【第6話】 毎週続く温かい食事
鍋の中身を増やすたび、薪の山は小さくなった。
レイノは空になった籠を片づけ、物置の隅に積んだ残置薪を数え直した。先日買った乳製品と野菜がうれしくて、煮込みの味を変え、焼き物を添え、客ごとに違う皿を出してきた。
食卓は豊かになった。
その代わり、客が一人の日には葉物が余り、二室が埋まった日には乳製品だけが先になくなった。料理を増やせば、かまどへくべる薪も増える。客室の暖炉まで合わせれば、残りは翌週を支えられる量ではない。
「今夜だけ良くても、来週に火が消えたら宿じゃないな」
独り言へ応じるように、食事場所の隅で毛玉が「ぷる」と鳴いた。
専用にした小皿は空だった。毛玉は皿を前脚で押し、それでも何も出てこないと、近くの寝具を二度蹴った。
「今のは寝床の不満じゃないだろ」
レイノが皿を持ち上げると、毛玉は露骨に顔を背けた。
数日後、天候が安定した昼にファナが再び宿へ来た。
レイノは食材棚と薪置き場を見せてから、考えていた仕入れ案を切り出した。
「乳製品、根菜、葉物に、豆と香草も定期的に欲しいです。できれば毎回少量ずつ。薪も同じ荷に積めませんか」
ファナは返事をせず、棚に残った根菜を一つ持ち上げた。
「これは何日前の分?」
「三日前です。火を通してあります」
「葉物は?」
「昨日で使い切りました」
「乳は?」
「客が重なった日にほとんどなくなりました」
ファナは根菜を棚へ戻した。
「少量ずつ多品目なんて無理。季節外れの物を揃えるには、生産者がそれぞれ別に手を掛ける。少ししか買わないなら、運ぶほど損になる」
「でも、料理の種類があれば、客に合わせられます」
「次も作れない食事を出して、何になる?」
レイノは反論しかけたが、ファナは続けて薪置き場を指した。
「それに、食材と薪は一緒に積まない。重いし、汚れる。薪を載せた分だけ、食べ物が減る」
「布で分ければ――」
「積める重さは増えない」
即座に切られた。
「何人泊まるかも分からない宿へ、季節外れを少しずつ運ぶ。さらに薪まで載せる。生産者と運び手へ、宿の都合を全部押しつける案だよ」
その言葉に、前回の木箱が重なった。
安ければ全部買えると思い、廃棄をファナから自分へ移しかけた。今度は、良い食事を出したいという欲で、供給側へ無理を戻そうとしている。
レイノは唇を噛んだ。
「……客に良い物を出したいのは、間違っていないと思っています」
「間違ってない。毎回出せるならね」
「なら、どこまで絞れば続けられるか、試します」
「何を?」
「食事です。豪華さと、実際の休み方を分けて見ます」
その日の宿泊客には、残っていた食材を使い、品数を増やした夕食を出した。乳製品を使った煮込みに焼いた根菜、葉物の和え物、薄いパン。客は皿が並ぶたびに目を輝かせ、どれもきれいに味わった。
「ここまで出るとは思わなかった」
「食べきれなければ残してください」
「味はいい。ただ、少し多いな」
客は満足そうだったが、焼いた根菜を少し残した。食後は身体が温まったと言いながらも、寝台へ入るまで腹の重さを気にしていた。
別の日には、同じ客室条件で、穀物と根菜を柔らかく煮た基本食を出した。乳製品は風味を整える分だけ。品数は一つだが、湯気は長く立ち、匙を入れるたびに穀物のとろみが身体へ落ちていく。
「今日はこれだけか」
「足りなければ追加します。まずは食べてください」
客は器を空にし、追加を求めず客室へ向かった。
翌朝、レイノは二つの宿泊結果を並べるつもりで客へ尋ねた。
「昨夜と、その前の食事なら、どちらが楽でしたか」
「豪華だったのは前だな。でも、今朝の方が身体は軽い」
「空腹は?」
「ない。腹が重くない分、起きやすかった」
客は肩を回し、立ったまま靴紐を結んだ。動作に迷いがなく、寝起きの顔色も安定している。
レイノは寝台、室温、寝具を確かめた。条件は大きく変えていない。違うのは、客の疲れに合う量と温かさを一つの食事へまとめたことだった。
豪華な食事の方が喜ばれる。高価な食材の方が、良い一泊になる。
そう思い込んでいた。
「品数じゃないのか……」
悔しさより先に、胸の奥が熱くなった。
「温かくて、食べきれて、眠るまで負担にならない。そこまで揃った方が、寝床とつながる」
レイノは厨房へ駆け込み、棚の食材を見直した。
「穀物を軸にして、根菜か豆を季節で替える。乳製品は量を決める。追加料理だけ、そのとき余裕のある食材で――」
「やっと客数から考え始めたね」
入口近くで腕を組んでいたファナが言った。
「豪華な方を標準にするのはやめます」
「それなら、何人分を何日ごと?」
「今の二室なら、一度に少人数です。基本食に使う穀物と根菜を一定量。乳製品は傷む前に使い切れる分だけ。季節品は追加料理へ回します」
「葉物がない時期は?」
「豆か保存した根菜で代えたいです」
「香草は?」
「常に要りません。ある時だけでいい」
ファナは少し考え、棚の残りと鍋の大きさを見比べた。
「その条件なら、一定の間隔で持ってこられる。季節品は私が組み替える。ただし、乳を増やす時は他を減らす」
「価格は前回と同じで」
「季節が変われば同じにはならない」
「では、基本食一人分の上限を決めたいです」
「高すぎる希望を先に捨てて」
レイノは乳製品を多めに使う案を引っ込めた。代わりに、穀物と根菜を中心にして温かさと食べやすさを保つ。ファナは保存しやすい品を増やし、傷みやすい品は客数が見える時だけ加える条件を示した。
次回の量と支払い時期が決まるころには、二人の間から前回の探り合いが薄れていた。レイノが必要な食事を示し、ファナが季節と在庫から実現可能な形へ直す。無理な希望には、遠慮なく否定が返ってくる。
「薪はどうします」
「私の荷には載せない」
「そこは変わりませんか」
「変えない。ただ、集荷の時に注文と代金は預かれる。近くから薪を運ぶ別の荷へ回す」
「食材と同じ日に届きますか」
「同じとは限らない。残置分が尽きる前に届くよう、先に注文する。受け取りはこの宿。食材とは別に置くこと」
「支払いも分けます」
レイノは卓上の硬貨を二つに分けた。食材代と薪代。さらに、湿気を避けられる物置の壁際を薪用に空け、食品の箱とは距離を取った。
その足元を、毛玉が素早く通り抜けた。
狙いは食料保管場所だった。蓋の閉じた箱の隙間へ鼻先を入れようとしたところで、ファナが箱を引いた。
「そこは駄目」
毛玉は毛を縮め、低く「ぶるる」と鳴いた。
ファナは追い払わず、厨房の作業域から外れた場所へ専用の器を置いた。中身は温かい穀物を少量だけ。
毛玉は器をのぞき、量が気に入らなかったらしい。近くの寝具を短い脚で蹴り、ファナを見上げた。
「増やさないよ」
「ぷる」
「客より食べるつもり?」
毛玉はもう一度寝具を蹴ったあと、器へ顔を入れた。食べ終えると、食料箱へ戻らず、自分から客室側へ離れていく。
ファナはその背を見送った。
「器と場所を分ければ、荒らさないのかもしれない」
「呼んでも従うとは限りませんけど」
「食料庫へ入らないなら十分。量は私が決める」
廊下の先から、不満げな「ぶるる」が返った。
次の食材便と薪の受け渡し時期が決まった日、レイノは新しい基本食を客へ出した。
穀物と根菜を煮込み、乳製品は香りと口当たりを整える分だけ。追加の料理はない。それでも器から立つ湯気は食堂を満たし、客は一口ごとに肩の力を抜いた。
暖炉では残置薪が燃えている。だが、その火が消える前に、代金を払った別荷の薪が届く。棚の食材も、使い切った後に次の分が来る。
「翌週も、同じ一泊を出せる」
声にすると、レイノは笑いを抑えられなかった。
豪華な一晩を作れた時とは違う。温かい食事と暖炉を、来週も、その次も続けられる。
空になりかけた棚を見ても、もう終わりには見えなかった。次に届く量と、支払う金額と、使う料理が決まっている。
客が増えれば、二室ではすぐに足りなくなる。食事を運ぶ廊下も、寝具を整える順番も、今のままでは詰まるだろう。
レイノは湯気の向こうに二つの客室を見た。
食料と火は続くようになった。
次は、泊まれる人数を増やしても、この一泊を崩さない場所が要る。




