表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界一休める峠の宿――一泊ごとに設備が育ち、災害さえ越える大宿へ  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/35

【第7話】 広間を眠れる共同客室へ

「申し訳ありません。今夜は二室とも埋まっています」


 レイノがそう告げると、遅れて到着した旅人は、奥の廊下を一度見てから肩を落とした。


「食事だけでも助かる。夜が明けたら先へ行くよ」


 温かい基本食は出せる。暖炉へ入れる薪も、次の分を買う道筋ができている。それなのに、疲れた客へ差し出せる寝床がない。


 旅人は食事を終えると、食事場所の椅子で夜を明かした。翌朝、その背を見送ったあと、レイノは食事場所の隣にある広間へ向かった。


 壁際には空いた寝具と使っていない寝台が寄せてある。ここへ並べれば、二室が埋まっていても客を断らずに済む。


「寝台さえ増やせば、泊まれる人数も増える」


 口にしてみると、答えはひどく単純に思えた。


 通常の二室は営業に使う。広間は完成するまで客を増やさず、空いている寝具だけで配置を試す。レイノは壁沿いへ寝台を並べ、中央へ一本の通路を残した。


 見た目は悪くない。


 寝台の数も入る。中央を歩けば、どこからでも入口へ出られる。


 ところが、少人数へ試しに使ってもらった夜、広間は眠る場所より荷物置き場に近くなった。


「ここへ置いていいか」


「通れるなら構いません」


 最初の荷袋が寝台の脇へ置かれた。次の客の箱が反対側へ並び、上着と靴が空いた隙間を埋める。中央の通路は、人が一人横向きで通れる幅まで狭くなった。


 夜半、客の一人が外へ出ようとして荷袋へ足を当てた。


 ごとり、と箱が揺れる。


 避けた肩が寝台の枠へ触れ、木の振動が並んだ寝台を伝った。眠っていた客が身じろぎし、別の客が布団の中から低く息を吐く。


 レイノは寝具を整え直し、広間を一つの客室として意識した。乾いた寝具、一定の室温、眠りを妨げない配置。これまで積み重ねてきた宿泊の質を、広間にも結びつけようとする。


 布団の冷たさは薄れた。


 だが、人が通るたびに起きる物音と振動は消えない。


 翌朝、客は眠れなかったとは言わなかった。ただ、首を回しながら言った。


「安く泊まれるのは助かる。ただ、誰かが動くと目が覚めるな」


「荷物も、暗いと踏みそうになる」


 レイノは唇を引き結んだ。


 能力が足りないのではない。寝具の質を上げても、床を歩く人間と荷物が同じ場所へ重なっている。


 その夜、客を入れずに自分で端の寝台へ横になった。


 広間の入口から奥まで、何度も荷物を持って歩く。寝台へ戻り、目を閉じる。今度は空の箱を引きずり、また横になる。


 一度、人が通っただけで、床板から小さな揺れが背中へ届いた。


「これじゃ眠気が切れる」


 寝台を多く置くことばかり考えていた。客が到着してから眠るまで、どこで荷物を下ろし、どこで着替え、夜中にどこを歩くかを考えていない。


 収容人数を増やしたくて、眠るための空間を自分で削っていた。


「寝台を詰めれば客室になると思ったのは、俺か」


 悔しさに、寝台の縁を強く握った。


 そこへ、毛玉が広間へ入ってきた。


 壁際には乾いた寝具がある。暖炉からの熱も届いている。それなのに毛玉はどれも選ばず、広間の中央まで歩いていった。


 そして、何も置かれていない床の上で丸くなった。


「そこは通路だぞ、毛玉」


 レイノが手で端を示しても、毛玉は動かない。


「寝るなら、こっちの方が柔らかい」


 近づくと、毛玉は短い脚を出して近くの寝具を蹴った。次に、荷袋と箱が触れ合っている場所へ行き、鼻先で押す。箱が小さく鳴ると、また中央へ戻った。


「荷物が嫌なのか?」


 毛玉は答えず、中央で毛を膨らませた。


 レイノは結論を急がなかった。


 毛玉が中央を気に入っただけかもしれない。壁際の温度が合わない可能性もある。


 荷袋を持ち、客が到着した時と同じように入口から入る。中央を通り、寝台の脇へ荷物を置く。上着を脱ぐ動きをして、夜中に目を覚ましたつもりで入口へ戻った。


 中央を通路にすると、荷物も人も必ずそこへ集まる。


 だが、中央を空けたまま荷物同士を離す場所にすればどうなる。


 入口側で荷物を下ろし、着替えまで済ませる。寝台は奥へまとめる。就寝後に歩く者は、荷物のない壁沿いだけを通る。


「通る場所を一本にするんじゃない。時間で分けるのか」


 到着して動く場所と、眠ったあとに動く場所を分ける。


 中央は通路ではない。荷物同士が触れず、寝台へ振動を伝えないための空間だ。


 レイノは寝台を動かし始めた。


 置けるだけ置く案は捨てた。入口側には荷物置き場を取り、着替えられる余白を残す。奥へ寝台を並べ、壁沿いには夜間でも足を引っかけない細い通路を通した。


 寝台は最初の案より減った。


「これ以上は入れない」


 声にすると惜しさが湧いた。あと一台なら置ける。詰めれば二台入るかもしれない。


 だが、その一台のために通路を削れば、同じ失敗へ戻る。


「客数より、眠れる人数だ」


 レイノは最後の寝台を広間から出した。


 配置を変えたあと、荷袋を持って入口から入る。荷物を決めた場所へ置き、上着を外し、奥の寝台へ向かう。横になってから起き上がり、壁沿いを歩いた。


 寝台へ肩は触れない。荷物を避ける必要もない。床の揺れも、最初の配置より明らかに小さい。


 毛玉は作業の間、中央の空間から少し離れた場所で丸くなっていた。


 レイノが別の荷物を試しに置くと、その端が夜間通路へはみ出した。


 毛玉はすぐに立ち上がった。荷物の脇からレイノの足元へ戻り、裾をくわえて引く。


「これか?」


 レイノが荷物を指すと、毛玉は離れ、通路のはみ出しへ戻った。


「待て。今どける」


 短く呼びかけると、毛玉はその場で足を止めた。ほんの一瞬だけレイノを見てから、先に問題の場所へ戻る。


 レイノは荷物を持ち上げ、入口側の定位置へ収めた。


「分かった。通路へ出たら、俺を呼ぶんだな」


 毛玉は低く「むぅ」と鳴き、今度は壁沿いの通路を横切らず、寝台のそばで丸くなった。


 数日後、広間へ複数の客を受け入れた。


「安い代わりに共同の部屋です。荷物と着替えは入口側で済ませてください。眠ったあとは壁沿いの通路を使えます」


「寝台まで荷物を持っていかなくていいのか」


「貴重な物は手元へ。大きな荷物はここです。通路へは出さないでください」


 客たちは入口側で外套を脱ぎ、荷物を分けた。奥の寝台へ進むころには、床へ散らばる物がない。


 夜中、一人が水を求めて起きた。


 壁沿いの通路を静かに歩く。箱へ足を当てる音も、寝台の枠へ触れる振動も起きなかった。扉が開いて冷気が入ったが、閉じたあと、広間の温度はゆっくりと元へ近づいていく。


 朝、レイノが広間へ入ると、入口側に置かれた上着の一枚が少しずれていた。


 手を伸ばす前に、布が床を擦るほどのわずかな動きで、決めた位置へ寄った。


「今、動いたか?」


 別の軽い籠も、通路を塞がない位置へゆっくり戻っている。


 すべてを片づけるわけではない。中身を判断して分けることも、汚れを落とすこともない。ただ、乱れていない物を定位置へ戻し、出入りで落ちた室温を穏やかに整えている。


 寝床と食事だけでなく、宿泊中の動きまで一つの流れとして広間へ蓄積されたのだ。


 客の一人が起き上がり、腕を伸ばした。


「思ったより眠れた」


「夜中の音はどうでしたか」


「誰か出ていったのは分かったが、目を開けるほどじゃなかった。荷物も踏まずに済んだ」


 別の客は通路を歩き、足元を確かめた。


「この料金なら、また使いたい。寝台を並べただけの広間とは違うな」


 レイノは奥から入口までを見渡した。


 雑然としていた広間に、眠る場所、荷物を扱う場所、夜に歩く場所ができている。二室が埋まっていても、今度はここへ複数の客を受け入れられる。


「広間が、客室になった」


 口元が緩んだ。


「しかも一人じゃない。複数人が泊まって、ちゃんと眠れた」


 レイノは入口側の荷物置き場を見て、次に寝台の間隔を確かめた。もっと増やす案ではない。この配置を崩さず、客が来る前に必要な寝具と食事を用意する方法を考えたい。


 受け入れられる人数は増えた。


 だが、いつ何人来るかは、扉が開くまで分からない。


「次は、客が着く前に分かればいいんだけどな」


 壁際では、毛玉が通路へ背を向け、満足そうに丸くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ