5-5 真天先輩の実家で④
「AIでは、決してできないこと……?」
お母さんはオウム返しに聞く。小首をかしげて考えようとしているが、判然としない様子で。
「実はわたし、唯人くんのデビュー作のプロモーションをお手伝いしないかと打診を受けてまして。出版社からの直々のご依頼です」
「へえ? それはすごいじゃないか」
お父さんは興味深げに身を乗り出してきた。
ここでデビュー作のプロモーションの件を切り出すのか。俺も予想外だった。
「どうしてまた、そんなことになったんだい?」
「唯人くんが、わたしの声がいいって言ってくれたんです。そうしたら唯人くんの編集者の方も乗り気になってくれて、プロモーションビデオを作ろうということになりまして。ヒロインに声を当てるんです」
「そうなんです。編集さんも真天先輩はすごい逸材だって太鼓判を押してくれました。学園の生徒会とも連携して盛り上げていこうって」
「なんだか芸能人みたいね。そういうのに興味が出てきたの?」
お母さんの問いに、真天先輩は首を横に振る。
「芸能活動をしたいわけじゃありません。唯人くんの作家活動をお手伝いしたいだけなんです。……わたしは未成年なので保護者の許可が必要だというのですが、許していただけますか?」
「いいとも。やってみなさい」
「私も問題ないと思うわ。何事も経験よ」
お父さんもお母さんもあっさりと許可してくれた。抱えていた問題はこれでひとつクリアか。
「あはっ、よかったですね唯人くん」
「あ、ありがとうございます。後日出版社から契約書が来るので、それにサインをしてもらえれば」
「で――それがAIにはできないことなのかな? 今は人間と区別が付かないほどの動画や声も、そう苦労せずに作れてしまうだろう?」
「そうよね。実際はまだちょっと怪しいところはあるけれど、今後さらにクオリティがアップするでしょうし」
それは当然の疑問だった。
ほんの数年前まで、AIで動画生成なんて鼻で笑ってしまうようなレベルだった。なのに今や、信じられないほどに性能が上がっている。フェイク動画の氾濫がすでに大きな社会問題になっているほどだ。
「ええ、単にいい声といい動画を作るのであれば、AIでやれてしまうでしょう。でもそこには――」
真天先輩は一瞬言い淀んだように見えた。
けれどすぐに、今まで以上に毅然とした顔で両親を見据える。
「人間の心がこもってないです。だってAIには、唯人くんを応援しようという気持ちは一切ないんです。プロモーションビデオを作れるとして、ただ膨大な計算でそれらしい音と動きを実現しているだけです。……生成AI自体は本当に素晴らしい技術だと思います。もう人間では敵わない領域はたくさんあるでしょう。でも、わたしは唯人くんを応援する気持ちでは絶対に負けません! そのことを見る人も感じ取ってくれるはずです!」
ドクンと胸が高鳴る。
その主張は、いつも穏やかな真天先輩らしからぬものだった。
熱があった。それも、情熱と呼ばれる類のものだった。
「うーん……それも要するに、根性論みたいな話になってしまうんじゃないかな?」
娘の言葉に、あくまでも冷静に反応するお父さん。そこへ。
「お嬢様と我和様には、勝算がございます」
いきなり横から割り込んでくる声。狩谷さんである。
一番驚いているのは、お母さんだった。
「狩谷さん? 勝算って?」
「口を挟む無礼をお許しください。人間はAIに負けない――それは確かに根性論のように聞こえるかもしれません。しかしお嬢様と我和様はしっかり計算しておられるのです。いかにしてAIでは真似できないことをして、ご自分たちをバズらせるかを」
お馴染みのメガネクイッして、狩谷さんは淡々と主に向かって告げる。
「バズる……SNSでどうやって人気を出すか、真天には作戦があるというの?」
「はい、お母様。わたしも無策で言っているのではありません。狩谷さんとも相談して、ひそかに練り上げていました」
真天先輩の言葉を、俺は黙って聞いていた。
狩谷さんは俺たちに協力すると言ってくれていた。それで真天先輩も両親には内緒でいろいろ相談していたらしい。
……肝心の俺は何も聞いていないんだけど、ひとまずは黙って聞こう。
「お父様、お母様。わたし……初めて打ち明けることがあります」
真天先輩は居住まいを正した。
「聖川グループがAI事業にも乗り出すと聞いた時から、これは世の流れだと思いながら……わたしは漠然と考えていました。だったら自分は、絶対にAIにはできないことをやっていきたいなって」
「真天……そんなことを考えていたのかい?」
「真天にもいずれは、私たちのグループに入って活躍してほしいと思っていたのだけど、興味がないの?」
「お父様とお母様のお仕事は、世のため人のためになるご立派なものだと思っています。だけど……わたしがやらなくても差し支えないものだとも思います」
彼女の声に、静かな……決意のようなものがこもっていく。
「今後ますます人間は、AIに代わっていくでしょう。AIで効率化できるから人員削減なんてニュースはもう珍しくありません。人間と同レベルのイラストや動画や小説がAIであっさり作れてしまう時代が来るなんて、ほんの数年前は想像すらできなかったのに。……わたしはおふたりの教育のおかげで、社会に出てもやっていけそうな知識は身に付けられました。それでもやはり、AIで替えの利くくらいの存在なんだと思います」
「そんなことは……ないと思うんだけどな」
「そうよ。真天はこれからの世界でも立派に戦っていけるわ」
誰からも好かれていて、誰もがうらやむほど優秀な生徒会長の真天先輩。
そんな悩みを抱えているだなんて、俺だって思いもよらなかった……。
「これからのAI社会でどう生きるべきか。お嬢様は以前から、私だけにはそのお悩みを打ち明けておられました」
狩谷さんが再び発言する。
「もちろん私ごとき一メイドに解決策など見出せるはずもございません。お力になれず、悔しい思いをしておりました。しかしそこに、我和様が現れたのです」
「唯人くんが? どういうことだい」
「……唯人さん本人がちょっと驚いてる様子だけれど?」
ドキッとしたのが顔に出てしまったらしい。
見れば真天先輩の頬も、ほんのりと朱に染まっていて……。
「わたしは……唯人くんに恋をしました。だからいずれは専業主婦として、大好きな唯人くんを支えたい」
俺の手をそっと握ってくる。ドクドクと彼女の気持ちが流れ込んでくる。
「わたしの愛の力で、彼の作家活動を後押ししたいんです。そして早く結婚して、たくさんの幸せな家族を作りたい。ね? AIには絶対できないことでしょう?」




