第9話『剥落する約束(後編)』(1)
限界まで水分を吸い込んだ制服のブラウスが、冷たい鉛のように皮膚へ張り付き、体温を根こそぎ剥ぎ取っていく。
しかし、私の頭蓋骨の内側だけは、煮えたぎる泥のような異常な熱を帯び、絶え間なく沸騰を続けていた。
雨の通学路。分厚い雨雲が世界からすべての彩度を奪い、風景を息の詰まるような鉛色へと沈めている。水溜まりを乱暴に踏み砕きながら、私は関節の噛み合わせを忘れたかのような歪な足取りで前へと進んでいた。
数メートル先。私を明確に拒絶し、永遠の断絶を告げた彼女の背中が、雨のヴェールの向こう側で規則的に揺れている。
雨に濡れた真っ白なうなじ。そこを流れる水滴の軌跡を見つめていると、五臓六腑の底からせり上がってくる黒い熱が、私の網膜を焼き焦がしそうになった。
彼女のすべてを破壊したい。
私を凡庸な寄生虫だと見下し、綺麗な翼を広げて飛び去ろうとしているその肉体を、原型をとどめないほどに解体してやりたい。美しい色彩を紙に定着させるあの憎たらしい両腕を、肩の関節から乱暴に引きちぎる。すべてを見透かしたような涼しげな両眼を、鋭い金属で根気よく抉り出す。
そうして、自力で呼吸することすら困難になった彼女の肉体を私が永遠に管理し、泥の底で飼い殺しにしてやる。彼女という絶対的な光をこの手で粉砕し、私と同じ不浄な暗黒へと引きずり落とすこと。それだけが、私が彼女に勝利し、自らの存在を証明するための唯一の手段だった。
激しい執着と殺意が、私の視界から遠近感や周囲の空間認識を完全に奪い去っていた。
行き交う大型車両の水飛沫も、タイヤがアスファルトを擦る騒音も、もはや鼓膜には届かない。目の前に広がる見通しの悪い大通りの交差点。横断歩道の向こう側では、歩行者の進入を拒絶する真紅の信号機が雨に滲んで発光していた。
網膜はその赤い光を確かに捉えていた。しかし、極限の視野狭窄に陥り、彼女の背中という単一の標的しか認識できなくなっていた私の脳は、その光を『停止』を意味する記号として処理しなかった。赤色はただ、私の内側で暴れ回る憎悪の色彩と完全に同化し、視界全体を血のような色で塗りつぶすだけの背景と化していた。
私は、前を歩く彼女の足跡だけを狂ったようになぞり、赤信号が点灯する冷たい車道へと、一歩、靴の底を沈み込ませた。
足の裏から、アスファルトの層を激しく震わせる重たい振動が突き上げてきた。
私が車道の中央へと歩みを進めた、まさにその瞬間。
雨の轟音を暴力的に切り裂き、巨大なエンジンの咆哮が鼓膜を直接殴りつけた。
弾かれたように首を巡らせた私の視界を、圧倒的な質量を持った鉄の壁が完全に覆い尽くしていた。
雨に濡れた路面で制動を失い、凄まじい水柱を跳ね上げながらこちらへ突進してくる、大質量の貨物車両。フロントガラスの奥で顔を引き攣らせた運転手の表情が、異常なほどの高解像度で目に焼き付く。ロックされた巨大な車輪が路面を削り、断末魔の獣のような摩擦音を轟かせるが、何トンもの慣性を抱えた鉄の塊が、この濡れたアスファルトの上で停止することなど物理法則が許さなかった。
細胞の隅々までが、絶対的な死を理解して瞬時に凍りつく。
逃げることも、声帯を震わせることすらできない。私は、自らを圧殺せんと迫り来る巨大な鉄の顔面を前に、ただ白目を剥き、アスファルトに縫い付けられたように棒立ちになることしかできなかった。
私の肉体が、無慈悲な質量によって粉砕される。
そう覚悟した刹那だった。
無防備な私の横腹に、硬質な鉄とは全く異なる、柔らかな質量の塊が激しく衝突した。
鼻腔を掠めたのは、私が誰よりもよく知っている、雨に濡れた髪とほのかなシャンプーの匂い。
強烈な力で横方向へと弾き飛ばされ、重力を失った視界の中で、私はその塊の正体をはっきりと視認した。
彼女だった。
つい数秒前、私を泥だと言い捨て、冷たく背を向けたはずの親友。彼女は振り返りざまに車道へと身を投げ出し、棒立ちになっていた私の身体を、その細い両腕で全力で突き飛ばしたのだ。
空中に投げ出された私の目と、私を突き飛ばした彼女の目が、永遠に引き伸ばされたような一瞬の中で交錯する。
彼女の瞳には、私を軽蔑する光は微塵もなかった。そこに宿っていたのは、ただ純粋に私を死の軌道から弾き出すためだけに自らの命を投げ放った、極めて静かで、底知れぬほどの決意だけだった。
凄まじい衝撃とともに、私の身体は横断歩道の先の固い路面に叩きつけられ、雨水にまみれて無様に転がった。
手のひらと膝の皮膚が乱暴に削り取られ、熱い血液が滲み出す。
しかし、痛覚が脳に到達するよりも早く。
背後の空間で、人間の肉体が決して立ててはならない、言語を絶する凄惨な破壊音が鳴り響いた。
それは、乾いた何百本もの木の枝が束ねてへし折られる鈍い音と、水分をたっぷり含んだ果肉がハンマーで叩き潰される破裂音が混濁した、この世で最もおぞましい物理的破壊の響きだった。
弾き飛ばされたアスファルトの上で、私が振り返った先。
そこには、私が愛し、私が嫉妬し、その手で解体してやりたいと憎悪を燃やしていた美しい親友の姿は、もはや存在していなかった。
巨大な鉄の車輪が、彼女の華奢な肉体を、まるで濡れた紙屑を踏みにじるかのように容赦なく巻き込み、すり潰しながら通過していくところだった。
美しい色彩を紡ぎ出していた右腕が、肩の関節からちぎれ飛び、無惨な肉片となって宙を舞う。純白のブラウスを真っ赤に染め上げ、車輪の溝に沿って赤黒い肉の繊維と内臓がどろどろに路面へと引き伸ばされていく。
鼓膜を劈くような絶叫を上げて、ようやく制動を終えた巨大な鉄の塊が数十メートル先で静止する。
後に残されたのは、降りしきる冷たい雨の音と、横断歩道の真ん中に広がる、もはや人間の原型を一切留めていない挽肉の塊だけだった。
彼女の体内から噴き出したおびただしい量の鮮血が、雨水と混ざり合い、黒いアスファルトを瞬く間に真紅の海へと染め上げていく。
這いつくばる私の頬に、生温かい赤い雫が一つ、音もなく降り注いだ。
それは、車輪によって空中に跳ね上げられた、彼女の命の残骸だった。
「あ…あ……」
私はアスファルトに爪を立てたまま、声にならない呼気を喉の奥で震わせた。
私の醜悪な願望は、この上なく完璧な形で達成された。彼女の美しい翼はもがれ、色彩を描く両手は永遠に失われ、泥の底にこれ以上ないほど無惨な姿となって叩き落とされたのだ。
しかし、私の内臓を支配していたのは、勝利の悦びでも復讐の達成感でもなかった。
底なしの、絶対的な絶望の冷気が、私の魂を根元から凍りつかせていた。
私は、彼女を殺したかった。
私の不浄な手で、彼女の才能を直接めちゃくちゃに破壊してやりたかった。
だが、現実はどうだ。彼女は、私の殺意によって殺されたのではない。私という醜く、凡庸で、彼女を呪い殺そうとしていた最低の寄生虫の命を救うために。自らの美しい命を身代わりに投げ出して、死んでいったのだ。
彼女は、私に『殺す』という加害者としての最低の尊厳すらも与えてはくれなかった。
代わりに彼女が私に与えたのは、私が彼女の命を奪ったという永遠に償うことのできない巨大な罪と、私は彼女に命を救われたという、死ぬまで私の首を絞め続ける絶対的な恩義の鎖だった。
私が彼女を見下ろすことなど、永遠に不可能になった。
自らの命を投げ出すという究極の自己犠牲によって、彼女は醜い殺意に塗れた私を、遥か頭上の手の届かない高みから永遠に見下ろし続ける絶対的な神へと昇り詰めてしまったのだ。
雨が、私の身体からすべての熱を奪っていく。
目の前に広がる血の海の中で、神経の反射だけで微かな痙攣を繰り返す肉片を見つめながら。私は、自分が創り上げた『絶望の森』の本当の恐ろしさを完全に理解した。
両腕を失い、血の泥濘を這いずり回る哀れな少女。
それは、私のことだったのだ。
彼女という絶対的な光を永遠に失い、自らの罪悪感という名の果てしない泥の海を、死ぬまで這いずり回り、自らの生き血をすすりながら苦しみ続けるしかない、最も醜悪で哀れな罪人。
雨の交差点で、自らの罪の泥濘に這いつくばりながら、私は完全に、そして永遠に敗北したのだった。




