第7話 怪異新聞部と学園の歪み
すっかり黄昏色に染まった旧校舎の新聞部室。
散らかった資料の山を挟んで、春人と三雲三雲は向き合っていた。
「……つまりまとめると。神代くんは代々、この世(現世)とあの世(幽界)の境界を守る『境界守』っていう一族の最後の生き残りで、今は化け物……妖怪を倒すために修行中、ってこと?」
「大体そんな感じだ」
春人はパイプ椅子に深く腰掛け、はぁと重い溜息をついた。
三雲はノートにシャープペンシルを走らせながら、ボブカットの髪を揺らして激しく頷いている。その目は恐怖どころか、未知の怪異譚の真相に触れた興奮でキラキラと輝いていた。
「やっぱりね! 商店街の紫の空も、急に増えた都市伝説も、全部裏でつながってたんだ! すごいよ神代くん、本物のヒーローじゃない!」
「ヒーローなんかじゃないっての。命がけなんだぞ? 一歩間違えれば、さっきの影みたいのに喰われて終わりだ。だから言ったろ、首を突っ込むなって」
「無理に決まってるでしょ!」
三雲は机をバンッと叩いて立ち上がった。
その真剣な眼差しに、春人は思わず怯む。
「こんな面白い……ううん、こんな危険なことに神代くんが一人で立ち向かってるのに、何も知らないフリなんてできるわけないじゃない。私は見聞きしたものを記録して伝える新聞部だよ? 神代くんが戦うなら、私はその『耳』になってあげる!」
「……耳?」
「そう! 私は一般人だから妖怪は見えないし、戦う力もない。でも、校内の噂や変な事件の情報を集めることならできる。神代くん一人じゃ、どこで異変が起きてるか探すのも大変でしょ?」
そう言って三雲は、手作りの『明照学園・七不思議マップ』を自信満々に掲げてみせた。
確かに一理あった。
霊眼を持つ春人でも、瘴気が噴き出していない段階の小さな兆候まで校内くまなく探し出すのは困難だ。
情報収集のパートナーとして三雲が協力してくれるなら、これほど心強いことはない。
(……それに、危険だからと遠ざけるより、俺の目の届く範囲にいてもらった方が安全かもな)
「……分かったよ。ただし、怪しい場所を見つけても絶対一人で調査するな。必ず俺に報告すること。約束できるか?」
「了解、神代隊長!」
三雲はおどけたように敬礼してみせた。こうして、半ば強引に『怪異新聞部』という非公式のバディ関係が成立したのだった。
◇◇◇
「でね、神代くん。さっきの低級の影だけど……気になるところがあるの」
三雲は表情を引き締めると、七不思議マップの一点を指差し、手元の付箋をめくった。
「さっき襲ってきた影たち、旧校舎の二階に集まってきてたでしょ? でも、校内で一番『変な噂』が集中してるのは、ここじゃないの」
「ここじゃない? じゃあどこなんだ?」
「旧校舎の最上階――三階の突き当たりにある『開かずの音楽室』よ」
三雲の指が示した場所を見て、春人の背筋にツッと冷たいものが走った。
「あそこは五年前から使われてなくて、ずっと鍵がかかってるはずなんだけど……最近、誰もいないはずの放課後に、中から変なピアノの音が聞こえるって噂があるの。しかも、それを聞いた生徒が何人も、急に体調を崩して学校を休んでる」
「体調不良……?」
「うん。極度の貧血と衰弱だって。お医者さんは夏バテか疲労だって言ってるみたいだけど……」
(疲労なんかじゃない。妖気に当てられて、精気を吸い取られてるんだ)
春人は立ち上がり、ポケットの中の『界鈴』を確かめた。
先ほど倒した低級怪異の群れ。あれは単に迷い込んできた野良の妖怪ではない。
『開かずの音楽室』から漏れ出す濃密な瘴気に引き寄せられ、学園全体へと侵蝕を広げるための尖兵だったのだろう。
「三雲。お前はここで待ってろ」
「えっ、神代くん!? 一人で行く気!?」
「当たり前だ。ここから先は『特訓の成果』を試す本番だ。……お前が集めてくれた情報のおかげで、元を叩く目処が立った。サンキュな」
春人は三雲に軽く手を振ると、部室の扉を開けて廊下へと踏み出した。
「神代くん! 絶対、無事で戻ってきてよ!」
背後から届く三雲の声を背に受けながら、春人は薄暗い階段を上り、旧校舎の三階へと向かう。
階段を一段上るごとに、空気の重みが増していくのが分かった。
鼻をつくような、腐敗臭と鉄の匂いが混ざり合った濃密な瘴気。
(白夜と黒崎さんとの特訓を思い出せ。怯えるな、集中しろ……!)
胸の中で界鈴が、チリリと静かに澄んだ音がなった気がした。
境界守の継承者・神代春人の、学園に潜む何かとの本格的な戦いが始まろうとしていた。




