5-3 真天先輩の実家で②
もちろん今日までにいろいろなやり取りを想定していた。
しかしこうして真向かうと、上手く言葉が紡げない……。
「お父様、お母様」
真天先輩はいつもの柔らかい、けれど芯の通った声で呼びかけた。
きっと、ここは自分が第一声を上げるべきだと考えてくれたんだ。
「もう予測は付いておられると思います。わたしは……この唯人くんと、男女のお付き合いをしています」
「ああ、やっぱりそうなんだね。ついに我が娘にも、そんな日が来てしまったのだなぁ」
お父さんは何とも形容のできない表情を作った。
「真天は小説が好きだったね。そこでコンテストに入賞した唯人くんと意気投合した?」
「はい、その通りです」
「ここのところ、二人分のお弁当を作っていたわね?」
続いてお母さんが尋ねてくる。
「もしやと思っていたけれど、やっぱりボーイフレンドの分だったの」
狩谷さんと同じく、お母さんもその時点で感づいていたらしい。
「ごめんなさいお母様、昼食を用意できない友達の分だなんてごまかして」
「謝る必要はないわ。正直に言うこともできなかったでしょう。それくらいの気持ちはわかっています」
淡々と言葉を返すお母さん。
真天先輩だけにしゃべらせてはおけない。気がつけば俺は頭を下げながら口にしていた。
「お父さん、お母さん! 事後承諾になっちゃいますけど……どうか俺と聖川先輩の交際を認めてください!」
事前のシミュレーションは、もう完全に吹っ飛んでいた。とにかく正直な言葉を発さなければと、それだけで頭がいっぱいだった。
「唯人くん、頭を上げてください」
お父さんは穏やかな声をかけてくれる。
俺はゆっくりと頭を上げた。彼は人の親にふさわしい、どこまでもおおらかな雰囲気を身にまとっていた。
「自分で言うのもなんだけど、僕たち夫婦は真天を立派に育てた。特に人を見る目は養わせたつもりだ。いい人とはこういうものだ、好ましくない人とはこういうものだ……とね。その真天が認めた人なら、一向にかまわないと思っているよ」
「ほ、本当ですか?」
「真天はこの頃、土日になるたびに出かけていたね。ゴールデンウィークなんか毎日のように。彼のところに通っていたのかい?」
「ええ、お料理を作ってあげたり……一緒に映画を見たり、レストランに行ったり」
「あらまあ、もうそこまで?」
お母さんは苦笑いしている。
ともあれ……今のところ、俺に対する悪印象はないようだ。
「これまでのこと、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな?」
お父さんの要望通り、俺と真天先輩は新学期からのことを語った。
「ふーむ。イチ押しの……今時は推しっていうのかな? 推しの作家が実は同じ高校の後輩だなんて、すごい偶然もあったものだねぇ」
「ふふっ、わたしも運命的なものを感じてしまいました」
ここで狩谷さんがコーヒーを運んできた。
「こちら、ブルーマウンテンでございます」
ブルマン! 名前だけは知っている世界最高級のコーヒー豆だ。そんなものをこの家じゃ普通に飲んでいるのか。
俺はおそるおそる、口を付けていった。
「……っ! お、美味しい!」
苦みと酸味と甘味が完璧に合わさったような、素晴らしい味わいだった。もちろん豆がいいだけじゃなくて、淹れ方も上手いんだろう。
「そういえばコーヒー器具がいくつか持ち出されていたようだけど、あれも真天が?」
お父さんの問いに、真天先輩は苦笑いする。
「そうです。唯人くんもコーヒーをよく飲むらしいので……余っている物は、少しくらいはいいと思って」
「彼の家に置いているということ? ふうん……」
お母さんは優雅にコーヒーを飲みながら、俺と真天先輩を交互に見ている。
今のところ、会話はひとまず順調に進んでいる……のだろうか?
「話はよくわかりました。それで唯人さん」
お母さんはカップを片手に、こちらを見定めるような視線を送ってくる。
「将来は、小説家としてやっていくつもりかしら?」
「……はい。専業作家を目指しています」
小さく頷いてから、お母さんはコーヒーを飲み干した。
「私たちは小説業界のことには詳しくありません。しかし大変な仕事ということくらいは理解しています。それでも?」
「はい」
ここだ。ここできっと、あちらはあの話題を投げかけてくる。
「でも、最近はAI小説というのがだいぶ話題でしょう? 本来なら何ヶ月もかけて苦労して書くようなものを、多少いいマシンがあればあっさりと出力できてしまうような。……私たち聖川グループがAI事業もやっているというのはご存じ?」
「知っています」
お母さんはまた頷いてから俺を見据える。
「だから断言できるのだけれど、今後AIの能力はもっともっと上昇していく。まだ発展途上だとしても、やがてありとあらゆるジャンルの小説を、何冊分もの分量を、たいした苦労もせずに作り上げるようになる。もちろん人間が書いたものと、まったく見分けが付かない……」
それは俺への挑戦状だった。
君は将来にわたって、自分たちの娘にふさわしい男であるのかと。
「はたしてこの先、小説家という職業は成り立っているかしら? 今は大丈夫だとしても、十年後、二十年後は?」




