3-9 真天先輩とメイドの狩谷さん
狩谷さんは俺たちふたりを先導しながら、スタスタと往来を歩いていく。
その間もやっぱり衣装に注目が集まっていた。さっきのデート中はスタイル抜群の真天先輩がかなり目立っていたが、それ以上のインパクトかもしれない。
やがてメイドさんは学園近くの馴染みの店――「珈琲倶楽部」に入っていった。
「あっ、狩谷さんいらっしゃい。本日は何が御入り用で?」
店主さんは狩谷さんと顔馴染みらしい。おそらく普段はここで豆を買っているんだろう。
「いえ、本日はただコーヒーを飲みに来ただけです。奥の席が空いていればいいのですが」
「ちょうど空いたところですよ。どうぞ」
案内されて一番奥のテーブルに着席する。俺と真天先輩が隣同士で、その向かいに狩谷さんが座った。
「おふたりとも、お好きなものを頼んでください。それともお腹いっぱいでしょうか?」
「お昼は結構ボリュームありましたけど、またお腹空いてきたところです。唯人くん、一緒にケーキセットでも頼んじゃいましょうか」
「そ、そうですね……」
はたしてのんびり甘味を楽しむ余裕などあるのだろうか。俺は戦々恐々としながら注文を済ませて、ひとまずは会話が始まるのを待つ……。
「ふむふむ……」
メガネをクイッとしながら、あらためてじっと見てくるメイドさん。
これはきっと品定めをしてやろうという目だ。当家のお嬢様に近づこうとはいい度胸でございますね、貴方さまはそれほどの立派な人間なのですか、っていう感じの。
「我和様」
「様は付けなくていいです……」
「いえ、お嬢様の大切なボーイフレンドとあらば最大限の礼を持って接するのが当然です。……最近小説コンテストで入賞したという、我和唯人様でお間違えはないですか?」
「俺のことを知ってたんですか?」
「お嬢様は学園であったことを、よくお話しになりますので。ご両親もご存じですよ」
真天先輩は家族仲が円満らしいから納得だった。
……彼女のお父さんとお母さんにも、すでに俺のことは認識されてるんだ。
「狩谷さん、わたしたちのことにいつから気づいていたんですか?」
狩谷さんは表情を崩さずに答える。
「朝、二人分のお弁当を……それもご自分で作るとおっしゃった時からです。事情があって昼食を用意できない友達がいるから、とご説明されましたね?」
「ふふっ、あれはウソだったと見抜いていたわけですか」
「いかにも不自然でございました。あのいかにも無骨なアルミ製の弁当箱ときたら、とても年頃の女子高生が好む物とは」
初手からバレていたんじゃないか。まあ俺もちょっと無理のありそうな理由だとは思っていたんだけど……。
「が、何よりも……料理をするお嬢様はとても楽しそうで。あーこれは男がデキたなと察するには十分でした」
「ま、待ってください。俺たちは別に付き合ってるわけじゃ」
慌てて否定する。……俺としてはもちろんそういう関係になりたいけど!
「ほう? お付き合いしているわけでもないのにデートをなさったということですか」
メガネをギラつかせながら鋭い視線を向けてくる。こ、怖い……。
「お嬢様、どうなのです?」
「確かに正式にそういう関係を結んだわけではありませんね。今はまだ」
「なるほど理解しました。いわゆるひとつのあれですか。友達以上恋人未満という、甘酸っぱすぎる青春の一ページですか」
メガネをクイクイしながらひとりで納得する狩谷さんである。
オーダーしたケーキセットが運ばれてきた。しかしのんきに味わっている余裕はとてもない。真天先輩は平然とパクついているけど。
「んー、美味しいっ♪ それで唯人くんとのことですけど……最初から説明したほうがよさそうですね」
ずっと前から俺の小説に注目していたこと、学園特別表彰のこと、この店で意気投合したこと、真天先輩がいきなり俺の家に押しかけたこと、デビューを控えた俺の作家生活をサポートしたいと言い出したこと、手料理を振る舞ったこと、一緒に買い物デートをしたこと、そして今日のこと……真天先輩は一から十までを説明した。
狩谷さんは時折コーヒーを啜りながら、何も言わずにじっと聞いていたが……。
「お嬢様は昔から小説がお好きでしたが、そこまでお気に入りの作家さんに巡り会っていたのですね」
「狩谷さんはあまり小説は読まないんでしたっけ。ぜひ唯人くんの受賞作も、それ以外のも読んでみるといいですよ。愛と勇気に満ちたファンタジーですから」
「そうさせていただきましょう。お嬢様が心引かれるほどですから、きっと素晴らしいのでしょうね。……我和様、召し上がらないのですか?」
「い、いただきます」
俺はようやくケーキに手を付けた。ほんのりした甘さが少し緊張を和らげてくれる。
「私は、応援させていただきますよ。おふたりのこと」
「っ?」
ケーキが喉に詰まりそうになり、コーヒーをグイグイと流し込んでいく。
「わたしたちの味方してくれるんですか?」
真天先輩はパーッと明るい笑顔になった。
狩谷さんはここで初めて、フッと微笑んでみせた。
「就職難の時代に、貧しい家の出だった中卒の私を雇っていただき、誠心誠意お仕えして十数年……聖川家にはとてもお返しできないほどの御恩がございます。お嬢様が幼い頃からお世話させていただきましたが、あなたの幸せこそが私の幸せでございます。そのためならば協力は惜しみませんとも」
「嬉しいっ! 狩谷さんが味方に付いてくれるなら百人力です」
「あの……俺のこと、真天先輩にまとわりつく汚らわしい虫みたいに考えていたんじゃないんですか?」
「そのようなことは、最初から申し上げてはおりませんが」
狩谷さんは平然とした表情に戻った。
「恋愛というのは、早く経験するに越したことはないというのが私の持論でして。何しろ私自身がそれをできませんでしたから。……高校デビューも果たしたというのに浮いた話のひとつもなかったお嬢様が、ついに信頼する殿方と巡り会えたのかと、むしろ感動で涙がちょちょ切れそうな気持ちでございます」
「あはっ、よかったですね唯人くん」
「は、はい」
「――とはいえ、それはあくまで私個人のこと。ご両親がどう思われるかは別のお話です」
コーヒーを飲み終え、カップを丁寧に置きながら、狩谷さんはきっぱりと告げる。
「この先、おふたりが緊密な関係を育まれるとして……ご両親のお許しを得なければならないでしょう。聖川家の一人娘には、やはり相応の相手をと考えておられるでしょうから」




