3-5 真天先輩と文豪の記念館
それから小一時間ほど残りの順路を辿って、俺たちは入場門まで戻った。
「ああ、楽しかったですね! 貴重な光景も見られましたし」
「はは……SNSの反応がものすごいことになっちゃって」
ライオンの交尾写真はすでに万バズ状態だった。何やらトレンドにも入ってしまったようで。
ともあれたくさんの動物を見られて、俺も真天先輩もすっかり満足できた。いい取材にもなったな。
「じゃあお次は……この土地ゆかりの作家の記念館ですよね? 名前を聞いてなかったですけど」
「四谷多賀子記念文学館です。唯人くんは四谷多賀子を読んだことは?」
「名前は聞いたことがあるってくらいで……結構昔の人なんですか」
「戦前生まれで、亡くなったのもわたしたちが生まれる結構前ですから、昔の人ではあるでしょうね。でもすごい功績を残した作家さんなんですよ」
狩谷さんの運転する車が動物園を出発した。目的地まではまた二十分程度とのこと。
俺はその間にスマホで四谷多賀子の来歴を調べてみた。
「へえ、公募でデビューした人なんだ。しかも一千万円の懸賞?」
「日本もそれくらい景気のいい時代があったってことですよね。その賞はプロアマ問わずの募集だったんですけど、純粋なアマチュアだった四谷が、並み居るプロを退けて一等入選したんです。当時はものすごく話題になったみたいで」
「俺もプロアマ不問のコンテストからデビューできましたけど……よっぽど完成度が高かったんだろうな」
実際、そのデビュー作『光点』は大ヒットを記録したとある。テレビドラマ、映画、舞台にもなり『光点』ブームを巻き起こしたのだとか。
デビュー作にして生涯の代表作……うらやましいな。
「真天先輩はこの人の作品、だいたい読んでるんですか?」
「亡くなったおじいさまがファンだったそうで、本棚にあったんです。それで小学生のうちには読んでましたね」
やがて車は記念館に到着した。
その二階建ての建物は樹木生い茂る閑静な場所にあり、周囲が清浄な空気に満たされているようだった。
入館料金を払って中に入る。学生料金でかなりお得だった。
まずは一階の常設展を見て回る。四谷多賀子の経歴・著作紹介をはじめ、写真、直筆原稿、同人誌、新聞の切り抜きといった資料がずらっと壁やケースに展示されていた。
「当然ですけど、この時代は原稿用紙に書いてるんですよね」
「原稿用紙に書く、か。俺はとても無理だな……」
「でもデジタルデータでないからこそ、今もこうして現物として残ってるわけですよね」
「ああ……言われてみれば。そう考えると、今はなんか失われたものがあるって感じがします」
俺はメモやプロットもパソコンのテキストファイルに書くタイプだ。プリントアウトはできるけど、原稿用紙の手書きと比べるとどこか味気ないだろう。そしていつでもデータの破損で失われるリスクがある。
もちろん目の前にあるような実物の資料だって、火事や天災でもあれば消失する可能性はある。
しかしデジタルではない、AIではない仕事。そのほうがむしろ、こうして後世に残る可能性は高いのではないか。
常設展を一通り見終わった。二階には企画展があるようだが、その前に……。
「唯人くん、ショップもありますけどどうします?」
「いろいろ小説を買おうと思ったところで。ちょっと待っててください」
ショップには穏やかな雰囲気の店員さんが立っていた。文庫本を何冊かレジに持っていく。
「学生さんですか?」
「はい。高校二年生で」
「四谷もきっと天国で喜んでいますよ。何十年経っても若い人に読まれることに」
遠い未来、俺が死んだ何十年後も、誰かが俺の小説を読んでくれるだろうか。そんな想像をするのだった。




