3-8 真天先輩と旅行最後の夜
俺は椅子に座って、昼間に買った四谷多賀子のデビュー作『光点』を読んでいた。
「四谷多賀子って文章が真摯っていうか、丁寧ですね」
「もともとは教師をやっていた人ですから、読者にわかりやすく伝えるのを信条としていたようです。その点、唯人くんとも共通点があるかなって」
真天先輩は俺の読書姿を、何をするでもなく楽しそうに見つめている。
「……うん、大ヒットするだけあって序盤からすごく引きつけられます」
「わたしも家に帰ったら、久しぶりに四谷多賀子を読み返そうかな。でも他にも読みたいWEB小説がたくさんありますし……ふふっ、とっても贅沢な悩みです」
そのとき、スマホの着信音が響いた。
俺のではなく、真天先輩のからだ。
「あら、秋口さん?」
真天先輩は応答ボタンをタップした。そして俺にも聞こえるようにと音声をスピーカーに切り替える。
「もしもし?」
『もしもーし。真天、いま何してるの? あたしは絶賛受験勉強中だぜ。ちょっと気晴らしにおしゃべりしたくてさ』
そうだ、当たり前だけど多くの三年生は大学受験に臨む。夏休みの今が一番大事な時期だよな。
「わたしは旅行中です。明日には帰るんですけど」
『おー、そうなんだ。確か聖川家は海辺に別荘を持ってるとか聞いたことあるけど』
「それです。高校最後の夏休みですから、思いきりはしゃいじゃいました」
『いいよね真天は。卒業したら我和くんと結婚して専業主婦になるんでしょ? 旦那にがっぽり稼いでもらうんでしょ?』
「そうなればいいのですけど。ね、唯人くん」
いきなり俺に水を向けてくる真天先輩である。
『はっ? 我和くんがそこにいるの?』
「ええ。彼と一緒の旅行ですから。家族じゃなくて」
『ちょい待って! 我和くんのSNSでさ、旅行中って投稿してたじゃない。真天が隣にいたってこと?』
真天先輩が目配せする。話してということらしい。
「……こんばんは、秋口先輩」
『うおおっ! なんだコノヤロー、一足早い新婚旅行かよ!』
「そんなんじゃないですって」
『あはは、とにかく楽しんでるみたいね? 動物園のあの写真も笑わせてもらったよ』
例のライオンの交尾写真は百万PVとか、真天先輩を初お披露目した動画と同じくらいの数字になっていた。
『もしかしなくても我和くん、真天の水着姿見た?』
「……ええ、まあ」
『どんな水着だった? やっぱビキニ?』
「い、言えないです!」
まさかビキニでもなければワンピースでもない、あんなにきわどいヒモ同然の何かとは思わないだろう。
『えー、教えてよー。写真とか撮ってないの?』
「俺からはとても教えられないです!」
『ふーん、そんなにヤバい水着だったんだ』
ムフフと笑う声が聞こえた。
『てかさ、ふたりともさ、何がとは言わないけど……仲は進展した?』
「こらこら! セクハラですよ!」
『めっちゃオブラートに包んだのに、これでもダメなの~?』
「わたしは抱いてほしかったんですけどね? 彼ったら真面目さんだから」
「真天先輩~!」
親友を見習ってオブラートに包んでくれ!
『マジかよー。真天の水着姿を見て我慢できる男がこの世にいるの? あたしだったら襲ってるって』
「男がみんなケダモノだと思ったら大間違いですからね……!」
「でも、そんな真面目な彼がわたしは大好きなんです♥」
『おうおうごちそうさま。いやー、友達が幸せだとあたしも幸せだよ』
秋口先輩の声には、どうやら本音が込められていた。
『我和くんになら、安心して真天を任せられるよ。これからもお願いね』
「……はい。それは約束します」
『それはそうとさ、我和くんのデビュー作が発売されたら打ち上げやろうって言ったじゃん? 君のおごりでさ。だいぶ売れてるみたいだし、いいでしょ?』
そういえばそんなことを言われていたっけ。
俺のデビュー作がバズってくれたのは、生徒会が作ってくれたPVのおかげだ。そのお礼はちゃんとしないと。
「生徒会の皆さんの都合が付くなら、いつでもいいですよ」
『オッケー。また近いうちに連絡するよ。じゃ、このへんで切るね』
「はい。受験勉強頑張ってください」
通話を終える。真天先輩の頬は紅潮していた。
「打ち上げ、どこでしましょうか?」
「……このまえ真天先輩と行ったピザのお店とか?」
「ああ、それがいいですね! 楽しみにしてます」
あとはおとなしく読書を再開した。真天先輩もWEB小説を読みふけっていた。
気がつけば午後十一時。そろそろ眠くなってきた……。
「唯人くん、もう寝ましょうか」
「そうですね……」
「手を出してくれてもいいですよ?」
「出しませんから」
消灯し、ふたりしておとなしくベッドに潜る。
「ねえ、唯人くん」
「ん……?」
「とっても楽しい旅行でした。また来年も来たいですね」
「……はい。夏休みの恒例になったら嬉しいです」
真天先輩が手を握ってきた。
俺はその幸せな温かさを感じながら、穏やかに眠りについた。




