エピローグ 真天先輩と歩む道
「わあっ、本当に唯人くんの本が……! しかも平積みですよ!」
俺と真天先輩は地元から数駅の大型書店を訪れていた。ゴールデンウィークのデート以来だ。
俺たちの学園は今日から夏休みに入っている。そしてちょうど本日が俺のデビュー作の発売日だった。
当日になったら店頭で売られているのを一緒に確かめよう――前から決めていたことだったので、終業式のあとは家にも戻らず、すぐに電車に乗って駆けつけたわけである。
「じゃあ、一冊買っちゃいますね」
「えっ? 真天先輩にはプレゼントしたじゃないですか」
本が完成すると発売日前に、著者用に何冊か出版社から送られてくるのだ。彼女にはそのうちの一冊をすでに渡していたのだが……。
「これは保存用ですよ」
「あ、なるほど」
「しっかりカバーをかけてもらって、大事にしまっておかなきゃ。うふふっ♪」
そこへ、俺と同年代の男子が近づいて声をかけてきた。
「あの、もしかしてタダヒトさん?」
「はい、そうですけど」
「生徒会の動画いつも見てます! 『最強英雄は苦悩する』を買いに来たんですけど、まさか本人がいるなんて!」
「あ、ありがとうございます……!」
俺の胸に感動の嵐が巻き起こっていた。
俺の本を買ってくれる人が、目の前にいる。それも小遣いは決して多くないであろう十代の学生がだ……。
「握手してくれますか?」
「俺なんかの手でよかったら」
彼は俺の手を強く握ってきた。
「実は僕も、小説を書いてみようかなって思ってて……でもいまいち一歩が踏み出せずにいたんですけど、何だか勇気をもらえた気がします。帰ったらやってみようかと!」
「そうですか。お互い頑張りましょう!」
彼は俺の小説を手に取ると、興奮冷めやらぬ顔でレジに向かっていった。
「唯人くんのおかげで、小説を書く勇気が出てきた……そういう人が、これからもっと増えるはずですよ」
「……そうだと嬉しいですね」
俺だって誰かの書いた小説を読んで、自分もこんな風に書いてみたいと思ったのが始まりだった。
その俺が、また別の見知らぬ誰かを後押しできるなら……これほど作家冥利に尽きることはないと思う。
買い物を済ませたあとは寄り道せず、地元に戻った。
「お父様とお母様の許しは得ていますから、夏休み中は毎日通いますね♪」
真天先輩は制服姿のまま俺のマンションに来て、さっそくお昼ごはんの支度をしてくれる。
「聖川家の用事はないんですか? 旅行とか」
「ああ、それでしたら例年、海の近くの別荘に泊まりに行くんですけど――」
真天先輩は少し照れながら口にする。
「今年は唯人くんと行けたらいいなって」
「お、俺とですか?」
「両親に何とか頼んでみます。というより、絶対許可をもらいますから!」
思わず生唾を飲み込んでしまう。
海の近くの別荘で、真天先輩とお泊まり。それはつまり――
「……わたしの水着姿、見たいでしょう? もう買ってあるんですから」
「マジですか」
「ちょっと大胆な感じのを選んだんですよ♥」
真天先輩の水着……そんなのどんなものであれ大胆に決まっている……!
「精の付くお料理をいっぱい作らなきゃ! 少し待っててくださいね」
「は、はい。俺は執筆部屋にいますから」
ドキドキする心臓を抑えながら俺はパソコンの前に移動した。
まずはチャットツールを開くと、新規のメッセージが入っていた。早乙女さんからだ。
「……えっ?」
【㊗『最強英雄は苦悩する』の重版が決まりました!
発売当日に重版はデビュー作としては大快挙っス!
さらに続刊にもGOが出ました!
さらにさらに! コミカライズもすることになりました!
詳しいことはまた後日打ち合わせしましょう!】
俺は呆然としていた。
情報量が多すぎて、飲み込むのに少し時間がかかった。
重版、続刊、そしてコミカライズ。
絶対に実現してみせる――そう意気込んでいたものの、実際はどうなるかなんてわからなかったこと。
それが、全部、全部……叶ってしまうのか……?
「う、うおおっ……」
俺は椅子に座ったまま、背中を丸くして、動物のように唸った。
ほんの少し前のまだ一投稿者に過ぎなかった俺に言っても、そんなこと絶対に信じてもらえないだろう。
やっていける。俺は、この世界でやっていける……!
「そうだ、真天先輩にも教えなきゃ。いや、もう少し落ち着いてから……」
俺は呼吸を整えた。まだパソコンの前にいることにしよう。
よし、お次はメールのチェックだ。
「――ッッッ!」
それは久しぶりの感覚だった。
コンテストで受賞した時。
真天先輩に新作小説を初めて読んでもらい褒めてもらった時。
とても形容のしきれない大きな感情が、全身の隅々まで行き渡っていく感覚――
【企業様からのご連絡】
そんな件名で始まるメールを、俺はまた呆然としながら目を通していった。
何度も何度も読み直して……もうとても落ち着けなかった。
俺は震えそうな足をどうにか動かしてキッチンに戻った。エプロン姿の真天先輩が振り向く。
「唯人くん? どうしました?」
「……重版が決定したそうです」
真天先輩はハッとなって料理の手を止めた。
「『最強英雄』がですか? まあまあ、おめでとうございます!」
「それと、続きも出しましょうって……」
「じゃあ、二巻目を出せるんですね? すごいすごい!」
「あ、あと……コミカライズもするって……!」
真天先輩のもともと大きな目が、さらに驚きに見開かれる。
「わあ……わああっ……!」
もう言葉にならないみたいだ。
「そ、それと……!」
「ま、まだ何かあるんですか?」
「しょ、書籍化の打診がありました……『勇者は語り継がれたくない』の……!」
公開からしばらく経って、読者は順調に増えていた。
でもさすがにすぐに書籍化なんてしないよな。世の中そう甘くないよな。そう思っていたのに……まさかこのタイミングで……!
「唯人くん、それじゃあ……わたしの両親と約束したこと、もう叶って……?」
「えっ? あっ……そういえばそうだ……」
高校生のうちに三冊を出し、コミカライズもすると約束した。
真天先輩と結婚するために自分からそんな条件を持ち出して……まずは有言実行できるか見守ろうと言ってもらえたのだけど……。
「唯人くんっ……!」
満面の笑顔で、真天先輩が抱き着いてきた。
手を握ったことはあったけど、それよりもずっとずっと柔らかくて、温かな感触が全身を覆っていく。
「わたしたち、結婚できますっ!」
「う、うん……!」
俺からも思い切って、愛しい人を抱きしめた。
ああ、幸せに包まれるというのはこういうことだ。
こんな素敵な女性が、仕事だけじゃなく、人生のパートナーになってくれる……。
「わたし、ますますサポート頑張りますから! 大ヒット作家を目指しましょうね!」
「ああ、任せてください! 真天先輩を養ってみせますから!」
「ふふっ……養うのはわたしだけ?」
いたずらっぽく微笑む真天先輩。
「しょ、将来的には、家族全員を」
「ええ! 張り切ってくださいね、パパ♪」
「気が早すぎますって!」
真天先輩は少し目を伏せ、頬を赤らめる。
「ところで、前に言いましたよね。何もかも上手くいったら、もっといいことしてあげるって」
「……うん、覚えてます」
以前、頬にキスしてくれたことがあった。
次は何をしてくれるんだろうと待ち焦がれていたんだけど、今日に至るまで何もなかったのだが……。
「いろいろ考えまして……ちょっと遅れましたけど、やっぱり一生一度の、デビュー作の発売日にするのが一番いいかなって」
ふわりと天使が舞い降りる。
――というのは、ちょっと手垢にまみれた表現かもしれない。だけどそれ以外に思いつかなかったし、一番ふさわしいと思った。
正真正銘の、ファーストキス。
たっぷり十秒間はあっただろうか。真天先輩はゆっくりと唇を離した。潤んだ瞳でまっすぐに見つめてくる。
「唯人くん、これからもあなたの人生のヒロインでいさせてください」
「真天先輩、ずっと俺だけのヒロインでいてください」
俺は小説では、今後もいろいろな女性を作り上げ、描いていくだろう。
だけどこの現実では、彼女だけ。
まだまだ新人作家の俺。きっとたくさんの困難が待っているはず。
それでも真天先輩がいてくれれば、どんなことだって乗り越えていける。
さあ、俺自身の物語は、ここからが本番だ。
これにて第一部・完となります。ここまで読んでいただきありがとうございました。
面白かったと思われた方はぜひ★評価、感想をいただければ幸いです。
第二部も同じペースで更新していきますので、引き続きお楽しみください。




