2-8 真天先輩と結婚行進曲
狩谷さんはそれで夕食の仕込みのために戻り、再びふたりきりになった。
「今から準備してるなんて、今夜も豪華な夕食になるのかな」
「どんなメニューかは聞いてますけど、楽しみにしててくださいね。わたしも夕方になったらキッチンに向かいますが、それまでは遊んでいましょう」
さっきまでトランプで散々だった。勝負事は今日はもうやめにしたい。
「……そうだ、またレコードを聴いてみたいな」
「いろいろありますよ! どれをかけましょうか」
真天先輩の目が輝いている。好きなものを語る時の目だ。
「真天先輩って音楽も好きなんですね?」
「一番好きなのはクラシックなんです。父からいろいろ教わりまして……ひいおじいさまの代からのレコードが家にたくさんあるんです」
それでこの別荘にも立派なオーディオセットを作ったわけか。
「渋いなあ。俺はクラシックなんて全然ですよ」
「でも、どこかで聴いたことのある曲も多いはずですよ。たとえば……」
真天先輩は棚に大量に収められている中から一枚を抜き出し、プレイヤーにセットした。
「レコードのかけ方はこうです。そーっと優しく針を下ろして……」
ややあって、天井のスピーカーから景気のいい音が降ってきた。
「あっ、これ知ってます!」
「モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』です。ドイツ語で小さな夜の曲という意味ですね」
テレビCMとかでも聞くけど、タイトルは知らなかった。というか俺がタイトルを知ってるクラシック曲なんてたぶん一曲もないな。
しばらくすると、曲調がガラッと変わった。
「あれ、まだ続くんですか」
「この曲は第一楽章から第四楽章まであって、第一楽章が一番有名なわけです」
俺と真天先輩はあとはもう何も口にせず、何百年と聞かれ続けてきたオーケストラに耳を傾けた。
レコードの再生が終わると、ホッと息をつく。
「ああ……なんかいいですね。上手く言えないんですけど」
「クラシックは動画サイトでいくらでも聞ける時代です。それでもわざわざこうやって、レトロな機器で聞くというのが……うん、いいですよね」
真天先輩は次のレコードを棚から取り出した。
「実はこれ、唯人くんとぜひ聞きたいなって前から思っていて」
「それも有名な曲ですか?」
「ええ、すっごく」
再びレコードの針が下ろされ、演奏が始まった。
パパパパーッ、パパパパーッ……。
「っ……! これは」
「メンデルスゾーンの『結婚行進曲』です♪」
以前、親戚の結婚式に参列したことがある。その時にも流れていた。そうか、そのままのタイトルなんだな。
未来は大きく明るい希望に満ち、黄金色に輝いている、そう思わずにはいられない音色の奔流……。
「自分が結婚する時は、絶対にこれをかけてもらいたいって思ってて……」
「……うん。俺もこれがいいです」
想像する。まばゆいばかりに純白のウェディングドレスに身を包んだ真天先輩を。その隣に立つ俺自身を。
そしてその日は……決して遠い未来のことじゃないはずだ。
「唯人くんには結婚式の資金、今のうちから貯めてくれませんと」
「はは……頑張って稼ぎます」
曲は五分程度で終わりを迎えた。
しかし、そのわずかな時間だけで幸せな気持ちになれた。
「次は何にしましょうか。ベートーベンにシューベルトもありますよ」
「お任せします。それにしても、俺ひとりじゃクラシックを聞こうなんて思わなかったです。でも真天先輩となら楽しく聞けそうで。これからもいっぱい教えてください」
「そう言ってもらえると嬉しいです。WEB小説もそうでしたけど、クラシックが趣味って子は周りに全然いませんでしたから」
真天先輩が好きなことは、俺も何でも知りたい。そう思うのだった。




