5-9 真天先輩と花火大会へ④
おしゃべりしていた周りの人たちも、めいめい同じ方向を向き始める。
俺と真天先輩も彼方の夜空を見つめながら、あらためて手を繋ぎ合った。
カウントダウンのアナウンスが聞こえてきた。
「5、4、3、2、1――」
ヒュルルルルーっと、あの特有の音が聞こえてきた。
地上から高速で伸びていく、いくつもの光の尾。
十分な高さまで上り詰めて、大きく弾けた。
「うわあっ……!」
子供も大人も歓声を上げる。
赤、黄、緑、青。色とりどりの大輪の花が、この夏を締めくくるべく咲き誇っていく。
「――」
さっきまで興奮していた真天先輩は、一転して静かに夜空を見つめていた。
その代わりキュッと、恋人繋ぎした手を強くしてくる。
今、このかけがえのない時間をも繋ぎ止めたいかのように。
(まさか、こんな素敵な夏を送れたなんて……)
俺はどんどん打ち上がる花火を見つめながら、この夏の出来事を回想する。
聖川家の海辺の別荘にお泊まりして。両親に真天先輩を紹介して。生徒会のみんなに作家デビューのお祝いをしてもらって。
毎日、彼女と一緒にいた。
いつだって彼女の笑顔があって、俺を幸せにしてくれていた。それは作家業が順調であることより、ずっと大事なことだった。
きらめく花火のように、俺の心と未来は明るかった。
「真天先輩」
小声で呼びかける。
「ん――」
唇にキスをする。
みんな上を見ているから、気づく人は誰もいなかっただろう。
温かな感触はすぐに離れる。
「ほら、まだまだ続きますよ」
再び上空に目を向ける。
ハート型、スマイル型、ユニークな形の花火も上がって観客たちを沸かせた。
大気を震わせる炸裂音が心臓を高鳴らせ、血液を力強く張り巡らせていく。
「唯人くん」
小声で呼びかけられた。
「ん――」
今度は彼女から口付けしてきた。
さっきよりも、ちょっと長く。
「ふふっ……好き」
「俺も好きだ、真天先輩」
愛しい気持ちが、花火よりも大きく弾けていく。
夜空を見上げて、キスをして。俺たちは何度もそれを繰り返した。
いったい何千発の花火が打ち上がったのだろう。その間にどれほど口付けをしたのか、もうとっくにわからない。
それでもきっと、この先の長い長い人生からすれば、ほんのわずかな回数に違いなかった。
「これにて花火大会の全プログラムを終了いたします。お越しの皆様、ありがとうございました――」
花火大会終了のアナウンスが流れ、誰からともなく拍手が巻き起こる。俺と真天先輩もひそやかに両手を打ち鳴らした。
三々五々、観客たちは帰途に付こうとする。
しかし真天先輩は動かなかった。まだ余韻に浸っていたいというのが、言葉を交わさずとも伝わってくる。
ややあって、彼女は俺を見つめた。
「高校最後の夏休み、素晴らしい思い出ができました」
「……うん。そのお手伝いができてよかった」
「夢みたいです。でも夢じゃなくて」
もう花火の上がらない暗い夜でも、真天先輩の顔がよく見える。
有り余る幸福に陶酔した、可愛く艶やかな、最高の十七歳の顔だった。
「三年生に進級したとき、不安でした。少女のままでいられるのも、あと一年だって」
裕福な家庭に生まれて、ご両親の愛情をいっぱいに受けて育てられ、学校でも優秀な成績を修め続け……誰もが順風満帆な人生を歩んでいると思われていた真天先輩。
しかしAIの台頭するこの時代、彼女は将来を憂慮していた。所詮は自分もAIで替えの利く存在に過ぎないのではないかと。
「カウントダウンが始まっちゃったって。夏が来ても楽しく過ごせるだろうかって」
これからのAI社会でどう生きるべきか悩む中、真天先輩は専業主婦になりたいなんて考えを抱くようになった。
一途に愛を捧げられるパートナーを見つけ、家庭を築く。人工知能では絶対に不可能なことを成し遂げたいと夢想するようになった。
その儚い願いが、何の因果か叶ってしまって。
相手がこの俺だなんて。それこそ夏の幻のようだけど……確かな現実で。
「本当にありがとう、唯人くん。わたしに希望を与えてくれて」
「真天先輩……」
「これから何年経っても、あなたとの初めての、素敵な夏休みを思い出しますから」
「俺だって。真天先輩とのいろんなこと、一生忘れません」
「だけど、これが人生で一番の夏にはしたくないです」
浴衣に包まれた体を、また密着させてくる。
「毎年、幸せを更新するつもりで! 頑張っていきましょうね」
「はい。俺に付いてきてください」
「付いていきます、愛しの旦那さま♥」




