5-6 真天先輩と花火大会へ①
夏休みの残りの日々は、何事もなく過ぎていった。
真天先輩は毎日欠かさずうちに来て美味しい料理とコーヒーを提供してくれた。彼女がその他諸々、甲斐甲斐しいお世話をしてくれるおかげで、俺の仕事は順調そのもの。
いま力を入れているのはデビュー作『最強英雄は苦悩する』の第二巻執筆だが、筆はかつてないほど乗りに乗っており、この夏休み中には初稿を仕上げることができそうだ。
並行して行っているのが新たに書籍化が決定した『勇者は語り継がれたくない』の作業。こちらはWEB版からほとんど手直しすることなく刊行まで進めそうだ。昨日はキャラクターデザインのラフが上がってきたのだが、実力派のイラストレーターだけに俺が口を挟むことなど何もない。ラフの段階でもわかる素晴らしいクオリティにニヤニヤするばかりだ。
そしてあの生徒会PV特別編は、まだ大きな反響を呼び起こしていた。
「真天先輩、海外の人からの反応が本当にすごいですね。これとかジャパニーズミラクルなんて書かれてて」
「まさか海の向こうにまで届いちゃうなんて、予想外でした」
いつも俺たちが使っているSNSだが、元々はアメリカのサービスだ。海外ユーザーも多いのだがつい先日、ポストがユーザーそれぞれの言語に自動翻訳されるように仕様が改修された。これもAI技術の発展の賜物だ。
すると海外ユーザーが真天先輩を「発見」した。
《おい兄弟、こいつを見てみろ。今年ナンバーワンのサプライズだ》
《まるで学園アニメから出てきたみたいだな!》
《ファンになっちまったよ。課金させてくれ!》
英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語等々……彼女はワールドワイドの美貌とスタイルを持っていると俺も疑っていなかったが、とてつもない勢いでそのジャパニーズミラクルぶりが拡散されていったのである。
「このミラクルガールの次の動画を早くアップしてくれって声が殺到してますよ」
「二学期の始業式が終わったらさっそく新しい動画を撮ろうって、秋口さんがはしゃいでるんです。それでいいですか?」
「うん、ガンガン売り込んでいきましょう!」
脚光を浴びているのは俺ではなくあくまで真天先輩なのだが、それでいい。
真天先輩に注目する人の中から、俺の小説に注目してくれる人も確実に生まれている。投稿サイトのコメント欄に英文の感想が寄せられたのには驚いた。ブラウザの自動翻訳機能を使ったのだろうが、しっかり読み込んでくれたことが伝わる熱い感想だった。
「ところで唯人くんの小説って、翻訳されて向こうで刊行されたりしないんですか? 自動翻訳はありますけど完璧じゃないでしょうし」
「『最強英雄』ですけど、今回こういう反響があったからそれも視野に入れたいって早乙女さんが言ってまして。あとコミカライズも最初から日英同時展開したいとか」
「わあ、唯人くんの作品が世界に広まっていくんですね!」
「この調子で、もっと忙しくなってくれたらいいな」
専業主婦として支えてくれる真天先輩のために、俺はもっと稼がないといけない。
今は生活費を親に面倒見てもらっているが、この状況からなるべく早く脱却しなければ。そして立派に独り立ちしてみせなければ……。
執筆に集中しているうちに、夏の空が暗くなっていく。
「唯人くん、そろそろ出かける準備をしましょうか」
「そうですね。今日の仕事はここまでで」
今夜は夏休み最後のイベント、花火大会が行われる。
場所は先日の打ち上げでも行った、駅前の繁華街からほど近い国立公園だ。
しかし一番の楽しみは花火そのものより、彼女の初めて見る姿かもしれない。
「じゃあわたし、浴衣に着替えますから」
「うん、俺も着替えます」
「着替えているところ見たいですか?」
「見ませんから」
当然、別々に着替える。俺は執筆部屋で、真天先輩はリビングで。
「……よし、これでオッケー」
父さんから譲ってもらった浴衣、着付けはしっかり予習していた。なかなか決まっているのではないだろうか。
真天先輩はどんな感じだろう。素晴らしく華やかなのは決まり切っているけれど――
「唯人くん、着替え終わりましたか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そっと音を立てて――夏の妖精が入ってきた。
「うっ……おおおっ……?」
「んふっ、似合いますか?」
白をベースにした浴衣だった。そこに大きく赤い花の模様が咲き乱れて、真天先輩のルックスをこの上なく引き立てている。百花繚乱とはこのことだ。
「最高です……! 髪型も変えたんですね?」
「この簪、結構いいでしょう?」
真天先輩はいつもストレートヘアーをそのまま流すスタイルだが、お団子ヘアーになっていた。簪も鮮やかな花柄だ。
何かと日本人離れしている真天先輩だけど、今はすっかり大和撫子という雰囲気だった。また惚れ直すじゃないか。
「……ん? 真天先輩、裸足になってますけど」
「ええ、せっかくの浴衣ですし下駄を履こうと思いまして」
バッグから白木の下駄を取り出す真天先輩。鼻緒がピンク色で可愛らしい。
「へー、俺はそこまで考えてなかったですよ」
「よかったら、唯人くんも下駄にしますか? お父様からお借りしてきたんです」
もう一組の下駄が取り出される。真天先輩のと違って黒塗りの渋いデザインだ。
「なんて用意がいいんだ!」
「用意がよくてこその妻ですもの♪」
かくして完璧な夏コーデの俺と真天先輩は、いざ花火大会へと出発した。




