3-10 真天先輩に告白
真天先輩の横顔を覗く。常に余裕の微笑みを絶やさなかった彼女の面持ちが、少し引き締まっていた。
「私も可能なかぎりお支えしたいとは存じますが……お父上とお母上の説得は、お嬢様と我和様ご自身でしていただかねばなりません」
「元よりそのつもりですよ。この前もそう話し合っていたところですから。ね、唯人くん」
俺は小さく頷いた。
確かに先日、真天先輩から言われたことで……ここのところ執筆の傍ら、俺なりに考えてはいたのだ。
「それはようございました。来るべき時に向けて心の準備は進められていたのですね。この狩谷、感服いたしました」
狩谷さんがちらりと俺を見る。
「ところで我和様、差し支えなければお嬢様のどこに惹かれたのか、教えていただいても?」
「えっと……それは……」
「おっぱいですか?」
コーヒーを飲んでいたら間違いなく吹き出していた。
「な、何を」
「お嬢様は学園創立以来の美少女と噂されている御方。好意を寄せる男子は数多おりましょうが、その理由はおおむね共通していると考えられます。大きな胸だけに」
真面目な態度で素っ頓狂なこと言うなこの人。
「ふふっ、お上手ですね狩谷さん」
軽く受け流す真天先輩もすごい人だ。
「で、どうなのです?」
どう答えればいいんだ。適当にごまかすか?
いや、ウソは付きたくない。そもそもこのメイドさんにはウソなんか通じないという確信がある。それほどの凄味を感じる。
「そ……それだけが理由なんてことは、絶対にないです!」
「ふむ、理由のひとつではあると」
「あらあらまあ」
こんなにきわどい話題でも真天先輩はニコニコするばかりだ。
「ま、真天先輩は誰からも好かれる、とても立派な人で……俺の小説を褒めてくれるのがすごく嬉しくて……だからこそ俺も生活をサポートしてもらいたいなんて考えて……」
しどろもどろになってしまう。狩谷さんはまたメガネクイッしながら言う。
「先ほども申し上げたとおり、お嬢様のことは幼少の頃からお世話させていただきました。今まで胸の内を明かしたことはございませんでしたが、歳の離れた妹のように思っております」
「そう言ってくれると嬉しいです。わたしも狩谷さんのことはただのメイドさんじゃなくて、実の姉みたいに思ってますよ」
「恐縮でございます。お嬢様の成長は私の幸せ……本当に立派にお育ちになられました。まさか一部分がこれほど突出するとは予想できませんでしたが」
「狩谷さんの作る料理がいつも栄養満点で美味しいから。うふふっ」
デリケートな部分についてこうもあけすけに語り合えるんだから、このふたりは主従を超えて仲がいいんだな。そう思った。
「ともあれお嬢様のムチムチわがままボディ目当ての輩について懸念しておりましたが、我和様はそうではないということで一安心でございます」
「唯人くんはわたしのことを、普通に先輩として敬意を持ってくれています。今日のデートだって気遣いの塊でしたもの」
「そのあたりのお話、ご帰宅後に詳しく」
それで話し合いは終わり、俺たちは店を出た。
狩谷さんが改めて俺に向き合う。
「我和様、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ……こちらこそ」
「当家においでになる際は、心よりおもてなしさせていただきます」
お嬢様のご両親と対面する日は近いですよと、言外に伝えていた。
「ごめんなさい狩谷さん。先に帰っててくれませんか?」
「かしこまりました。それではこれにて失礼いたします」
踵を返し、狩谷さんは颯爽と去っていった。
その後ろ姿が見えなくなったところで真天先輩が聞く。
「どうでした? うちの敏腕メイドは」
「強烈でした……」
まだプレッシャーを少し感じる。存在感のある人だった。
そして、いかに真天先輩を大事に思っているかを理解できた。
「唯人くん」
「……はい」
「わたし、まだあなたに言っていないことがありました。本当に、今さらなんですけど」
「……実は俺も、真天先輩に伝えなきゃいけないことが」
俺たちはここに至って、肝心なことをまだ確かめていなかった。
狩谷さんの唐突な出現は驚いたが、ちょうどよかった。ここが絶好のタイミングだ。
さあ、勇気を出せ。小説じゃ小っ恥ずかしいセリフをたびたび書いて、全世界に向けて公開しているじゃないか。
「俺から言ってもいいですか」
「はい」
「俺……真天先輩のことが好きです」
内臓すべてがキュッと縮こまる。
けれどついに言葉にしたことの高揚感で、全身が大きく膨らんでいきそうだった。
「入学した時から、ずっと憧れてました。でも高値の花だって思ってて、俺なんかと接点なんかあるわけないはずだったのに。真天先輩のほうからアプローチしてくれて……内心、ずっと舞い上がってました」
真天先輩はいつもの穏やかな顔で、けれど少し頬を染めながら聞いてくれる。
「俺、もうすぐプロ作家デビューします。幅広い読者のために書いていかなきゃいけない。でも第一に、真天先輩を喜ばせるために、自分だけの物語を作っていきたい」
自分だけの物語。いったいどれほど険しい道のりなのか。それができなくて筆を折ってしまった人が星の数ほどいるのだろう。
けれど、俺の進む道はすでに定まっている。
「だから俺のこと……ずっと支えてほしいです!」
「はい。ずっとずっと、お支えします」
そして彼女は、俺の望んでいた言葉を聞かせてくれる。
「わたしも、唯人くんのことが好きです」
「っ、真天先輩……!」
「ごめんなさい、ずっと言えなくて。口にするのは、やっぱりちょっと恥ずかしくて。あれだけアプローチしていたのにおかしいですよね」
はにかむ真天先輩は、今まで以上に可愛らしかった。ますます好きになってしまう。
「ああ、やっと言えました! 唯人くんからも告白してくれて嬉しいです。わたしたち、これで晴れて両想いですね!」
「でも……俺の小説のファンだからって理由で、好きになってくれたんですか? そのへんがいまいちわからなくて」
「もちろん違いますよ。でもこのお店で初めて語り会った時に……この人はわたしと合うなと思いました。細かい理屈は抜きにして」
ああ、なんだ。そんな単純なことだったんだ。
フィーリングはとても大事だ。創作でも、たぶん恋愛でも。
「……俺もそうでした。この先輩はWEB小説のことがこんなに好きなんだって、ひょっとして俺と相性いいのかもって」
「ばっちりですよ、わたしたち! もうとっくにQEDです!」
「は、はい! 俺たち最強のカップルですよね!」
「そしてわたしは最胸です♪」
黒の半袖ニットに包まれたそれをこれ見よがしに揺らしてくる。
「唯人くんになら、これもいつか……」
「せ、先輩?」
「おっと、いま言えるのはここまでです。うふふっ♪」
人生最良の日というものがあるのなら。
どれだけ長い月日が経っても、きっとこの日をその候補に入れることだろう。
こうしてふたりは結ばれました。めでたしめでたし。
物語はまだまだ続きますが、ひとまずここまでで面白かったと思われたら、★評価やブックマークをしてくだされば幸いです。




