5-2 真天先輩の実家で①
そうして、土曜日の朝がやってきた。
恋人の家族にご挨拶に行く。となれば正装だ。
学生の正装はもちろん制服ということで、俺は平日と同じ格好をして洗面台の前に立っていた。
髪の毛を念入りにセットし、制服に埃が付いていないかチェックし、歯もしっかり磨いておく。
持っていく物は、ばっちり充電したスマホだけ。あとは体ひとつでぶつかっていかなければならない。
「よし……これでいいよな」
両親は午前十時から会ってくれると真天先輩から伝えてもらっている。あと三十分ほどだ。ちょっと早いが、もう向かうことにしよう。
俺は家を出て、逸る鼓動を抑えながら歩き始める。
真天先輩の家にはまだ一度も行ったことがない。聖川家の邸宅といえばこの界隈ではちょっと有名なのだが、恐れ多い気がして俺は近づいたこともなかった。
しかし今日、近づくばかりか内部に入ることができるのだ。ご令嬢のボーイフレンドという立場で。
スマホのマップアプリを見ながら歩いていると、やがて見えてきた。
「でっ……!」
聖川家の敷地は、俺の身長よりもずっと高く白い壁によって覆われていた。
それよりさらに高いお屋敷が、その向こう側にそびえている。三階建てだ。個人の住宅でそんなの初めて見たぞ。
門扉は黒塗りだが、金色をあしらっていて高級感もある。すごいデザイナーが手がけたんだろうなと思った。
やばい。覚悟はしてきたつもりだけど、どんどん緊張してきた。
しかし今さら立ち止まることはできない。さあ、気合いを入れ直せ。俺は頬を両手でパンパンと叩いた。
「えーと、どれだ……? あった」
門扉の脇のインターホンを押す。
ややあって、女性の声が聞こえてきた。
「おはようございます、我和様」
狩谷さんの声だ。カメラで俺の様子は見えているらしい。
「お、おはようございます!」
「すぐに参りますので、お待ちくださいませ」
少し待つと、もはや見慣れたメイド服の狩谷さんが緩やかな足取りでやってきた。門扉が音を立てて開かれる。
「ようこそいらっしゃいました。お嬢様とご両親は、すでに談話室でお待ちです。ご案内いたします」
「……はい。よろしくお願いします」
狩谷さんの後ろについて石畳の上を歩き、広い庭を突っ切っていく。見渡すと花壇がいくつかあって、色とりどりの花が咲いていた。
「本当にすごいな……あっ、あの建物なんていうんですっけ。アニメでよく見る、貴族がお茶会をしてそうな」
「ガゼボ、でございます。実際にお客様とお茶会をすることもございますよ」
庭というより庭園、ガーデンだなこれは。
「……あの、今のところ、ご両親の反応はどんなもんなんでしょう」
「お嬢様は最初に『紹介したい人がいる』とご両親に告げられたのですが、おふたりともすぐに納得した様子でございました」
「ボーイフレンドができたんだなって、やっぱり感づいていたってことですか」
「間違いはないでしょう。そして『ぜひ連れてきなさい』とおっしゃいました」
いよいよ邸宅の中に入った。
玄関もすごく広い。靴を百足くらい置けるんじゃないかと思った。
俺は靴を脱いで上がると、膝を突いて屈み、爪先が外に向くようにしてぴったりと揃えた。マナーはこれでいいはずだよな。
「スリッパをどうぞ」
狩谷さんが置いてくれたスリッパに履き替えて、俺は引き続き案内された。
談話室は玄関からすぐのところだった。狩谷さんが中に一声かける。
「お客様がお見えになりました」
続いて促され、入室する。
アンティーク調で統一されている談話室は、まるで一流ホテルのように――そんなとこに行ったことないけど――豪華だった。作家の端くれなのに情けないがこんな表現しか出てこない。
中央に落ち着いた色合いのテーブルとチェアがあり、入口に近いほうの位置に真天先輩が座っていた。
「いらっしゃい、唯人くん」
柔和な笑みを浮かべて振り返る真天先輩は、白の半袖ブラウスだった。確か俺の家に初めて来てくれた時の衣装だ。
そして奥側に、俺の親と同じ四十代前半くらいだろう男女が、余裕の佇まいで腰かけている。
俺は一礼して、口の渇きを感じながら挨拶した。
「はじめまして。ま――聖川先輩の後輩の、我和唯人といいます」
「はじめまして。真天の父です。制服で来るとは感心だね。唯人くんと呼んでいいかな」
「あ、はい……」
真天先輩のお父さんは、ちょっと髭を生やしたダンディだった。おまけにイケボだ。
次いで、隣のマダムが挨拶してくれる。
「はじめまして。真天の母です」
真天先輩のお母さんは、娘にとてもよく似ていた。真天先輩が歳を重ねたらこんな風になるんだなって感じで。
「娘から話は聞いていますよ。高校生でありながら小説コンテストに入賞した文学少年だと」
「ぶ、文学少年?」
「ふふっ、違いますか?」
まさか俺をうろたえさせようという作戦だろうか。いやまさかな……。
「狩谷さん、コーヒーをお願いできるかしら? とびきりいい豆でね」
「かしこまりました」
狩谷さんがいったん退出すると、お父さんが言う。
「さ、かけてください」
こんな未熟者の小僧に、ずいぶん丁寧に接してくれる。
しかし胸の内では、いったい何を考えているのか……まだわからない。
「失礼します……」
真天先輩の隣に座る。
彼女に視線を移すと、大丈夫ですよと言葉にせず微笑んでくれる。
「さて――どう切り出したらいいかな?」
お父さんはどうやら、こちらにボールを投げているようだった。




