2-2 真天先輩とエロゲ転生もの談義
ますます心臓がバクバクしてきた。
こんなにも綺麗な笑顔を見せてくれる、学園一の美少女が、これから週末になる度に俺の家に通ってくれる……。
「では話が決まったところで、よかったらおかずを交換しませんか?」
真天先輩は俺の弁当箱を覗き込んでいた。
「はあ、こっちはろくなものがないですけど」
「焼き魚、まだ手を付けてないから半分どうですか? これも高たんぱく質のはずですよね」
「ですね。まあ俺は魚を料理することがないんですけど。少し面倒だなって」
「わたしはブロッコリーが欲しいです。そういうイメージはなかったですけど、これにもたんぱく質があるんですね?」
「はい。ブロッコリーは野菜の中でも特にたんぱく質が含まれているらしくて」
それとビタミンCなんかも豊富で、免疫力向上や美肌効果もあるそうだ。真天先輩のような女性にもたくさん食べてもらいたい野菜だな。
俺は焼き魚を半分分けてもらい、真天先輩にたっぷり蕾の付いたブロッコリーを差し出した。
「いただきまーす……はむっ」
真天先輩は律儀にそう言ってから、ブロッコリーをそっと口に運んだ。
「んっ……ちょうどいい柔らかさです。それにほんのり甘くて」
「俺も最初は驚いたんです。そのままでもわりと食べられるっていうのは」
「これ、ただ茹でただけでしょうか?」
「茹でたんじゃなくてフライパンで蒸したんです。お湯で茹でると結構栄養が流出しちゃうそうで」
「唯人くん、栄養のためにいっぱい勉強してるんですね!」
「全部ネットの受け売りですけどね」
俺も真天先輩の焼き魚を口にする。
身が口の中であっさりとほぐれていく。噛みしめると、塩控えめだが凝縮された旨味が口いっぱいに広がる。気がつけば、あっという間に全部が喉の中を通っていった。
「美味いっす。俺には無理だなこんな焼き魚を作るの」
「それでいいと思いますよ。近くに作ってくれる人がいるなら」
お互い同時に食べ終えた。弁当箱を片付けて一息ついていると。
「それでですね、これからは自分のお弁当は自分で作ろうかなって」
「どうしてですか?」
「もっとお料理、上手になりたいですから。それで……ぜひ唯人くんのお弁当も作らせてくれませんか?」
出会って以来、もう何度目かの衝撃発言である。
「……マジですか?」
「マジです。週末だけお世話するのは寂しいって思ってましたし」
ニコニコと笑みを向けてくる真天先輩。
こんなことがあっていいのだろうか? 書籍化デビューする学生は少なくないが、こんな思いができるのはこの世で俺ひとりだけでは? 俺は前世で何か徳を積んでしまったのだろうか?
「ね、願ってもないです! ぜひよろしくお願いします!」
「お願いされました♪ じゃあさっそく明日からわたしが作ってきますね!」
明日が来るのが、今のうちから楽しみになってきた。
さて、昼休みはもう少し残っている。もちろんさっさと教室に戻るなんて選択肢はあり得ない。彼女も同じ事を思ってくれたようで話題を振ってくる。
「昨日、こんな小説を読んだんです」
おずおずと、自分のスマホの画面を見せてくれる。
そこに表示されているタイトルは――『エロゲの世界に転生したらシリアス世界観がイチャイチャハーレムものになっていたんだが?』。
「ちょっ? こんなの読んでるんですか」
「だって、ラブコメのランキングに入っていたから。人気があるってことですよね」
真天先輩は恥ずかしそうにしながらも、ちょっと楽しそうだ。
エロゲなるものは、一応知識としてだけ頭にある。十八歳以上のオトナ向けの、性描写のあるゲームだ。俺が主戦場としている異世界ファンタジーものも数多いと聞く。もちろんプレイしたことはない。神様仏様に誓って本当だ。
「実際読んでみたら、確かに面白くて。原作ゲームと全然違う展開になって驚いている主人公が、何だかんだ順応しちゃってヒロインたちと仲を深めていく過程が」
「ふ、ふーん。知らない作品でしたけど、ちょっと読んでみようかな……」
「調べてみたんですけど、エロゲ転生ものって結構多いみたいですね?」
「ああ、一部の層に受けてるというか」
コンテストで受賞して書籍化して、短期間のうちに重版という作品さえあるのだ。エッチなものは扱いが難しいが、注目は集めやすくなる。
「エロゲって十八歳未満は禁止なんですよね。でもこういう形なら、普通に投稿サイトで読めちゃって」
「うーん、要するに直接的な描写がなければいいわけだから……センシティブなイラストもないわけだし」
「エロゲって、もう字面が強いですよね。ランキングで目立つのも当然というか」
エロゲエロゲ連呼する真天先輩。他の生徒会役員が聞いたら卒倒しそうだ。
「……唯人くんは、エッチなのは書かないんですか?」
「か、書きませんよ! 今までだって一度も書いたことないの、知ってるでしょう」
「そうですよね。そういうシーンがチラッとでも出たことないですよね。そこに以前から好感を持っていたんですけど」
俺は自分で言うのもなんだけど、硬派な作風だと思っている。……色恋なんてそれこそ漫画や小説でしか知らなくて、まるっきり実体験がないから書きようがないというのもある。
それを言ったら異世界ファンタジーだって経験しようがないから書けない? それとこれとは別だ。ラブコメなんて、ましてエッチなシーンなんて恥ずかしいから書けないのだ。言わせないでほしい。
「でも唯人くんも、これからプロの作家になるという身なんです。執筆のジャンルは広げた方がいいと思うんですよ」
真天先輩はまたニコニコしている。
「それはまあ……俺も思ってますけど。異世界ファンタジー一本槍じゃなくて。いやエッチなのは書きませんよ?」
「自信がないんですか? じゃあ、わたしがお手伝いしましょうか?」
「はいぃっ?」
「執筆活動のサポートには、そういうことも含まれてますから」
ズズッと、椅子を近づけさせてくる。
「女の子の肌の柔らかさは、どんな感じなのか確かめるとか……小説は取材が大切なんでしょう? 遠慮しなくていいんですよ」
ランチを食べたばかりの脂っぽい唇から、甘い言葉が繰り出される。
視線を下ろす。俺はつい、その距離感バグってる膨らみの内側を想像してしまった。
ダメだ、いけない。そんな邪な感情を向けてしまっては。
「……冗談はやめてくださいよ」
「うふふっ、ごめんなさい。なるほど、年下の男の子をからかうのってこういう感じなんですね。常用はちょっと危険かもです」




