れるから、まだまだ時間は掛かりそうだが、少しでも好転してきているのは何よりだ。
とりあえず、俺が依頼に出ている間の留守を任せられると判断出来るようになるくらいまで成長してくれて、嬉しい限りである。
依頼に出ている間は決して誰も入れるなと言ってあるし、女将さんにも通うようにお願いしているから大丈夫だろう。
ちょっと値は張ったが、悪しき思いを抱く者が足を踏み入れると、中に警告をしてくれる装置も取り付けたし。
うむ、憂いはない。
問題は、本当に貯蓄が底を尽きそうなところだろうか。
勿論、それでも1年くらいなら食べていけるだろうが、逆に言えば節約していてもそれが限界なくらい追い詰められてもいる。
今までを思うと、本当に極限状態だな。
まぁ、冒険者にありがちな状況でもあるんだが。
そう言う意味で、俺は冒険者らしくなくもあった訳だ。
普通目的があればお金を貯めるじゃなく、借りて達成する奴らの方が多数派だし。
うだうだ考えつつ、ジャックに頼んで一緒に依頼をさせて貰う為に冒険者ギルドに向かう。
ベルドでも良かったのだが、単純に都合がつかなかったからジャックに頼んだ訳だ。
快く返事してくれてホッとしている。
まぁ、何故かミリーヌも付いてくる事になったのは意外だったが、多ければ大いに越した事はないし良いか。
分け前こそ減るが、それによって得られる安全性を知らぬ奴は居ないしな。
ただ、俺は久しぶりだと言う事で、分け前は1割にしてもらった。
いやー、ジャックは気遣いがすぎるからな。
本当は全く受け取らないつもりだったが、頑なに拒否された結果の落としどころの訳だ。
この辺りは、寧ろベルドの方が喜んで俺の分け前0にしてくれただろうから、気楽さ的にはベルドに軍配が上がる。
と言っても、金は結局は必要な物だし、ジャックの心遣いに感謝もしているのだがな。
寧ろ俺がお願いしているのだから、ジャックの信念を曲げさせるのもおかしな話だし。
うん、報酬0のベルドより良かったと思っておこう。
久しぶりにギルドに入ると、そこは独特の雰囲気で満ちていて懐かしさを感じる。
懐かしいと思うほど久しぶりではないはずなのだが、依頼で離れているのと何もせずにとでは違うと言う事か。
顔見知りと挨拶したりしつつ、受付の方へ向かう。
「ああ、お久しぶりです、アベイルさん」
「おう、久しぶりってカリア、なんか不機嫌じゃね?」
「そうですねー、どこぞの奴隷を買って1月以上も引きこもってハッスルなさっているような方と会うと誰でも不機嫌になるんじゃないでしょうか?」
物凄く棘混じりの言葉だが、誤解も酷いってもんだ。
いや、まぁ予想通りの噂が広がってたんだろう。
別にわざわざ否定して回るほどでもないし、そもそも俺と親しい奴は誤解している者の方が少ない筈だからな。
俺としては、親しい奴さえ分かってくれていれば、後はどうでもいいし。
ただ、カリアまで誤解しているのは淋しいなと思う。
何だかんだ付き合い長いし、新人のカリアを結構励ましたり注意してやったもんだったんだがなー。
「そうか、俺はそんな奴だと思われてたんだな。
そりゃ淋しいな」
思いをそのまま口に出せば、きっと睨みつけられる。
「だって、奴隷を買って引きこもって出てこないとか。
私、ずっと待ってたんですよ?」
恨みがましいカリアの声色。
ああ、単純に心配させてしまったのかと、ようやく気が付く。
ったく、俺は本当に気が利かない男だな。
「そりゃ悪かった。
確かに挨拶の1つくらいしに来て良かったな」
「むぅ、そもそも奴隷とか……。
いえ、良いんですけどね、長年の夢だったのは知っていますし」
「ああ、そう言えばカリアは元々俺の夢に否定派だったな。
ったく、こりゃますます肩身が狭くなったか」
苦笑いを浮かべる俺。
と、誰かに肩に手を回される。
誰だと思って見ればミリーヌで、でもその瞳はカリアの方を向いていた。
「あら? 私はずぅっとアベイルの夢を応援していたわ。
その証拠に酒場に足を運ぶ度に色々相談に乗って上げたしね」
「そうだな、凄く感謝しているぞ」
口にしつつ、カリアの機嫌が一気に悪くなっている事に気が付く。
何故だかこいつらって仲が悪いんだよな。
たまーににこやかに話していると思って声を掛けてみると、実はイヤミの応酬だったって事すらあるし。
笑顔でやりあえるとか、女って本当にこえーって改めて思ったんだっけ。
うん、アリシアにはこのまま真っ直ぐに育って貰いたいもんだ。
「へー、ミリーヌさんの所に行ってたんですね」
明らかに責める口調になったカリア。
さて、どうしたもんかね。
「まぁ、ミリーヌに会いに行っていたってより、その場にいる皆に相談に行ってたって方が正しいかな。
なんだ、実は俺の奴隷ってハーフの女の子なんだよ。
ああ、勘違いするなよ? 俺はちゃんと育っている女が性的な好みだからな。
で、話を戻すが。
ハーフってだけで表に出してないのも察して貰えるだろうし、そしてだからこそ皆に相談しに行った理由も分かるだろ?
まぁ、女の子の扱いが分からなくてってのもかなりあるんだがな。
そう言う意味で、ミリーヌは特に世話になった」
「良いのよアベイル。
ふふふ、アリシアちゃんだっけ? 良ければ私も一緒に面倒見て上げるわよ?」
「ははは、相変わらず情に厚い奴だな。
今は気持ちだけ受け取っとくよ。
いずれ人に慣れさせなきゃだから、その時は改めて頼む」
驚いた顔を浮かべるカリアと、得意そうに口にするミリーヌ。
感謝しつつそう返すと、何故か苦笑いが返ってくる。
むぅ、俺ってそんなに頼りなく思われてんのか?
「事情は分かりましたけど、それなら私にも相談してくれて良かったのに」
「あら? まだ分からないの?」
口を尖らせるカリアに挑発するように言うミリーヌ。
これはそもそも人に言わせる事ではないし、ありがたくは思うがミリーヌの口調もあんまりだからすぐに俺が口を開く。
「そう、ミリーヌの言うとおりギルドって何だかんだ人多いだろ?
あの酒場と違って互いに名前くらいしか知らない奴らだっているし。
となると、必然的に酒場の皆を頼るのは通りだと思ったんだ。
決してカリアの事を信頼してな訳じゃないし、だからこうして今話しているじゃないか。
良かったらカリアの知恵も今後貸して貰えると、俺としては助かるな」
「そうですか、よーっく分かりました。
ふふふ、大丈夫ですよ、ちゃんと力になりますから」
今度は何故かカリアが上機嫌になって、ミリーヌが不機嫌になったようだ。
何でだ?
「そうね、まぁたまには良いかしらね。
色んな意見はあった方が良いでしょうし。
まぁ、私はいつでも待っているから、遠慮なく言ってね」
「おう、助かるぞ」
「私だっていつでも相談に乗りますよ?
ここに来て下さればいつでもいますし、ほらミリーヌさんはご依頼とかで酒場にいらっしゃらない時もままあるじゃないですか。
事前におっしゃって頂いたら、アベイルさんならプライベートな時間でも構いません」
「そうだな、今後頼りにさせてもらうぜ」
うん、2人の言葉に返事しているはずなのに、何故か2人が見つめ合っているんだが。
なんか火花が散っているような錯覚してしまうし。
俺疲れてんのかな?
ああ、周りの生暖かい視線と鋭い視線がいてぇ。
俺らは見世物じゃねーぞ! 後睨んでる奴ら勘違いするな!
カリアもミリーヌもどうやら好きな相手がいるらしいし、全く失礼な奴らだぜ。
ともかくだ、なんかまたイヤミの応酬が始まってきてるし。
フォローしている俺と寧ろ誰か変わってくれないだろうか。
いや、それよりジャック、早く来て助けてくれ!
本来の約束の時間の少し前に現れたジャック。
それまで針のむしろだった俺。
しっかし、お疲れ様は分かるがなんで自業自得とは言え大変だね何だろう?
俺は何も悪くないだろう? え? 悪いのか?
なんかもうよく分からんし、考えないようにしよう。
とにかく、依頼に集中せねば命の危険もあるし、信用問題でもある。
ジャック達と依頼を選んでいる最中ギルマスの爺さんに呼ばれたが、案の定指定依頼の話だったし。
何とかジャックの付き添いだし、復帰までまだ掛かると言えば予想通り猶予も貰えたけど、釘も刺されたし気を引き締めねばなるまい。
本当にランクDまで上げておいて良かったぜ。
Eまでならともかく、妥協してFだったら今頃強制依頼に放りこまれていただろ。
そんな事普通に爺さん口にしやがったからなー。
うん、依頼も完璧に出来なきゃ降格もありうるとか言われたが、それもまぁ当然の話だな。
特に俺は採取系の依頼を専門にしているし、腕が鈍って鮮度が落ちましたじゃ俺のランクの依頼じゃ致命的だもんな。
しかも、俺だけの責任じゃなくギルドまでの信用問題になるとくれば、当然である。
ジャックの専門は俺と少し畑が違うものの、ベルドのように討伐が中心で無い分やっぱりジャックに頼んで正解だったな。
改めて色々考えつつそんな結論に達する。
うん、俺が思うほど期限に余裕をくれなかったが、まぁ事情を聞いてしまえば仕方ない。
初心者用の採取の依頼何て、ギルド用のやっすい薬草とかの原料やら、練習生への材料目的でしかないからな。
ちゃんとした市販や研究に耐えうるような物を取ってくるには、やはりそれ相応の知識と技術がいる訳で、俺が抜けた分ギリギリで回していると言われれば奮起せざるを得まい。
いや、寧ろ俺の仕事が無くならないように気を遣ってくれていたと言う証明でもあるし、これで燃えなきゃ男がすたるって言うもんだ。
英雄とかそう言うものには一切興味はないが、だからこそ義理人情は大切にしてきたしな。
見知らぬ大勢とかどうでもいいが、俺は見知った誰かの為ならば全力を尽くすタイプだし。
さて、それでは久しぶりの依頼へと行きますか。
最低限衰えないように鍛えちゃいたが、当然実践じゃ違うし。
カンも早く取り戻さないとな。
無駄に高揚しそうになる気持ちを制御し、ジャック達と共に街を後にする。
一瞬アリシアの事が頭によぎり、大丈夫か心配してしまう。
結局は心配してもどうしようもないし、信じるしかない。
さっ、アリシアもきっと頑張っているだろうし、俺も頑張るとするかね。




