4-3 真天先輩と俺の両親②
父さんが、かつて小説家志望だった……?
それはまったく初耳のことだった。
「ほ、本当に?」
「といっても、大学生の四年間だけな。……当時は今よりも景気が悪かった。普通に就職しても未来はないんじゃないか、なんて青臭いことを考えた結果、創作に目覚めたんだ。もちろんそれまで小説を書いた経験なんてまったくない。唯人と比べたらスロースタートもいいところだったよ」
「どんなジャンルで書かれていたんですか?」
真天先輩も興味津々だ。
「唯人と同じだよ。ライトノベルだ」
「……ぜ、全然イメージと違う」
父さんが小説を書いていたということ自体、イメージとかけ離れているのだが。
「で、目に付く新人賞には片っ端から出したよ。当時はWEB小説なんてなかったからな。いちいちA4用紙に印刷して、紐で綴じて出版社に郵送したんだぞ」
「それって、誤字脱字が見つかったらどうするの?」
「もちろん印刷し直しだよ。それと比べると、今は本当に楽みたいだな」
「……結果はどうだったのでしょうか?」
真天先輩の問いに、父さんは自嘲気味に笑う。
「最初の一年はすべて一次落ち。二年目は二次まで行ったのが一作だけあったな。そして三年目は情けないことに、またすべて一次落ちに逆戻りだ」
「……いや、情けなくはないよ。書き上げられない人もだいぶ多いんだから」
今はネット上で気軽に投稿できるのはその通りだが、それでもコンテストの期日までに完成させられない人はかなりの数に上るのだ。
「で、その頃になると親父が言うわけだ。もう諦めて就職をちゃんと考えろって」
「四年目はどうなったの?」
「傾向と対策をしっかり考えて、これぞという一作を書き上げた。でも三次落ちだった」
「……それですっぱり、小説家は諦めた?」
「いや、就職したら親父にも文句は言われないって考えてさ。実家を出て独り立ちしてから、また自分のペースで書いていこうと思った。でも、ダメだったんだなこれが」
苦い思い出だろうに、父さんは純粋に昔を懐かしむ目をしていた。
「日々の労働で精いっぱいで、とても創作の時間は取れなかったんだ。そうして一行も書かないまま一年が過ぎ、二年が過ぎ……あ、もういいやって思ってしまった」
「……」
「父さんの才能は、所詮その程度だったわけだな。持っていた小説も指南書も、全部古本屋に売ってしまった。しっかりした社会人になれるようにって、ノンフィクションや偉人の伝記くらいしか読まなくなった。でも寂しくはなかった。この頃には母さんと出会って、別の生き甲斐を見つけていたからな」
「まあ、それは素敵ですね」
頬を緩ませる真天先輩。今度は母さんが照れている。
「お父さんが小説家を目指していたって聞いたときは……たとえもう諦めたとしても、何かひとつのことに打ち込めるっていうのは、立派なことだと思ったものよ」
「うん……立派だと思うよ」
何度挑戦してもどうしても結果が出ず、ついには筆を折ってしまう。俺もそんなWEB小説投稿者をしばしば観測している。
だけど、それでその人の価値がなんら損なわれるわけもない。
父さんは創作では芽が出なかったかもしれないけど、会社勤めを続けて、結婚して、家族を作って……その一家を養ってきたんだ。
「唯人はうちにあった本をいろいろ読んでたよな。じゃあ小説も好きになるかもって投稿サイトを教えたら、あんなにのめりこむとまでは思わなかったよ。……小説家を目指すって聞いた時は、正直複雑だったな」
「そうだったんだ。……確かに父さんも母さんも『まあ頑張れ』くらいしか言わなかった気がするけど」
「そりゃあね、下手に期待すると残念な思いをすることになるから。今は何も言わずに見守ろうって考えたのよ」
母さんは嬉しそうに唇を曲げた。
「それがまさか、高校生のうちにデビューしちゃうなんて! 一人暮らしさせた甲斐もあったみたい」
「……っ? どういうことそれ」
「今のうちに一人暮らしに慣れてほしい――唯人をうちから出したのは、それだけが理由じゃなかったんだよ。ひたすら創作に集中できる環境を与えてやりたかったんだ」
父さんがまたしても初耳のことを語り始める。
「父さんの時は、どうしても親父の目が気になってたからな。ちゃんと大学の勉強してるのか、就職は考えてるのかって、ちょくちょく言われた。まあ親としては当たり前の注意なんだけどな。だからこそ唯人には、あえて親の目の届かない環境で伸び伸びと書いてもらいたかったんだ。実際どうだった?」
「それは……うん、いつでも自分のペースで書けて助かるって思ってた」
時には徹夜でパソコンに向かったこともあった。この実家でそんなことをしていたら、父さんも母さんも絶対に口出ししてきただろう。
「でもそのためにマンションを借りて、余計な出費をしたわけだろ……? うちも別に裕福ってわけじゃないだろうに」
「そうだな。家賃に水道光熱費にネット料金に……いろいろ出費はかさんだけど、お前の将来に向けての投資だって思っていたよ」
「それで唯人は見事に作家デビューできたんだから、元は取れたわね」
「ぐすっ……本当にいいご両親に恵まれたんですね……!」
真天先輩は……涙ぐんでいた。
「わたし、感激しました。ご両親の深い愛情あってこそ、唯人くんはこんなに素晴らしい人になったんですね……!」
「ははは、そこまで言われると大げさだけど。でもそのおかげで、真天さんも遠慮なく唯人の通い妻になれたわけだ」
「そうよ~。うちに暮らしてたんじゃそんなこと無理だったわけだし。結婚の約束をするくらい仲良くはなれなかったでしょ?」
「はい、お義父様とお義母様には大感謝です……!」
真天先輩は涙を拭くと、晴れ晴れとした顔を見せた。
「おふたりが手塩にかけて育てた唯人くんは、これからはわたしが一生懸命支えますから。どうか見守っていてください!」




