2-10 真天先輩の俺への感謝
部屋に戻ってからは、ベッドに腰かけながらスマホで投稿サイトを閲覧していた。
「おっ……またラブコメで書籍化決定か」
ここのところよく読んでいるラブコメがあったのだが、相当に人気を集めていた。書籍化するかもと思っていたけど、その通りになったな。
「ライバルはどんどん出てくるんだ。立ち止まっちゃいられない……」
俺は幸いにも作家デビューを果たせた。しかし気を抜いたら、あっという間に後続に置いていかれてしまう。
この旅行が終わったら、また気合いを入れてバンバン書いていかなければ。あと完全新作のプロットも作ろうかな……。
「はあ、体がほぐれました」
真天先輩が戻ってきた。
胸元を大きく盛り上げるバスローブ。しっとり艶めく黒髪……昼間の逆バニーや裸エプロンと比べればまったく露出がないのに、隠しようもない色気が漂っている。
「まだ寝るには早いですよね。何をしてましょうか?」
「俺はWEB小説を読んでますよ」
恋人の悩ましい夜の姿から目を逸らす。
「じゃあ、わたしもそうします」
真天先輩も俺の隣に座ってスマホをいじり始めた。ずいぶん密着してくる。
何か上質な化粧水でも使っているのだろうか。ふわりといい香りがして……。
「わたし、少し前からこれを読んでるんです」
「……『モブキャラだった俺が男激減の貞操逆転世界でモテキャラに?』ですか」
最近、男女の人口比が著しく偏っている世界観のラブコメが流行している。男性が1に対して女性が100とか1000とか。
その世界では男性が貞淑で女性が開放的――はっきり言うとエロい――という貞操逆転世界になっているのが定番だ。
「これは読んでなかったんですけど、面白いんですか?」
「特徴がなくて自信もなくて、でも人のいい主人公の男の子が、男性が希少な世界に突然転生して――あとはストレスフリーでどんどん女の子たちと仲良くなって。ラブコメはこうでなくちゃって感じです」
「ハーレムものか……俺にはとても書ける気がしないな。書ける人はすごいと思いますよ」
真天先輩は穏やかな顔つきでスマホの画面を見つめている。
「それにしても男性が激減って、そんな社会はそもそも成り立たないんじゃないかって思ったりしますけど……面白いですよね。周りは女性ばかり。これが男性の夢なんでしょうか」
「うん……ハーレムものは昔から漫画やアニメでも人気みたいですし」
と、真天先輩がさらに密着してくる。
「こういう小説って、少子化問題に着想を得ているらしいですよ? 男が減って大変だ、たくさん子供を作らなくちゃ――ってストーリーを作りやすいんだとか」
「そ、そうなんですか」
「どこかでそんな分析を読んだんです。正しいかどうかは知りませんけど、的外れでもないんじゃないかなって。エンタメって、現実の問題を取り入れることもあるでしょう? とにかく今の世相に合ってるんですよ」
彼女のいい匂いが、もっと強まった気がした。
「わたしも、少子化の解決に少しでも貢献したいなあって♥」
「……真面目なこと言うと、一個人の努力でどうにかなることじゃないと思いますよ?」
「それはそれです。わたしはそういう気で頑張りたいなって話です」
真天先輩はそれ以上は攻めてこず、自分の読書を淡々と進めていった。
俺も雑念は振り払い、黙ってスマホに集中する。
そのうちに、午後十時を回った。だんだんと眠気が忍び寄ってくる……。
「唯人くん、そろそろ寝ましょうか」
「うん。明日は外出ですし、ちゃんと寝ておかないと」
「寝かせてくれないのも大歓迎ですよ?」
「はいはい、もう明かり消しますよ」
電灯をオフにして、揃って羽毛布団の中に潜った。今度はあまり密着はしないで。
「ねえ、唯人くん」
「ん……」
「わたし、この旅行中に唯人くんと結ばれたら素敵だなって思ってました。でも唯人くんはとっても真面目だから……わたしが学園を卒業するまでは手を出してこないんだろうなとも予想していて」
ラブコメ小説だと、学生のうちに一線を越えてしまうような描写も多い。
いや、この現実でも夏休みに……というカップルは全国に大勢いるはずだ。
そこまで俺は踏み切れない。でも、男として臆病だとは思わない。
「唯人くん……わたしを大事にしてくれて、ありがとうございます」
真天先輩の声には、偽りのない本音が滲み出ていた。
「さっきも狩谷さんに同じようなことを言われましたよ」
「そうだったんですか。狩谷さんも両親から怒られずに済みそうです。……それにしてもわたしのエッチなアピール、無駄になっちゃいましたね。かなり勇気出したんですが」
「む、無駄ってこともないです……俺を喜ばせようと思う気持ちは、すごく嬉しかったですから」
「ふふっ……唯人くんの溜まりに溜まった感情が、ドーンと爆発する日が楽しみです」
俺を信頼してくれているからこそ、隙あらばからかってくる真天先輩。
そんな年上彼女をあらためて愛しく感じながら、俺はゆるやかな眠りについた。




