3-3 真天先輩と交尾
猛獣エリアに足を踏み入れる。まず見えてきたのは……。
「おおっ、トラだ! でっかい……!」
黄色と黒の縞模様を揺らしながら、のっしのっしと歩いている。
トラはアジアでは太古の昔から、龍と並ぶ強者だ。ファンタジーの生物である龍とライバル関係っていうのがすごいよな。
「トラは強いだけじゃなくて、文学作品にも多く出てますよね」
「中島敦の『山月記』とか? 真天先輩も中学で習いましたか」
「ええ、初めて読んだ時はすごい着想だなって感激しました」
詩人を目指していた男がやがて挫折し、臆病な自尊心と尊大な羞恥心から虎になってしまう。今で言う意識高い系のエリートが凋落してしまった様を描いた、哀愁の短編だ。
「人間は驕り高ぶらないで、努力を忘れちゃいけない。どんなに強く見えても人間性を忘れて獣になってはいけない……ってことを言ってるんですよね。俺も作家デビューできたからって、そういう気持ちをずっと忘れないようにしないと」
「唯人くんは大丈夫ですよ。わたしが保証します」
俺は改めてトラを見た。『山月記』では人間性の欠如として描かれた獣だが――それはそれとして、やはりカッコいい。
俺はまた写真を撮ってSNSに共有した。さっき投稿した写真の反応も確認する。
《動物園イイネ!》
《動物園なんてもう十年以上行ってないな。俺も行きたくなってきたな》
《もっと写真待ってます!》
よし、お次は――
「百獣の王、ライオン!」
勇壮なたてがみを持つ、誇り高きフォルム。
トラは純然たるファイターの趣があるけれど、ライオンはその異名通り、王という風格を感じさせる。
「くうっ、感動だ……!」
檻の中には雄ライオンと雌ライオンの二匹がいるが、雄のカッコよさは段違いだ。
「パパ、ママ、見て! ライオンさんすごーい!」
近くにいた男の子が、それは嬉しそうにはしゃいでいる。
それを見て真天先輩がニコニコする。
「唯人くん、あの子と同じくらい目がキラキラしてます」
「子供っぽいって言ってくれていいですよ」
しかしそれでいいのだ。この圧倒的野生を前にしては、ただ純粋に感動するのが正解じゃないか。
「ところで唯人くん、ライオンとトラってどっちが強いんでしょう?」
「んー、どうだろ。ちょっと調べてみますね」
スマホで調べてみる。こういうのもAIでパッと教えてくれるから楽だよな。
「えーっと……トラの方が体重とパワーがあるから強いって意見が一般的らしいです。そうなんだ……」
「それでも百獣の王と呼ばれるのは、いろんな理由があるんでしょうね」
「うん。ライオンの偉大さは永遠で――」
そのとき、雄が雌にゆったりと近づいていった。
そして、四つん這いになっている雌に後ろからまたがって……?
「んなっ……?」
「あらあらまあ……♪」
クイクイと腰を前後に動かす雄ライオン。
こ、交尾を始めやがった……! なんてタイミングだよ!
「ねえママー、あれは何をしてるのー?」
さっきの子供が無邪気に母親に聞いている。
「な、何をしてるのかしらねー。ママちょっとわからないわー」
パシャパシャと立て続けに音が鳴る。珍しい光景をスマホに収めようという人が大勢だ。
「わたしも写真撮っちゃお♪」
真天先輩も喜色満面の笑みで写真撮影していく。
「唯人くんは撮らないんですか?」
「……ま、まあせっかくだし」
もう二度とこんな機会はないと思うと、俺も誘惑に逆らえなかった。
俺が写真撮影したそのタイミングで、雄は雌の体から離れていった。何事もなかったかのように悠然と。
「あら……もう終わっちゃいましたね」
「真天先輩、なんで残念そうな顔をしてるんですか」
「ちょっと調べてみます。発情期のライオンの交尾時間はどれくらいなのか」
謎の情熱で調査する真天先輩である。
「平均で二〇秒くらいなんですって」
「へ、へえ……短いな」
「その代わり一日に何十回もするんですって。多ければ百回も!」
「ひゃ、ひゃく……?」
「でもこれは雄がすごいというより、雌がそれほど要求するからだそうです♪ 素晴らしいリードぶりですね」
新しい知識を得た真天先輩の顔は、妙にキラキラとしていた。
「……そうだ、写真をSNSに上げたら受けるかな」
アップすると、速攻でリプライが殺到した。
《やべえw》
《なにアップしてんのwww》
《交尾に興味津々のお年頃だね~》
リポストもいいねもどんどん付いてくる。フォロワーがまた増えてくれそうだ。
「でも唯人くん、交尾って命の営みですからね。決していやらしいものじゃないですから」
「う、うん。それはもちろんわかってます」
そこに余計な感情を持ってしまうのは人間だけなのだ。
と、真天先輩は他の人に聞こえないように、そっと耳打ちしてくる。
「唯人くんも交尾、シたくなりました?」
「なりませんから!」




