5-10 真天先輩と花火大会の帰り
国立公園を出て、俺たちは駅までの道を歩く。
夜はこれからが本番だと、繁華街のそこかしこから喧噪が聞こえてきた。もちろん俺たちは学生らしく、さっさと帰宅するだけ――
「唯人くん、ちょっと休憩していきませんか?」
真天先輩が交差点で歩みを止めた。
「もしかして足が痛いとか? 慣れない下駄だから」
「ん、そういうわけじゃないんですけど」
この夏だからな。喉でも渇いたのかもしれない。
いやそれはただの口実で、もう少し俺と夏休み最後のデートを続けたくなったのかも? だとしたら、いちいち聞くのは野暮だよな。
「喫茶店とか、まだやってるとこあるかな」
「行きたいのは喫茶店じゃなくてですね……ほら、こっちです」
真天先輩は俺の手を引っ張って先導した。
やがて辿り着いた先は……ちょっと妖しげなネオンが光る一角で。
「ここで休んでいきたいなって♪」
「ラ、ラブホテル街じゃないですか……!」
真天先輩は俺の反応が実に楽しそうだった。
「小説の取材にもなるじゃないですか。興味ありません?」
例によって俺をからかっているんだろう。ひとまず冷静に息を整える。
「ダメですって。遅くなったら家の人が心配するでしょ」
「実は父と母も今夜は遅くなるんです。取引先と会食があるとかで」
なんてタイミングの悪さだ。
「そ、それでもですね! 高校生の入るところじゃ――」
「あれ、さっきの子たちじゃない!」
横から声がしたかと思うと、大学生くらいのカップルと目が合った。
公園の入口で写真を撮ってもらった、あの人たちだ。
「あらまあ、先ほどはお世話になりました」
律儀に挨拶する真天先輩である。
「なになにー、花火見てたら盛り上がっちゃった感じ? あたしらもそうなんだけどね。どっちから誘ったの?」
「もちろん彼氏くんからだろ? 男だもんなぁ」
女性も男性も、ニマニマしながら俺と真天先輩を交互に見る。
「ち、違うんですって。先輩がその……とにかくそういうのじゃないですから! ラブホテル街がどういうものかちょっと見てみたかっただけですよね? ね?」
「うふふっ、この雰囲気なら彼もその気になってくれるかと思ったんですけど……」
カップルの先輩たちはクツクツと笑っている。
「彼氏くん、まだ自分たちには早いって思ってるんだ? えらいわね~」
「俺らは高校生のうちにはもう済ませたけどなぁ。ま、身持ちが固いのはいいことだ」
身持ちが固いって、普通男には言わないと思うのだけど……。
「でもこの子、すっごい可愛いじゃん? こんな恋人が積極的に誘ってくれてるんだから、そのうち応えてあげないとダメだって」
「んじゃな。仲良くやれよ~」
ふたりはラブホテル街の奥へと消えていった。俺と真天先輩はその入口に立ち止まったままで。
「あのおふたり、これから赤ちゃん作っちゃうんですね♪」
「避妊はするんじゃないですか……?」
高校生がする会話じゃない。
「真天先輩、生徒会長って立場を忘れないでくださいよ。うちの学園の生徒も近くにいるかもしれないじゃないですか」
「……そうですね。ごめんなさい、またからかうようなことをして」
「もう慣れっこですけどね。先輩だって俺が本気で応じるなんて、思ってなかったでしょう?」
「ええ、唯人くんは一度自分で言ったことは絶対に破らない人ですから。……これでわたし、バージンのまま高校最後の夏が終わっちゃいます」
真天先輩は何とも微妙な苦笑いをしていた。
「唯人くんの自制心は本当にすごいです。わたし自分で言うのもなんですけど、いいカラダしてますし……おうちに通ってる間も、さりげなくアピールしてたのに」
あの海辺の旅行で、俺と繋がりたいという正直な想いを吐露した真天先輩。
その後も俺の家で毎日通い妻をしてくれて……夏だから当然とは言え、薄着姿でいることが多かった。
正直、どれほど誓いを破ってしまおうかと思ったかわからない。
だけど俺はその度に我慢して、今が新人作家として一番大事な時期なんだからと自分に言い聞かせていた。
自分を、そして恋人を大事に思う気持ちは、決して間違いじゃないはずだ。
「真天先輩」
「はい」
「俺も、真天先輩と同じ気持ちだってことは……わかってください。ただ、まだそのタイミングじゃないってだけで」
「わかっています。唯人くんの気持ちは誰よりも。わたしが性悪なだけです」
「いや、性悪なんてことは」
「じゃあ、夏の魔力のせいということで。……ふふっ、本当に最高で、とっても熱い日々でした」
あとは速やかに駅に向かい、電車に乗り、地元に戻り、聖川家の邸宅まで彼女を送った。
インターホンを押すと、狩谷さんが出てくる。
「おふたりとも、お帰りなさいませ。今夜は遅くなるかと思っておりましたが」
「ただいま、狩谷さん。唯人くんは相変わらず紳士でしたよ」
「根性なし」
「何か言いました?」
「いえ何も。我和様、お嬢様をお送りいただきありがとうございました」
俺は真天先輩に向き直る。
「じゃあ真天先輩、これで」
「はい。次は二学期ですね」
夏休みはもう数日続くのだけど、今夜の花火大会を区切りにすることでお互い合意していた。真天先輩もあまり俺の家に入り浸りじゃ良くないと思ったのだ。彼女もいろいろやりたいことがあるだろうし。
「ああ、何日も会えないだけで、きっとわたしの胸は張り裂けてしまいます。電話やメッセージは普通にしてもいいでしょう?」
「もちろんです。いつでも大丈夫ですから」
「声は届くけど近くにはいない。そんな時間が、さらに愛情を増幅させると考えれば悪くはないですよね」
見つめ合い、また近づいていく。
「――最後に、もう一度だけ」
真天先輩はゆっくりと、俺の唇にキスをしてきた。
その熱い感触は、夏の余韻のようにいつまでも残っていた。




