4-1 真天先輩と実家へ
「……うん、こんなもんでいいか」
洗面所の鏡の前で身だしなみの最終チェックをする。衣装もデートに行くような……とまではいかなくても、こざっぱりしたものにした。
自分の家に戻るにしては妙に気合いを入れてしまったが、大事な恋人を連れていくのだから恥ずかしい格好はしていられない。
午後二時半ちょうど、インターホンが鳴った。俺は玄関のドアを開けて――
「あっ……真天先輩、制服なんですか?」
目の前に現れた愛しの彼女は、夏休み前はいつも見ていた制服姿だった。
「唯人くんもうちに来たとき制服だったでしょう? これが学生の正装だからって。わたしも同じようにしようと思って」
「なんかホッとします。その……旅行の時みたいなキャミワンピはさすがにって思ってたので」
「わたし、TPOはわきまえる女ですよ。ああいうのは唯人くんとイチャイチャする時のとっておきですから」
「うん、それじゃあ行きましょう。二十分くらいなんで」
マンションを出て歩き出す。その間も真天先輩は積極的に話を振ってくれた。
「実家に戻るのはいつぶりなんですか?」
「正月以来です。高校入学してからはその一度きりかな」
「今さらですけど、珍しいですよね。うちの学園も、実家から通える範囲でしょう?」
「本当ですよ。同じようなことをしている親は他にいないんじゃないかな」
今のうちに一人暮らしに慣れておけ――そんな理由で俺は中学卒業後、実家からそう遠くない距離のマンションで単独生活をさせられることになった。
遠方のスポーツの強豪校とか進学校とかに入学するため、親元を離れて暮らす高校生なんてのは多くいるだろう。しかしうちの学園はごくごく普通の私立高校なのだ。
改めて考えると、うちの親はずいぶん特殊なことを息子に強いているよな。
「まあ、おかげでいくら小説執筆に没頭しててもうるさくは言われませんから。俺にとっても好都合だったのは間違いないです」
「唯人くんのことを信頼しているからこそ、一人暮らしをさせているんですよ」
「料理はちゃんと覚えろって言われたんですけどね。真天先輩に出会うまでは適当に済ませてて……そのあたりもちゃんと言わないとダメかな」
「正直に言ったほうがいいと思います。で、今はわたしが通い妻になっているからご心配はいりませんって♪」
やがて、約束どおりの午後三時。久しぶりの我が家に到着した。
周りに溶け込んでいる、ごくごく普通の二階建ての一軒家だ。御殿として知られる聖川家とは比べるべくもない。
そんな平凡な家を前にして、真天先輩はワクワクソワソワしている。
「ああ、緊張してきました……!」
俺はインターホンのボタンを押した。実家なのだから無言で鍵を開けて上がってしまってもいいのだけど、きちんと手順を踏むべきだと思ったのだ。
「はーい」
母さんの声だ。……俺もちょっと緊張してきた。
「俺だけど」
「はいはい。ちょっと待ってて」
内側から解錠の音がして、ドアが開かれた。
「お帰り、唯人」
「うん、ただいま」
「……こちらが会わせたいっていう人?」
母さんの目は驚きに見開かれていた。
「初めまして。三年生で生徒会長を務めております、聖川真天と申します」
「動画で見たわよ! 生徒会の!」
「あらまあ、ご存じだったんですか?」
「だって、唯人が教えてくれてたから」
そういや俺のデビュー作に関する生徒会のPVは、両親にも共有してたんだっけ。
俺たちの関係は教えてなかったけど、もうとっくに真天先輩のことを知らせていたことになるのか。
「可愛い子が応援してくれてるのねーって、お父さんともども喜んでたんだけど……えーっ、そういうことなの?」
「うふふっ、いろいろお話しさせていただきたいです♪」
「じゃあ上がって上がって!」
正月以来の我が家に足を踏み入れた。
リビングのテーブルにはどっかりと、我が父が着席している。
「お帰り、唯人」
「ただいま。……ええと」
やっぱり緊張してるな。小説家デビューが決まったと伝えた時もこうはならなかったのに。
「お父さん! 唯人に彼女さんができたのよ!」
「母さん、まだ何も言ってないだろ」
「だってそうなんでしょ?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
「とりあえず座って! ケーキと紅茶、用意するわね」
俺と真天先輩は父さんの対面に座った。
よし、堅苦しい挨拶はさっさと済ませてしまおう。
「こちら、俺の先輩で三年生で生徒会長の、聖川真天さん。……それで、俺と付き合ってくれてる人で」
「聖川真天です。唯人くんとお付き合いさせていただいています。どうぞよろしくお願いいたします」
「初めまして。唯人の父です」
「そして母です! さあ、いっぱいおしゃべりしましょう!」
テンション高いな母さん……。




