2-1 真天先輩へのお返事
「それじゃあこの問題を……我和!」
「……」
「おーい、我和?」
「は、はい? なんですか?」
「この問題を解いてもらいたいんだけど……もしかして小説のことを考えていたのか? 授業中は勉強に集中しような」
クスクスと笑いが漏れる。授業中に小説のことを考えるなんてしょっちゅうの俺だけど、ここまで上の空になることはなかった。
この月曜日。俺は登校してからずっと、ボンヤリと真天先輩のことを考えていた。
昨日一昨日で俺はかつてないパフォーマンスを発揮できた。土曜日に一万字、日曜日には一万五千字の執筆。もちろん細かい部分はあとで推敲して直すとしても、信じられないほどの速度で書き進められた。
理由はひとつしかなかった。手料理を振る舞ってくれた真天先輩のおかげだ。日曜日なんて先輩本人はいなかったけど、彼女が存在したその余韻だけでやる気がモリモリ湧いていた。
どうするべきか一度じっくりと考えたい。あのときそう言って真天先輩を半ば強引に帰してしまったけれど……考えれば考えるほど、あの経験をもう一度、いや何度でもという結論が導かれてしまう。
(真天先輩が側にいてくれたら、俺はもっと高みを目指せるのでは……!)
昼休みになった。
まずは腹ごしらえをしよう。弁当箱を取り出したところで、廊下がざわついているのに気づいた。
「お、おい我和! お客さんだぞ」
そんな声をかけられ、入口のほうを見やる。
「唯人くーん♪」
椅子から転げ落ちそうになった。
花屋に置いてある中でも一番可憐な花。そんな存在感を放ちながら、真天先輩が俺に笑顔を向けながら手を振っていた。
俺は慌てながら廊下に出た。みんな何事かと視線を浴びせまくってくる。
「ど、どうしたんですか?」
「先日のお返事、早く聞きたくて押しかけちゃいました」
俺の執筆活動をサポートする件だ。もちろん周りに大勢いる中でそんなことは口に出せない。
「それと唯人くんのお昼ごはんが気になって。お弁当でしょうか?」
「ええ、弁当です。これから食べるところだったんですけど」
真天先輩は手にしていた包みを掲げてみせる。
「わたしもお弁当です。よろしければ生徒会室で一緒に食べませんか?」
「ええっ?」
「どなたかとお約束でもあるなら引き下がりますが」
「い、いえ、そんなのないです」
いったん自分の席に戻って弁当箱を手に取る。すかさず男子どもが取り囲んできた。
「どういうことだタダヒト先生? なんで聖川先輩が」
「先日のお返事がどうこうって聞こえたぞ。まさかお前」
「ここ、告白でもされたか?」
好き勝手な言葉が飛び交い、女子までがキャーキャー騒ぎ始める。高校生離れした美貌とスタイルを持つ真天先輩は、同性間でも人気が高いのだ。
「そんなんじゃないから! どいてくれ」
横に並ぶなどあまりに恐れ多い。俺は真天先輩の後ろを三歩ばかり離れて付いていった。その間もあちこちから視線が飛んできては突き刺さった。
生徒会室に到着する。中には誰もおらず、この部屋だけが喧噪から切り離されているかのようだった。
「……誰か来たりしませんか?」
「大丈夫、役員が集まるのは放課後だけです。そうじゃなきゃこうやってお誘いしませんよ。どうぞわたしの隣に」
真天先輩が適当な席に着く。俺は言われたとおり隣に腰を下ろした。
「じゃあ、食べながらお話ししましょうか」
真天先輩が包みの結び目を解き、可愛らしいピンク色の弁当箱を広げる。
小さな丸形のおにぎりが主食で、メインのおかずは焼き魚。副菜は卵焼きと、ベーコンを散りばめたほうれん草のおひたしだ。
「唯人くんのは、どんな感じですか?」
「……こんなんです」
銀一色、無骨なアルミ製の弁当箱を開く。
まず目に入るのは目玉焼き。ベーコンを敷いたりなどせず、塩やコショウもかけていない、本当にただの目玉焼きだ。
その下に蒸したブロッコリーと、パックのサラダチキンを切り分けたのをなんの工夫もなく詰め込んでいる。
「ご覧の三品だけです」
「このまえ冷蔵庫で見た、たんぱく質重視の食材ですね。……ひょっとして毎日これで?」
「サラダチキンの種類を変えるくらいですね。悩まずに済みます」
日々の食事にいちいち悩まない、というのは大事だ。時間を節約できるし、思考のリソースを奪われることもない。
「真天先輩も、ご自分で?」
「いえ、先日も話したうちのメイド……狩谷さんっていうんですけど、毎日作ってもらっています。このまんまるおにぎり、可愛いと思いませんか?」
ひとまず食事を進めていく。うむ、今日も変わらぬ味だ。
「それで唯人くん……考えてくれたでしょうか」
「ん……」
「ご迷惑というのなら、もう何も言いません。こうやってお昼にお誘いするのも、これっきりにします。離れたところからそっと応援するだけに留めます……」
あくまでも俺の意思を尊重するという姿勢の真天先輩。
決定権が俺にあるというのは、それは当然の話だ。
だけど……妙に新鮮な気持ちもする。主人公の意思ガン無視で迫りまくるヒロイン、なんてラブコメを最近よく読んでいるせいだろうか。
少し不安げに俺を見つめる真天先輩のいじらしさに、単純な俺の心臓はドクンと高鳴り、口から飛び出てしまいそうだった。
「じ、実は土日……すごく調子よく書けたんです」
「まあ、そうだったんですか?」
「それはやっぱり……真天先輩のおかげかなって。あの料理、本当に美味しくて」
「まあ、まあ!」
「これからも週末、あんな時間を過ごせるなら……嬉しいって思ってて」
「まあまあまあ! それでは?」
俺は意を決して彼女を見据えた。首筋がすごく熱い。頬はだいぶ赤くなっているかもしれない。
「お、俺の執筆活動のサポート……ぜひ、よろしくお願いします!」
「はいっ! やったやったぁ♪」
子供のように上半身を揺らしてはしゃぐ真天先輩。その見事なモノがたゆんたゆんと揺れていた。




