5-6 真天先輩の実家で⑤
なんでも人工知能に代替されてしまいそうなこの時代でどう生きるか。真天先輩は両親にも打ち明けられないような、将来の悩みを抱えていた。
だから専業主婦になりたいのだと、先日メッセージで教えてくれていた。生身の人間にしかできないサポートがあるはずだからと。
でも、早く結婚したいまでは初耳……! あいや、以前秋口先輩とそんなことを話していたような……?
「ま、真天……本気なのか?」
驚愕の表情を浮かべるお父さん。まだ高校三年生で未成年の娘がそんなことを言うなんて、想像すらできるはずもないだろう。
「早く結婚したい……? 就職はしないで、大学にも行かないつもりなの?」
お母さんは、もうはっきりとうろたえていた。そりゃそうだ。
「わたしの代わりに働ける人はいくらでもいるでしょう。でも唯人くんのパートナーは、わたし以外にはいません。もうお互いの気持ちは固まっているんですから、早ければ早いほどいいと思います」
「ちょ、ちょっと待って。待ちなさい真天……お母さんをこれ以上ビックリさせないでちょうだい……」
お母さんは何度も深呼吸していた。たっぷり十数秒は要しただろうか。
「私はね、ただ働くだけじゃなくて……聖川グループ内での女性の地位向上にも取り組んできた。お父さんも理解を示してくれて、夫婦でいろいろやってきたわ。メディアにも取り上げられたりして、一定の評価を得てきたと自負しているの。だからできれば真天にも、同じような道を歩んでほしいと思っていたのだけど……」
「お母様の取り組みは本当にご立派だと思います。女性の鑑として尊敬しています。でもごめんなさい。わたしはお母様とは別のやり方で、社会に貢献したいんです。それが、唯人くんとの明るい家族計画です♪」
か、家族計画……。
もちろん俺だっていつかは真天先輩と結婚できたらなーとは思ってましたよ? でも急すぎるって!
「か、狩谷さん? あなたも知っていたの?」
「存じておりました。というよりは助言させていただきました。『赤ちゃんを産むなら早い方がいい』と」
「おおおーい?」
思わず叫んでしまう俺。しかしメイドさんは澄まし顔で淡々と続ける。
「お嬢様は一人っ子でございました。それゆえか、賑やかな家族というものに憧れておいででした。ご両親が共働きでお忙しいので、なおさら」
「ああ……真天が小さい頃はたびたび言ってきたっけ。弟か妹が欲しいって」
お父さんが言う。お母さんは複雑そうだ。
「仕事をするためには、ひとりが限度だったのよ」
「もちろんお母様の事情は、成長するにつれてわかってきました。おかげで聖川グループはこの令和の時代、さらに躍進できたのだと思います。わたしも何不自由なく育つことができて、感謝しています。……だから今度はわたしが、お父様とお母様の理念を受け継ぐ血を、たくさん残していきたい」
真天先輩は、深く頭を下げた。
「わたし、唯人くんと結婚したいです。お父様、お母様。どうかお許しください」
沈黙が挟まった。長く続いた。
最初に口を開いたのは、お父さんだった。
「唯人くん」
「は、はい」
彼の目は、今日一番鋭いものだった。
「さっき君は、専業作家になりたいと言ったね。高校卒業後は進学も就職もしないで、小説一本でやっていくのかな」
「……そのつもりです」
「もちろんうちの支援なんかを期待してもらっては困るわけだが、本当にそれで家族を養っていけると?」
心臓に突き刺さるような言葉だった。
それが逆に、俺の信念を奮い立たせた。
「やってみせます!」
真天先輩はすべてをさらけ出してくれた。
だったら俺も、同じようにしなくちゃいけないはずじゃないか。
「俺はもう、真天先輩なしの生活は、考えられないです」
俺の人生は変わった。彼女との出会いで。
真天先輩と一緒なら、この作家人生がもっと素晴らしく、色彩豊かなものになっていくだろう。
「これから、真天先輩と二人三脚で……AIには真似できないようなやり方で、大ヒット作家になりますから!」
全身が熱い。
俺はたぶん、まだ本当の意味で小説に本気になってはいなかった。
だけどこれからは、愛する人と一緒に、これで生活していくという――人生を懸けた仕事にしていかなければならないんだ。
「結婚が今は認められないというなら……納得してもらえる実績を出してみせます。高校生のうちに」
「……それは、たとえば?」
お母さんの問いに即答する。
「高校生のうちに三冊を出します」
「デビュー作がもうすぐ出るから、あと一年半くらいのうちに二冊ね。……それじゃ私たちの大事な娘を娶るには、インパクトが足りないかしら」
「コミカライズもします!」
勢いのままに言い放った。
何の見通しも保障もないのに。だけどそうすることでしか認めてもらえないなら、突っ走るしかないじゃないか!
「漫画化、ということかしら?」
「はい。コミカライズの収入はすごいです。家が建つほどに売れるケースもあるそうですから。俺もゆくゆくはそれを目指します」
どんどん話が大きくなっていく。
「唯人くん……♪」
そして大風呂敷を広げる俺に、真天先輩は信頼の、熱っぽい眼差しを向けてくれる。
「狩谷さん、コーヒーのおかわりを持ってきてもらえるかな」
「かしこまりました」
数分後、新たに運ばれてきたコーヒーを飲んでから、お父さんは言う。
「AIの発展は、あまりにも速い。もちろん僕たち夫婦もこれからの時代、真天がどういう人生を歩むか気がかりだった」
じっと俺を、愛娘を見据える。
「けれど僕たちは、難しい問題もひとりで考え、判断できるようにと真天を教育してきた。その真天の判断を、尊重しないわけにはいかないね」
「お父様……!」
真天先輩は涙ぐみそうだった。
お母さんはコーヒーカップに目を落としながら、静かに口にする。
「正直なところ、まだ複雑だけれど……ここ最近の真天の顔は、本当に幸せそうでね。いよいよ恋を知ったのかしらと漠然と考えていたのだけど、まさかここまでだなんて」
「お母様、許していただけるのですか?」
お母さんは、苦笑いしながら……首を縦に振った。
「考え直すにはまだ時間がありますし、まずは唯人さんが高校卒業するまでの間、見守らせてもらいましょう。有言実行できるかどうか。まあ、頑張りなさい」




