1-5 真天先輩と娼婦風スパゲッティ
部屋に荷物を置いたあとは一階に戻り、リビング、食堂、キッチン、浴場と一通り回った。遊戯室なんてのもあって、ビリヤードやチェスを楽しむことができるようだった。気が向いたら試してみようかな。
アンティークな柱時計を見ると、ちょうど午前十一時。狩谷さんが言った。
「それでは昼食の準備に入らせていただきます。お嬢様もよろしくお願いいたします」
「唯人くん、少し待っててくださいね。腕によりをかけて作りますから」
「じゃあ俺は……リビングでのんびりしています」
ひとりきりになり、再びリビングに移動する。
とりあえずはソファに腰かける。ものすごくふかふかだ。いくらするんだろうとか思ってしまった。
「はああ……」
ボンヤリと息を吐く。
朝から刺激的この上なかった。真天先輩は元から結構グイグイ来る人だったけど、夏休みに入ってから拍車がかかっている。
原因はやはり、俺の作家生活がいいスタートを切ったからだろう。彼女の両親と交わした約束を早々にクリアして、将来結婚することを認められた。
もちろんこれで一生安泰なんてことはあるわけないのだが、人生序盤の大きなハードルを乗り越えたことは確かだ。真天先輩としては心から安堵していることだろう……。
「暇だな……どうしようか」
リビングにはテレビがあったので付けてみたが、夏休みの午前では特に見たい番組もなかった。さっさとスイッチをオフにする。
「そうだ、旅行中だってSNSに投稿しちゃおうか」
ポケットからスマホを取り出し、SNSのアプリを起動する。
《学校が夏休みに入ったので旅行に来てます》
メッセージを打ち込み、出窓から見える爽やかな海の景色の写真に収めて添付。そして送信。
すると数分も経たないうちに、いいねやリプライやリポストが舞い込んだ。
《綺麗な海だね~!》
《学生さん、今のうちに夏休みを満喫しなよ》
《デビュー作も発売してホッとしてるところですよね。のんびりしてください》
反応はどんどん増えていく。真天先輩と共演したPV効果も手伝って、俺のアカウントのフォロワーは軽く一万を超えるようになったのだ。ちなみに学園の生徒会アカウントはその数倍である。
《旅行ってもしかして先輩と?》
そんなポストも目に付いた。この類の書き込みはこれが初めてじゃない。
当然だが、俺と真天先輩の本当の関係はSNSでは明かしていない。何度か動画を公開してきたが、あくまでただの先輩後輩という間柄で通している。
それでもこういうポストが来ることは……まあ仕方がないかと思っている。真天先輩は動画内では可能なかぎり俺への個人的感情を抑えているが、見直してみるといろいろ滲み出てしまうものがあるのだ。
この件について、事情を知っている担当編集者の早乙女さんはこう言っていた。
『噂をわざわざ否定することはないと思うっスよ。そう遠くない未来、しかるべきタイミングで結婚発表すれば、やっぱりなと大盛り上がり間違いなしっス。ご祝儀でまた本がたくさん売れるはず!』
これは話半分に聞いておくとして……。
俺はまだ学生だけど、プロ作家デビューしたからには立派な社会人の一員。自分から余計なことは言わないに越したことはない。真天先輩との平穏な生活のためにも。
それからエゴサーチしたり気になるネット小説を読んでいるうちに、狩谷さんが顔を出した。
「お食事の準備が整いました」
「わかりました!」
真天先輩と狩谷さんはいったい何を作ってくれたのだろう。俺はワクワク気分で食堂に足を運んだ。
皺ひとつない真っ白なテーブルクロス。その上に情熱的な赤い料理があった。表面にはパラパラと白い粉がかけられている。サイドメニューとして用意されているのはバターロールとコーンポタージュだ。
「スパゲッティですか。トマトベースの……なんていうんです?」
「娼婦風スパゲッティです♪」
真天先輩はあっけらかんと言った。
「しょ、娼婦風……?」
「正式名称はプッタネスカ。イタリアでは定番の、肉や魚介類は使用しないパスタです」
狩谷さんがメガネクイッしながら説明してくれる。
オリーブ、アンチョビ、ケッパーといった塩気と酸味の強い具材がメインで、粉チーズの代わりにパン粉を振りかけているらしい。
「どうして娼婦風なんて名前が?」
娼婦というのは……要するにエッチなことをして男性客を取る女性のことだ。日常生活ではまず使わない言葉だが。
「諸説ございます。忙しい娼婦が手早く作ったから、娼婦がこれでお客をもてなしたから……はたまた娼婦自身のように刺激的だから」
俺は真天先輩に視線を向ける。キャミワンピから大胆にせり出す胸の谷間を少し強調しているように見えた。
「今日のランチはこれだって聞かされて、わたしもビックリしちゃいました♪ しっかり教わりながら作ったので、美味しくできたと思いますよ」
「う、うん。美味しそうです」
ドキドキしながら着席する。真天先輩は向かいに座り、声をかけた。
「それでは、いただきます」
「いただきます……」
赤味を帯びたパスタをフォークでゆっくりと絡め取り、口に運ぶ。
その瞬間、絶妙な辛みが口内粘膜を撫でていった。
「っ……! こ、これはピリッとくる……! でも美味い!」
「ん~っ! 胃がほどよく刺激されますね。逆にお腹が空いちゃいそうです」
その通りだ。食べているのにむしろ空腹が加速するという矛盾。
どんどん食べたいけれど辛いから、急いで口には運べない。バランスよくバターロールとコーンポタージュを挟みつつ、じっくりと味わって食べていった。
料理名には驚いたけど、本当に美味しい。俺以上に真天先輩は満足そうで。
「娼婦のように刺激的に……」
「真天先輩?」
「何でもないですよ。うふふっ♪」




